寺田的コラム
【クイーンズ駅伝2020展望コラム1回目 積水化学】
2020.11.17 / TEXT by 寺田辰朗
新谷、卜部の加入で前半のリードが確実な積水化学
前半3選手の強さと、奮起した後半区間候補選手たちの取り組み
予選会であるプリンセス駅伝1位通過の積水化学が、クイーンズ駅伝の台風の目となる。
昨年の世界陸上10000m11位の新谷仁美(32)と、昨年の800m&1500m日本選手権2冠の卜部蘭(25)が今季加入。新谷の破壊力は圧倒的で、3区(10.9km)の区間記録(34分30秒)を1分くらい更新するのではないか、と言われている。佐藤早也伽(26)を加えた強力トリオで、3区終了時点で独走に持ち込める陣容が整った。後半区間も森智香子(27)を中心に積極的なトレーニングを行い、前半の貯金を生かす走りをする態勢ができてきた。
積水化学と有力チームのタイム差を確認しながらテレビ観戦すると、今年のクイーンズ駅伝が面白くなる。
●3区で独走に持ち込む新谷の駅伝の走り方

写真提供:フォート・キシモト
新谷仁美のプリンセス駅伝3区(10.7km)は、最初の1kmを2分58秒というハイペースで入り、32分43秒で走破した。従来の区間記録を1分15秒も更新し、区間2位には1分38秒という大差である。10kmに換算すると30分35秒で、トラック10000m日本記録の30分48秒89を上回っていた。
10000mでは五輪標準記録(31分25秒00)を突破済みで、12月の日本選手権で優勝すれば東京五輪代表に決まる。新谷は「そこで日本新は絶対的な条件」と自身に課している。そのくらいのタイムを出しておかないと、世界では戦えないからだ。
プリンセス駅伝も「10kmを余力があっての30分35秒ならいいのですが、後半が落ちたのは間違いないので、それでは世界で戦うことにつながりません」と自身に厳しい。
ただ、「ピークは合わせていませんでしたから、あのタイムは少し自信になりました」と、一定の自己評価も与えている。
新谷の駅伝の走りは、本人曰く「シンプル」だ。
「追う立場でも逃げる立場でも、単独走でも競り合いでも、“全力”です」
並走している選手と牽制し合ったり、前半を抑えたりすると、区間全体のタイムは伸びない。そういった走りではなく、そのとき持っている力を余すことなく出し尽くす。1区とアンカー以外の中間区間では、この走りが最も勝利に貢献できる。
では新谷は、日本人離れした“全力”のペースを、どうやって決めているのだろう。1kmを何分何秒で走ると、あらかじめ決めているのだろうか。
練習でのタイム設定は、レースの目標記録から逆算して行っている。今だったら10000mの日本新を破る、さらには30分30秒を切る、という目標を実現するためのペースを身につけるための練習だ。
だがレースになれば、練習でこれをしたからこのタイムで行く、という方程式があるわけではない。トラックならもう少し厳密に設定できるが、ロードでは新谷自身の感覚で走る。
感覚というとその日の体調や精神状態で左右されそうだが、新谷の場合は「体調が悪くても、メンタルが崩壊していても、仕事として(走るべき速いスピードで)走る」と言う。
「駅伝では最初の1kmを2分55秒前後で入りますが、そのタイムで入ろうと思っているわけではありません。自然に3分を切る突っ込み方になるんです」
やってきた練習と、仕事として走らなければならない使命感。どちらも高いレベルだから新谷が“感覚”で走ったときのタイムが日本人離れしたスピードになる。
仮に2区終了時に積水化学の前を走るチームがいて、34分30秒の区間記録ペースで走ったとすると1km通過は3分10秒になる。2区終了時点で20秒程度の差なら、新谷が2〜3kmで追いつく。
野口英盛監督は「後半で追いつく展開では相手に食い下がられる」と見ている。1、2区でトップとのタイム差を抑えることが、新谷の爆発的な走りを生かすことになる。
●1区の距離が延びたことは佐藤にも有利
1区(7.6km)で昨年区間賞の廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)に対し、積水化学がどんな走りをするかが大きな焦点になる。積水化学はプリンセス駅伝1区で区間賞を取った佐藤早也伽の起用が有力だ。
佐藤は9月の全日本実業団陸上では新谷、廣中璃に2000m付近で引き離された。新谷が14分55秒83の日本歴代2位、廣中が14分59秒37と歴代3位の快記録を出したレースで、佐藤も15分16秒52の自己新だった。
その後も好調を持続している廣中が区間賞候補筆頭だが、1区の距離が7.0kmから7.6kmに延びることがどちらに味方するか。昨年の廣中は終盤で圧倒的な強さを見せ、区間2位に20秒差をつけた。距離が延びることで、その差がさらに大きくなるのではないか、という見方もある。
だが佐藤も、昨年は最長区間の3区(10.9km)で区間3位の実績を持つ。今年3月の初マラソンでは2時間23分27秒の好タイムを出している。
「マラソンをやるようになって、長い距離の練習にも落ち着いて取り組めるようになりましたし、気持ちの部分でもリラックスできるようになったと思います」
元から佐藤は、きつくなってから粘れる選手。「肩や上半身に力が入って硬い動きになるとペースダウンしてしまうので、肩がつり上がらないように、大きく使うイメージで走っています」
終盤の強さでは佐藤も負けていない。
積水化学は優勝候補筆頭の日本郵政中との1区での対決を、最後まで目が離せない展開に持ち込みたい。
●2区初の日本選手権800m優勝者の区間賞なるか

写真提供:フォート・キシモト
そして佐藤からタスキを受ける2区(3.3km)の卜部蘭の走りで、新谷にタスキを渡せる位置が決まる。
卜部は中距離選手で、昨年の日本選手権は800mと1500mで2冠を達成した。クイーンズ駅伝2区では1500mに強い選手が活躍してきたが、その大半は後に5000mまで距離を延ばして活躍する選手だった。日本選手権800m優勝者で2区の区間賞を取った選手は、現行の全長42.195kmのコースになった12回大会以降はいない。
プリンセス駅伝2区(3.6km)では区間3位だった卜部だが、新しい試みをしている。1kmの入りは実際には3分05秒だったが、イメージとしては3分10秒くらいの力の入れ方だった。3kmまではイーブンペースで行き、最後の0.6kmでスピードを上げる。誰かを追ったり競り合ったりするより、新谷と同じように、その区間全体でタイムを上げることを心がけた。
「以前の駅伝では追うケースが多く、前半から速めに入って、最後はペースダウンしていました。駅伝の走り方がわかっていなかったんです」
これは卜部に限らず、(特に800m型の)中距離選手に多い駅伝の走り方だ。自身のスピードを生かし最初は快調に飛ばすが、後半で徐々にペースが落ちる。結果として区間賞も取れない。
プリンセス駅伝の卜部は最後にペースを上げて走りきり、区間賞の田?優理(19・ヤマダホールディングス)と4秒差だった。クイーンズ駅伝では前半に下りがある。後半は上りになるが、2区の距離が中継所変更で0.6km短くなったことは卜部に有利に働く。
「プリンセスの経験が生かせると思います。前半が速くなっても、後半に上りがあることを考えながら走って、最後まで持ちこたえる走りをします。区間賞が目標です」
卜部が中距離らしい腰高のフォームを崩さずに走りきったとき、3区の新谷が早めに独走に持ち込むことができる。
●後半区間候補の選手たちが始めたこととは?
プリンセス駅伝の積水化学は3区終了時に2位に1分58秒差をつけたが、フィニッシュ時には1分03秒まで差を詰められている。クイーンズ駅伝の有力チームは後半で、積水化学を逆転するシナリオを描いているはずだ。
積水化学の後半区間の候補選手たちも、手をこまねいてはない。どうしたら前半の貯金を守り切れるか。選手たちが自発的に、練習メニューへの取り組みにアレンジを加え始めたのだ。
「1人1人がこういう練習をやりたい、と言ってくるようになりました」と野口監督。「以前は佐藤と同じ設定でやろうとしなかった選手たちが、少しずつ佐藤とやり始めました。上のタイム設定でやる選手、本数を追加する選手。自分たちで決めてやっています」
9月の全日本実業団陸上後に、新谷、佐藤、卜部の3人しか結果を出せていないことに、3人以外の選手たちが危機感を持った。副キャプテンの森智香子を中心に、選手だけでミーティングを重ねたという。
「話し合ったのは、練習の意図をもっと理解して行うことです。しっかり追い込むためなのか、余裕を持った方がいいのか。監督の意図を最年長の私が間に入って確認して、選手みんなに話して、各自が練習の中に落とし込むようにしました。目的を達成するための練習を、選手が自分で判断する。その方が責任をもって練習をやり遂げられるんです」
森は自身の走りでの役割も最年長選手らしく、レースの流れも想定しながら考えている。
「3区終了時の差はプリンセス駅伝よりも小さいと思いますが、ウチにはスピードのある選手がいるので、4区(3.6km)では差をキープできます。私が5区(10.0km)なら、プリンセス駅伝(6区)で私がしてもらったように、アンカーが走りやすいように貯金を残してつなぎます。6区(6.795km)に起用されたらゴールまで逃げ切ること、もしも前に誰かがいたら追って戦います」
プリンセス駅伝で4区を走ったキャプテンの宇田川侑希(23)も4区候補だが、新人の木村梨七(18)も調子を上げている。
木村は仙台育英高出身で、昨年の全国高校駅伝優勝メンバー。アンカーを走った。入社後は故障が続きまったく走れず、モチベーションも低下していた。だが9月の下旬から練習が継続でき始め、11月の宮崎合宿からポイント練習もチームに合流し始めた。それだけでクイーンズ駅伝にエントリーされるほど、能力は高い。
木村自身には「もちろん走りたいですけど、満足に練習もできていないので」と遠慮がある。だが。自身の特徴を問われるとラストスパートを挙げ「自信がある」と言う。
フィニッシュ地点の弘進ゴムアスリートパーク仙台(仙台市陸上競技場)は、高校時代に練習で何千周と走った場所だ。
積水化学の後半区間が、予想以上の力を発揮する可能性は、大会が近づくにしたがって高まっている。
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