寺田的コラム
トラック&フィールドも開幕! 東京選手権②
2020.08.01 / TEXT by 寺田辰朗
大会新記録が続出した駒沢オリンピック公園
髙山、泉谷、池畠ら代表候補選手たちのシーズン初戦の感触は?
トラック&フィールドの本格的な競技会再会を告げた東京選手権(7月23〜26日@駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場)。東京以外の選手も出場でき、代表経験選手や日本のトップ選手が多く参加した。
男子100 mはリオ五輪代表だったケンブリッジ飛鳥(Nike)が10秒22(-0.8)と、28年ぶりに大会新をマーク。男子110mH日本記録保持者である髙山峻野(ゼンリン)も13秒54(-1.1)の大会新。110 mH世界陸上代表だった泉谷駿介(順大3年)は、走幅跳で7m92(+1.1)と55年ぶりに大会記録を塗り替えた。男子三段跳でも池畠旭佳瑠(ひかる。駿大AC)が16m75(±0)の日本歴代9位と、52年ぶりに大会新をジャンプした。
15種目で大会記録が誕生する盛況で、コロナ禍で競技会が開催されない間に蓄えられたエネルギーが、一気に解き放たれたように感じられた。
●最古の大会記録を更新した泉谷
東京選手権は今年で83回の歴史があり、以前から全国クラスの選手が出場してきたため大会記録のレベルも高い。そのなかで1960年代の記録が残ってきたのが下記の男子3種目だ。
走幅跳 7m88=1965年・山田宏臣(東急)
三段跳 16m26=1968年・村木征人(東京陸協)
ハンマー投 67m12=1966年・菅原武男(リッカー)
山田は64年東京と68年メキシコの両五輪代表で、70年に日本人初の8mジャンパーになった。村木は68年メキシコと72年ミュンヘン両五輪代表で、69年に日本人初の16m50オーバーを達成した。そして菅原は60年ローマ、64年東京、68年メキシコ、72年ミュンヘンの五輪4大会代表で、63年から71年まで日本記録保持者だった。
64年東京五輪を中心に強化していた当時の選手たちの努力の跡が、東京選手権の大会記録として半世紀以上残ってきたのだ。その3種目のうち走幅跳と三段跳の記録が、64年五輪の第2会場としてサッカーなどで使用された駒沢オリンピック公園で、2度目の東京五輪が開催されるはずだった今年更新された(男女ハンマー投は現時点で未実施)。
だが今の選手からすると、上記の大会記録は難しいレベルではない。泉谷の優勝記録は3回目の7m92(+1.1)で、昨年9月の日本インカレで跳んだ自己記録とタイだった。
「試合出場も日本インカレ以来で、助走の感覚も良かったですし、(久しぶりの試合で)楽しかった。ただ、踏み切りで浮きすぎて、空中姿勢も傾いてコントロールが難しかったです。浮くのでなく前に抜けていく跳躍ができれば、もっと行ける手応えがあります」
順大記録は現在、短距離の小池祐貴(住友電工)のコーチを務める臼井淳一氏が、79年に跳んだ当時の日本記録の8m10である。泉谷の今季の目標記録は「8m10〜20」。順大の先輩にあたる山田の東京選手権大会記録に続き、男子ハンマー投とともに最も古いシーズンに出た大学記録の更新を実現させそうだ。
●三段跳で“適当”が身上の池畠が日本歴代9位
三段跳の池畠旭佳瑠(駿大AC)の自己記録は、東海大3年時(15年)と昨年の2度マークした16m20。それを5回目の試技で16m23(+0.9)と3cm更新すると、6回目に16m75(±0)と一気に52cmも伸ばしてみせた。日本歴代9位の記録で、東海大時代の恩師である植田恭史(84年ロス五輪代表)の記録も4cm上回った。
172cmと身長があるわけではないが、「勢いを殺さないダイナミックな跳躍と気持ちで負けないこと」を身上とし、ホップとステップの比率が大きい。6回目は「5回目の23のときよりちょっと伸びたかな」という程度だったが、実際には本人の感覚以上に距離が出ていた可能性はある。
「自己新は5年ぶりですが、16m50以上の距離もファウルでは何度か跳んでいました。17m15の日本記録をつねに目標にしてきましたが、そこも少し見えてきましたね。しっかり超えていこうと思います」
コロナ禍のため11月までは適用期間から外されているが、東京五輪参加標準記録は17m14である。跳べば五輪出場に大きく近づくし、競技者としてそこを目指すのは理解できる。
だが昨シーズンまでの自己記録は16m20だった選手である。過去日本で17mを超えたのは、17m15の山下訓史(88年ソウル、92年バルセロナ両五輪代表)と17m02の杉林孝法(96年アトランタ、00年シドニー両五輪代表)の2人しかいない。
「三段跳は3歩もある(跳躍種目で唯一3回踏み切れる)種目です。30cmずつ伸ばせば1m記録が伸びる。17mが近づいた選手を見ていると大変そうですが、せっかくやるのですから楽しく競技をしたい」
座右の銘は「適当」だという。そのメンタルも池畠の成長を支えているようなのだ。
「片仮名にすると“テキトー”な印象の言葉ですが、漢字で書けば“適して当たる”です。(インターハイで同記録2位だった)高校の頃はガーッと一直線になりすぎて失敗も多かった。そんなとき祖母から『適当に、ほどほどに頑張りなさい』という言葉をかけてもらいました。長く生きた中での知恵ですし、陸上競技はシビアな世界ですが、ゆとりを持ってやる方がいいんじゃないかと、年々感じるようになったんです」
日本記録という大きな目標を掲げながらも、気持ちにゆとりを持つ。だから5年間自己新を出せなくても自分を見失わず、その時々でやるべきことに取り組めたのだろう。
現在午前中は中学の非常勤講師として働き、夕方から駿河台大の学生にコーチをし、自身のトレーニングも行う。練習時間が多く取れるわけではないが、選手への指導を自身に置き換えて考えることで、技術への理解度は深くなっている。試合でも他大学のウォーミングアップを観察し、トレーニングのヒントとしている。
同じグラウンドで練習する他種目のトップ選手から、「池畠さんは研究熱心」という評価も聞いた。ただの“テキトー”ではなく、適してことに当たる“適当”と思って間違いないだろう。
学生時代にリオ五輪代表になった山下航平(ANA。自己記録16m85)、同じく学生で17年世界陸上ロンドン大会に出場した山本凌雅(JAL。16m87)と、17m候補は他にもいる。そこに池畠が加わり、3人目の17mジャンパー先陣争いが面白くなってきた。

写真提供:フォート・キシモト
●男子110 mHはゴールデングランプリ前哨戦
男子110 mHは髙山峻野(ゼンリン)が13秒54(-1.1)の大会新で優勝。2位の石川周平(富士通)も準決勝で13秒66(+0.9)と、自身のコーチ(筑波大監督)でもある谷川聡の持つ大会記録(13秒68)を上回り、決勝でも13秒61と善戦した。
髙山は「石川君と後半競る形になったら苦しい。力を使ってでも飛び出そう」と前半から積極的に走ったが、「中盤で石川君を意識してしまって、体が開いて詰められました」と反省する。
ただ、タイムについては「向かい風でこのタイムは予想以上です」と、自身に一定の評価を与えていた。
3位の泉谷は走幅跳では自己タイと好調だったが、昨年の世界陸上代表となった110 mHは13秒80の3位と、上位2人に水を開けられた。「だらしないレースをしたな」と正直な気持ちを口にした。
原因は昨年向上したスピードに、ハードル技術を噛み合わせられていない点にある。
「昨年まで8歩だった1台目までの歩数を、準決勝から7歩でやってみましたが上手くいかず、決勝は2台目をぶつけてしまいました。昨年後半は8歩で踏切位置が近すぎて、ハードルを跳ぶときに浮きすぎていました。インターバルもスピードがついた分、次のハードルの踏み切りが苦しくなっています」
泉谷はプラス材料を見出せなかったが、髙山と石川はシーズン初戦としては上々のスタートを切った。
谷川が持っていた東京選手権前大会記録の13秒68は、04年に出されたものだが、谷川はその年のアテネ五輪で13秒39の日本新を出している。
その日本記録を18年に金井大旺(福井県スポーツ協会。現ミズノ)が13秒36と更新。昨年の日本選手権では優勝した髙山と2位の泉谷が、13秒36の日本タイ記録と大接戦を演じた。その後髙山が13秒25まで日本記録を縮め、東京選手権の大会記録も今回楽に更新した。
新記録ラッシュの火付け役が金井で、その炎をさらに大きくしたのが昨年5月のゴールデングランプリの泉谷である。追い風2.9mで参考記録にはなったが、当時19歳の泉谷が13秒26で優勝し、3〜5位の金井、髙山、石川を圧倒した。
次のトラック&フィールドのビッグゲームが8月23日のゴールデングランプリ(国立競技場)だが、見逃せない理由の1つに男子110 mHの史上最高の盛り上がりがある。

写真提供:フォート・キシモト
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