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寺田的コラム

【日本選手権1日目①】

2020.10.02 / TEXT by 寺田辰朗

女子1500m決勝の日本新へ、田中が予選のペースを自在にコントロール
男子100mは予選&準決勝が終了。桐生の新スタートに9秒台の予感

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写真提供:フォート・キシモト

今年の陸上競技日本一を決める日本選手権が10月1日、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで開幕した。初日はトラック種目は予選、準決勝のみで決勝は行われなかったが、女子1500mで田中希実(豊田自動織機TC)、男子100mで桐生祥秀(日本生命)と、期待の高い選手が登場した。高い湿度などの影響で記録は全体的に低調だったが、2日目以降のコンディションが良くなれば、日本記録も期待できる内容だった。

●目的は同じだった卜部と田中の対照的な走り

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写真提供:フォート・キシモト

 女子1500m予選では、前回優勝者と日本記録保持者が対照的な走りを展開した。

 1組に登場した前回2冠(800m&1500m)の卜部は集団でレースを進め、結果的にかなりのスローペースで入った。3周目で少しペースを上げたが、それも集団の動きに合わせたもの。最後の1周を62秒1までスパートして、インカレ優勝者の高松智美ムセンビ(名城大)らを余裕で抜き去った。

 2組目の田中はスタート直後に飛び出し、1周目を66秒9と日本記録のときと同レベルの入りを見せた。以後1人でレースを進め、ラスト1周を少し力を入れて走った。
 2人の予選の通過&スプリットタイムと、田中がGGPで日本記録を出したときの通過&スプリットは以下の通りだ。

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卜部蘭の1500m予選 通過&スプリットタイム
400m 1分15秒2 75秒2
800m 2分29秒5 74秒3
1100m 3分23秒8
1200m 3分40秒3 70秒8
1500m 4分25秒92 62秒1
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田中希実の1500m予選 通過&スプリットタイム
400m 1分06秒9 66秒9
800m 2分20秒8 73秒9
1100m 3分17秒8
1200m 3分37秒0 76秒2
1500m 4分25秒22 67秒4
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田中希実の1500m日本記録(@GGP)通過&スプリットタイム
400m:1分06秒40(66秒40)
800m:2分11秒91(65秒51)
1100m:3分02秒37
1200m:3分17秒89(65秒98)
1500m:4分05秒27(62秒90)
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 卜部は予選の走りを次のように説明した。
「特に(1周毎の)何秒とは考えていませんでした。800mの決勝、1500mの決勝につなげるため、リラックスして走ることが目的でした。ラスト1周のタイムもリラックスを心がけて走った結果です」

 一方の田中は「牽制し合うのが嫌だったので、自分のペースで行ってゆとりを作りました」と、1周目を速く入った理由を説明した。

 卜部は“リラックス”、田中は“ゆとり”と、使った言葉とレース展開は違っても、力をセーブして決勝につなげる目的は2人とも同じだった。
 決勝ではどんなレース展開になるのか。田中は「セコ(い)レースにはしたくなくて、力のぶつかり合い、というところをしっかり出せるレースにしたい」と強調した。

 決勝で2人が力を出し切れば、今季2度目の日本記録更新も十分ある。

●多田とケンブリッジにも勝機

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写真提供:フォート・キシモト

 男子100mは予選と準決勝が行われ、桐生祥秀(日本生命)、ケンブリッジ飛鳥(Nike)、多田修平(住友電工)が3強の様相を呈してきた。

 状態が上がっているのが多田だ。
 準決勝2組でケンブリッジに先着して、10秒23(±0)の準決勝最高タイムを出した。「久々の1位通過です」と笑顔で好調の理由を説明した。
「福井(8月29日のAthlete Night Games in FUKUI。10秒21で4位)までは力が入って肩が吊り上がり、力が上に行ってしまう走りでした。福井の後で試行錯誤をして、肩の力を抜き、リラックスした走りに変えてきました。リラックスした分、腕が振れるようになって、脚も勝手に回る走りに近づくことができました」
 トップ通過が久しぶりなら、多田が自身の技術に手応えを感じている内容を話すのも、久しぶりのような気がする。
 低い姿勢で速く飛び出すダッシュは、横一線でスタートする100mでは大きな武器となる。スタートで飛び出した多田が、最後までトップを突き進む可能性が出てきた。

 ケンブリッジは準決勝2組で多田と同タイムの10秒23の2位。福井で10秒03(+1.0)で桐生を破ったことを考えれば、少し物足りない走りに見えた。9月6日の富士北麓ワールドトライアルで違和感のあった左ヒザが「思った以上に長引いた」ことが誤算だった。
「予選は脚の不安が少し残っていたので、様子見の走りでした。準決勝は予選を1本走ったことで、体が動いてきたかな」

 だが走りの内容は到底、納得できるものではなかった。スタート練習は特に不足していたため「良いときのスタートが定着していません」。後半の課題だった接地時の乗り込みも、「正直、物足りない」という動きだった。

 決勝の勝敗に関わってくる部分を問われ、「走りに関しては前半も後半も良いイメージは持てませんでしたが、体の状態自体は悪くありません。明日、どこまで修正できるか。修正ができれば勝つチャンスはある」

 4年前の日本選手権。2強と目された桐生、山縣亮太(セイコー)を破った後半の勝負強さを、準決勝からの修正に成功すれば出すことができるはずだ。

●桐生の新スタートは一速上のギアに直結

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写真提供:フォート・キシモト

 多田、ケンブリッジにも勝機があるが、本命は桐生だろう。準決勝1組は10秒27(-0.3)でトップだったが、小池祐貴(住友電工)に0.01秒差の辛勝だった。小池も明らかに状態が上がっているので、4強としていいかもしれない。

 だが、準決勝の桐生はスタート後、何歩目かで「よろけてしまった」という。「落ち着いて最後まで走れば着順は取れる」と焦らなかったが、影響はあっただろう。
 準決勝よりも、10秒21(-0.3)とこの日の最高タイムを出した予選の方が余裕を感じられた。福井でケンブリッジに敗れた後、1カ月間はトレーニングに専念。その間に「スターティングブロックの高さとか、(左右の足の前後の)幅とか、全部変えた」という。そのスタートに成功した。

「予選は良かったですね。そこから乗るところ(最高速度に達する局面)でスピードを少し緩めましたが、決勝では予選の乗るところにプラスして中盤、後半のノビを実現させたい」

 課題だったトップスピードを上げるためのギアを、桐生は手に入れつつある。そのためのスタートの変更だ。
 大会第1日は100mに限らず全体的に記録が低調だったが、高い湿度が選手の動きを重くしていたと推測できる。晴れて湿度が低くなれば(高気圧に覆われれば)、選手の体は一気に動くようになる。

 桐生が高速ギアを手に入れていれば、9秒台は出るのではないか。そんな予感がする。

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