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寺田的コラム

ホクレンDistance Challenge第2戦深川大会②

2020.07.09 / TEXT by 寺田辰朗

女子マラソン五輪代表の前田と一山がトラックで対決
前田が31分34秒94の大幅自己新で優勝

 女子10000mA組では東京五輪女子マラソン代表同士、前田穂南(天満屋)と一山麻緒(ワコール)が対決。前田が31分34秒94の自己新で優勝した。一山は32分03秒65で2位。2人がこの時期にトラックレースを走る意図は、どこにあったのだろうか。

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写真提供:フォート・キシモト

●安藤がトラックでの代表入りに照準

 5000mを15分49秒で通過した女子10000m。ペースメーカーの後ろに一山麻緒(ワコール)、前田穂南(天満屋)、安藤友香(ワコール)と縦一列で集団が作られていた。そのペースで押し通せば31分40秒となる。自己記録が32分13秒87の前田は多少ペースダウンしても自己新が出る。自己記録が31分34秒56の一山も、後半で少しのペースアップができれば自己新が出た。

 最初に後れ始めたのは安藤で、6000m付近だった。3月の名古屋ウィメンズマラソンでは2時間22分41秒で一山に次いで2位。東京五輪代表入りはできなかったが、17年には2時間21分36秒の初マラソン日本最高を出している選手である。

 レース後には、10000mでの東京五輪出場を狙っていることを明らかにした。
「31分25秒(有効期間は12月以降だが東京五輪参加標準記録)に近づきたかったのですが、きつくなったところで攻めきれませんでした」

 辞退者が出たため、前田とともに10月開催予定の世界ハーフマラソン代表に追加で選ばれた。
「世界ハーフは大きなチャンスです。今やっている5000m、10000mを世界ハーフにつなげて、選ばれたからには入賞を狙います。その経験をまた10000mにつなげて、東京五輪は10000mで出場したい。マラソンはそのあとになりますが、トラックで研きをかければマラソンにもつながります」

 東京五輪への道は断たれたが、次への道を早くもスタートさせている。

 6900mでは前田が、ずっとペースメーカーの後ろを走っていた一山の前に出てた。一山は7200m付近から後れ始めてしまう。
「積極的に走るのが今日の課題で、途中までそれができたのはよかったのですが、後半でペースダウンしたのはまだまだ力がないということ。練習はしっかりと積めて、自信を持ってスタートラインには立てたのですが…」

 3月の名古屋ウィメンズに2時間20分29秒の、女子単独レースのアジア記録で優勝。東京五輪代表入りを決めた。それから間もなく東京五輪延期が決定してしまった。厳しい練習を自身に課してきただけに、一山に喪失感があっても不思議はないが、延期をプラスととらえている。
「練習をしっかり積み重ねて、トラックを通じてさらにスピードを強化して、名古屋より成長した走りができたら」

 ワコール・コンビは深川出場の目標がはっきりしていた。10000mで敗れても、思い描いているビジョンを明確にコメントしていたのが印象的だった。

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写真提供:フォート・キシモト

●目的を完璧に達成した前田

 前田は一山が後れた後、1周1分15秒台後半から1分16秒前半へ、少しだけペースが中だるみした。だが9000mを過ぎると75秒台後半にペースを戻していた。最後1周は1分13秒6。無理をしないでフィニッシュしたが、タイムは31分34秒94と自己記録を40秒近く更新していた。
「久しぶりのトラックの10000mでしたが、自分がどれだけ走れるか確認できました。(スピード強化が課題だったので)自己新はすごくうれしいです」

 一山とは今年の全国都道府県対抗女子駅伝の9区(10km)で対決し、前田が31分57秒で区間4位、一山が32分10秒で区間7位。だが2人は並走することはなかった。
「トラックでは初めて競り合ったので、どういう感じかわかりませんでした。今日は(勝敗も)少し意識しました」

 これは競技者としては当然だろう。走る以上は相手が誰でも前でフィニッシュしたい。

 だが、勝敗を重視したわけではない。
「自分のリズムでどれだけ走れるか。自分の状態を確認することが一番の狙いでした」

 展望記事でも紹介したように、武冨豊監督は今の練習の流れで31分台を出せたら、マラソンにつながると考えていた。前田はこのタイミングでトラックレースを走る目的を、ほぼ完璧に達成したのである。

 敗れたワコール勢もこの時期にレースに出場することで、今後の練習方針が明確になったはずだ。以前はライバル同士が、日本選手権や代表選考以外のレースでは、対決を避けるのが当然と考えられていた時期もあった。力が入りすぎて故障につながるなど、マイナス面が生じることも確かにある。

 だが深川大会の前田とワコール・コンビは、直接対決するマイナスよりも、自身の目的を明確にし、この時期に10000mを走ることを選択した。結果として大会は盛り上がり、世間的にも注目を集めることになった。コロナ渦で試合が開催できない期間が何カ月も続いていただけに、ファンも関係者も、そして我々メディアも、心躍る気持ちで(Live配信などで)レースを見たのではないか。

 ホクレンDistance Challengeに出場した選手たちに、心から感謝したい。

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