寺田的コラム
ホクレンDistance Challenge第1戦士別大会
2020.07.05 / TEXT by 寺田辰朗
東京五輪女子マラソン代表の前田が見せたスピードの進境
田中は女子1500mで日本歴代2位、次戦の深川3000mでは日本新の期待
ホクレンDistance Challenge士別大会が7月4日、北海道士別市の士別市陸上競技場で行われた。東京五輪女子マラソン代表の前田穂南(天満屋)が5000mに出場し、自己新で2位と好走した。前田のスピード向上が持つ意味は大きい。
また女子1500mでは、昨年の世界陸上ドーハ5000m14位の田中希実(豊田自動織機TC)が日本歴代2位をマーク。日本記録に約1秒と迫った。
新型コロナ感染拡大防止策で試合を自粛していた陸上界にとって、全国規模の大会の幕開けでもある。今シーズンの長距離、駅伝で活躍が期待できる選手が何人も登場した。

写真提供:フォート・キシモト
●コロナにも屈しない前田のメンタル
前田穂南(天満屋)が5000mA組に出場し、15分35秒21と自己記録を約3秒更新。コロナ渦にもブレない意思の強さを見せた。
「スピード強化の一環として、自己新を目指しての出場でした。練習は継続してできていましたが、今がどんな状況かを確認できました」
新型コロナ感染拡大防止のため、グラウンド施設での練習はできなかったが、ロードやクロスカントリーコースなどでしっかり練習を行ってきた。
「久しぶりにトラックを、緊張感をもって走れたのがよかったですね」と、いつものように冷静に話した前田。緊急事態宣言中も、「モチベーションが下がることはなかったです」と迷いなく言う。それが走りにも現れた。
ペースメーカーのW・ジェロティッチ(九電工)、宮田梨奈(同)、前田の順で4000mを通過。4200mでジェロティッチが外れると宮田を抜き、前田がトップに立った。
武冨豊監督が事前に話した通り、負けることを怖れず積極的なレースを展開したのである。残り400 mで宮田に前に出られたが、残り200 mでは再度前田が前に出た。
最後の直線で中距離出身の宮田のスピードに屈したが、狙い通りに自己記録を更新したのである。
出場予定だった9月のベルリン・マラソンが中止になり、「これまで行っていなかったようなスピード練習」(武冨監督)にも挑戦した。その例として武冨監督は「3000mの変化走」を挙げた。
前田はマラソン練習のなかで30kmの変化走を、重要なメニューとして位置づけている。10km−1km−2km−1kmとペースを変えて走り、それを2回繰り返して30km走にする。距離とペースの組み合わせはいくつものパターンがあり、その時点の目的や課題などにより変化させる。
その3000m版を今季は取り入れているのだ。マラソンというよりも、5000mのスピードアップに直結するメニューだろう。その効果は士別大会で実証した。
次戦は深川大会(7月8日)の10000mに出場する。「31分台を出せれば、取り組んでいることの見通しが少し見えてくる」(武冨監督)。マラソンにつながるスピードを身につけていることになる。
“スタミナ型”ランナーの前田の10000m自己記録は32分13秒87。
強いキック力でストライドが伸びるスピード型ではなく、滑らかな動きの小さなストライドで走る前田。走りのタイプが変わるわけではないが、31分台に入ればスピードランナーと言われる選手に引けをとらない。
マラソンにつながるスピードが上がっていることを、前田はホクレンDistance Challengeの連戦で確認しようとしている。

写真提供:フォート・キシモト
●田中は世界陸上と同じ集中力と調整で力を発揮
士別大会で記録的に最もレベルの高い走りを見せたのが、女子1500mでトップとなった田中希実(豊田自動織機TC)である。日本人3人目の4分10秒突破、4分08秒68の日本歴代2位のタイムを叩き出した。日本記録は小林祐梨子が2006年にマークした4分07秒86である。
「すごく調子が上がっていて4分10秒を切れるんじゃないかと思っていましたが、本当に切ることができてうれしいです。日本記録まであと1秒。もう一押しがほしいですね」
田中は昨年の世界陸上ドーハ5000mで決勝に進み、15分00秒01で14位と大健闘した。同じ日本歴代2位を国際大会とホクレンDistance Challenge、対照的な状況で出している。
「今はコロナで海外のレースに出場できません。世界大会と同じ集中力と調整で、レースに出て行くことが大切だと思います」
これは短距離の山縣亮太(セイコー)が、オリンピックやアジア大会で10秒0台の自己新を出し、全日本実業団陸上や布勢スプリントなどの国内大会でも10秒0台を出すのと同じだろう。種目は違うが、2人の集中力と調整の仕方に共通したものが感じられる。
「次は3000mでも日本記録(8分44秒40)に少しでも近づき、できるものなら上回りたい。そして5000mでも自己新を目指します」
次戦は深川大会の3000m。五輪4大会連続出場のレジェンド、福士加代子(ワコール)が持つ日本記録を、18年ぶりに破るシーンが見られるかもしれない。

写真提供:フォート・キシモト
●GMOに新戦力の吉田。定方の成長でMHPSが駅伝再浮上
コロナ明けの最初の試合となった士別大会。今季の長距離界の動き、駅伝などにつながる好記録や、注目選手、話題の選手の走りが多数見られた。
男子1500mA組では的野遼大(MHPS)が3分44秒26で日本人トップの4位。目標の3分30秒台は達成できなかったが、外国勢にただ1人食い下がり、800 mは1分56秒6(非公式。以下同)と速いペースで通過した。
今後が期待できる走りだった。
男子5000mD組では青学大出身のルーキー、吉田祐也(GMOインターネットグループ)が14分04秒66の1位と好走した。
3年時まで箱根駅伝にも出場できず、大学卒業後は通常の会社員として働くつもりだった吉田。しかし今年1月の箱根駅伝4区で区間新、2月の別大マラソンで2時間08分30秒の3位(日本人1位)と快走を続けた。「誰かに言われたわけではなく、単純に走るのが好き、楽しいから」と、GMOインターネットグループで競技を続ける決心をした。
「実業団ではタイムより、マラソンで勝ちきる選手、順位を取れる選手になりたい。
ニューイヤー駅伝はチームとして優勝できる選手層があると思うので、自分も貢献したい」
今年のニューイヤー駅伝に初出場で5位入賞と、新風を吹き込んだGMOインターネットグループ。男子5000mA組では倉田翔平が日本人トップ(13分43秒30)となり、近藤秀一もB組4位で13分52秒39の自己新。充実振りが感じられる実業団駅伝のニューフェイスに、また新たな力が加わった。
男子5000mAでは定方俊樹(MHPS)が13分47秒84の自己新で、日本人3位と好走した。3月の東京マラソンで2時間07分05秒と自己記録を8分以上も更新した注目選手。5000mの約8秒の自己新は不思議ではないが、すでに9月の海外マラソンに向けて走り込みを始めている。定方のベースとなる走力が上がっているのは間違いない。
「6月から走り込みを始めて、40km走もすでに2回行ってきました。その中でトラックのスピードが上がっているのは、マラソンにつながると思います」
出場予定の9月のマラソンは中止となる可能性もあるが、女子の前田同様、スタミナ型と思われた定方がスピードにも進境を示している。
その兆候は元旦のニューイヤー駅伝でも見られていた。従来は5区などスタミナ型選手が起用される区間を走ってきた定方が、今年はスピード区間の3区を任された。
区間13位ではあったが、1人で前を追う展開の中で5人を抜いた。駅伝のその走りが東京マラソンにつながったと、MHPSの黒木純監督が指摘している。
昨年のニューイヤー駅伝は優勝した旭化成に次いで2位だったMHPSだが、今年は1区の的野が区間32位と失敗し、まさかの17位に終わっている。その的野が2月の唐津10マイル(約16km)で神野大地(セルソース)らを抑えて優勝し、5000mでも日本選手権で優勝争いをする力をつけているという。
ニューイヤー駅伝の大敗は、昨年9月のMGCでエースの井上大仁以下、岩田勇治、木滑良と3選手が期待を下回ったことが尾を引いた。その井上もホクレンDistance Challenge第3戦の網走大会10000mに出場し、27分台を狙っている。
井上の18年東京マラソンでの2時間6分台と同年のアジア大会金メダルから、ニューイヤー駅伝チーム最高成績の2位と躍進したMHPS。井上の最長区間4区での区間賞が駅伝の成績を左右しているが、今季のMHPSは複数選手の力が駅伝の成績につながっていきそうだ。
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