寺田的コラム
ゴールデングランプリ陸上&新国立競技場の主役たち⑤ 飯塚翔太
2020.08.16 / TEXT by 寺田辰朗

写真提供:フォート・キシモト
GGPの目標は東京五輪標準記録の20秒24
29歳の飯塚が200mで見せる調整力と気持ちの強さ
飯塚翔太(ミズノ)がベテランの調整力を、8月23日に新国立競技場で開催されるセイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)200mで発揮する。
ロンドン五輪、リオ五輪と連続出場し、4×100mリレーではロンドン4位(4走)、リオ銀メダル(2走)と日本短距離史に残る結果を残して来た。しかし個人種目ではともに予選落ち。世界陸上では二度準決勝に進んだが、決勝進出が悲願となっている。
8月1日の今季初戦は20秒70(-0.5)と、記録的には振るわなかった。GGPで目標とする20秒24(コロナ禍により適用期間外だが東京五輪参加標準記録)で走るためには、3週間で調子を上げる必要がある。飯塚の経験に期待したい部分だ。
●個人種目に出られなかった昨年の世界陸上
8月1日に出身地の静岡県選手権200mに出場した飯塚は、予選で20秒70(-0.5)という結果だった(決勝は欠場)。自己記録の20秒11にも、五輪参加標準記録の20秒24とも少し開きがあった。
GGPには昨年のシーズンベストが20秒27(+0.8)の白石黄良々(セレスポ)、20秒29(-0.1)の飯塚、20秒40(+0.8)の山下潤(ANA)らが出場する。昨年の世界陸上は小池祐貴(住友電工)と白石、山下の3人が代表だった。飯塚も世界陸上の標準記録(20秒40)を破っていたが、規程で世界ランキング上位者が選出された。飯塚は4×400mリレーだけをドーハを走ることになった。
コロナ禍の影響で11月中までの競技会は五輪選考にはならないが、飯塚は「来季に向けて余裕を持って今シーズンを終わりたい」と言う。今季中に標準記録を上回っておくことや、ライバルたちに勝っておくことで、来季の出場できる試合もグレードが高くなり、世界ランキングを上げやすくなる。精神的な余裕が生じ、冬期練習においても焦らず、落ち着いた判断で進めることにつながる。
GGPの目標記録を20秒24としたのは、そういった理由からだ。しかし初戦とはいえ、20秒70と不安も残るタイムだった。飯塚自身も「走りの感覚はまだまだでした」と認める。
「良かった点は80〜130mの、トップスピードに上がった後と直線に入っていく局面です。しかしスタートはまだ体のキレがなく、(50mくらいまで)思ったほどスピードが上がりませんでした」
前半50mに加え、中大時代から飯塚を見てきた豊田裕浩コーチは「持ち味であるラスト50m」にも課題が残ったと指摘する。
「飯塚はもともと体のわりに走りがコンパクトで、ピッチが特徴なのですが、世界と戦うためには体を生かして大きな走りもしようと取り組んできました。今日は独走となったこともあり、大きく走ることを意識するあまり間延びした動きになってしまいました」
課題が多く浮き彫りになった初戦となったのである。
●課題は前半のスピードアップとラスト50m
コロナ禍の影響が、飯塚には少なからずあった。練習環境の詳細は省くが、豊田コーチは「体をじっくり作ることができたのはプラスですが、トラックでパフォーマンスを出す面は足りていない」と、レース仕様の状態になっていないことを明かした。
飯塚もやりたいと考えていた走りと、「多少のズレがある」ことを初戦のレース後に認めている。それでも飯塚は、「それにしてはタイムはまずまずよかった」と落ち着いていた。GGPまでにやるべきことを把握でき、その課題解消の道筋が見えたのだろう。
「前半のトップスピードに上げるまでの練習をしていきます。姿勢や浮きすぎないこと、脚の回転の上げ方など、(明日の)100mでも技術的な課題がよくわかると思います。ラスト50mのところは、そこまでにしっかりスピードを上げていることが重要ですが、150mからは肩の力を抜いて、リラックスした腕振りができれば、自分の後半の走りができると思います。今はラスト50mでスピードを上げようと力が入ってしまっています。脚が流れないように(後方だけの回転にならないように)前傾意識しないといけない」
豊田コーチは前述のラスト50mの課題を指摘した後に「トップ選手たちと走るときは、走りが間延びしないようにコンパクトに、ピッチを上げられるようにしたい」と話し、次のように付け加えた。
「そこはトレーニングでできるところと、試合でしかできないところがあります。GGPもそこを試すレースになる」
そして記録的には、高い数字を改めて明言した。
「20秒24も出さないといけない記録ですが、飯塚君の本当の目標はファイナリストになること。そのために(日本人初の)19秒台を出すことです。持ち味のラスト50mに研きをかければ必ず出せる」
2010年世界ジュニア(現U20世界陸上)金メダリストの飯塚は、常に世界を見て走ってきた。現状からGGPで目指すのは標準記録の20秒24になるが、GGPも世界を目指すための通過点である。
●「血がめぐる」感じと繊細な感覚
狙った走りはできなかったが初戦を走ったことで、自身の状態が「血が巡っている感じ」になったと言う。
「アドレナリンが出て、スイッチが入ったと思います。体が締まってきて、感覚が鋭くなった。手先から足先まで、感覚が繊細になっています」
血が巡っていると、アグレッシブと思える表現をしたが、それは繊細な感覚と一体であることもコメントからわかる。その感覚を突き詰めるところこそ、飯塚たる所以(ゆえん)だ。
昨年の飯塚は決して順調ではなかった。4月に盲腸の手術をして出遅れてしまい、6月の日本選手権には間に合わせたが、200mの予選で肉離れをして途中棄権した。それでも8月のAthlete Night Games in FUKUIで20秒39と世界陸上標準記録を突破し、9月の富士北麓ワールドトライアルで自己3番目の20秒29を出すまでに復調した。
それを可能としたのは飯塚の故障への対処法と、前向きな姿勢である。
「リハビリ練習中は1時間ごとにこれはできる、これはできないと書き出して判断していきます。ケガをした箇所にスポンジを付けて、そこに過度の負担がかからないようにしつつも、体全体を使って走ったりします」
今回はケガをしたわけではないが、フォームの修正も自身の体に神経を張り巡らせることで、正確に行うことができる。
そしてどんなケガをしていても、(ナショナルトレーニングセンターなら)他の選手と同じ時間に練習を行う。人目を避けて「ケガ人のような日常を送らないこと」を徹底させる。
飯塚はコロナ禍で試合に出られなかった間も、出場する予定だった大会に合わせて気持ちを盛り上げていた。実際の走りが追いついていないが、体ができていて気持ちも戦う状態になっていれば、あとは感覚を研ぎすませて適切な動きを見つけていく作業になる。
静岡県選手権2日目は100mに出て、予選、決勝と2本を走った。タイムは10秒21(+2.0)と10秒13(+2.0)で、自己記録の10秒08に0.05秒と迫る自己3番目のタイム。前日の200mより状態が上がっているのは明らかだった。
「タイムはついてきましたが、スタートから加速の部分など、課題はまだあります」
19秒台を出すには100mも最低でも10秒0台前半が必要だが、20秒24は期待できるレベルのタイムになってきた。
新国立競技場の50mまでを、静岡県選手権よりも速く走る準備は問題なく整うだろう。そしてレース本番でないと試せないことが、全力で150mを走った後の残り50mだ。前半50mと最後の50m。飯塚のGGPで注目すべき点は、はっきりしている。
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