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寺田的コラム

ゴールデングランプリ陸上&新国立競技場の主役たち③ 山縣亮太

2020.08.14 / TEXT by 寺田辰朗

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写真提供:フォート・キシモト

1年4カ月ぶりレースの山縣が、9秒台の桐生&小池と対決
新国立競技場で山縣がやりたいこととは?

山縣亮太(セイコー)が1年4カ月ぶりにレースに出場する。8月23日に新国立競技場で開催されるセイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)の注目点の1つに、その山縣の走りが挙げられている。
17〜18年は2年連続10秒00と、当時の日本歴代2位タイを続けた山縣。しかし昨年は5月のGGP(10秒11で5位)を最後に、背中の痛みや肺気胸で競技会から遠ざかった。

桐生祥秀(日本生命。自己記録9秒98)や小池祐貴(住友電工。同9秒98)たちが出場する男子100 mで、山縣がやりたいこととは何なのか。

●「新しい技術を試したい」(山縣)

 タイムよりも走りの変化に注目して欲しい。7月28日のオンライン会見で山縣が強調したのはそこだった。

「冬期練習や、コロナで試合に出られなかった間に試してきたことを、実践する場としてベストを尽くします。一番は新しい技術を試してみて、実際のタイムと照らし合わせ、変化がどうだったのか評価をしていきたい」

 以前のタイムにこだわっていた頃の山縣なら、記録を指標にしていたかもしれない。詳しくは後述するが、そこには何度もケガを克服してきた山縣の競技観が現れている。
タイムを考えていないわけではない。

 東京五輪標準記録は昨年5月から適用期間に入ったが、レースから離脱した山縣はまだ破っていない。世界陸連がコロナ禍の影響を考慮し、今年は11月中までは適用期間から外れているが、山縣はGGPや10月の日本選手権で10秒05の標準記録は上回りたいと言う。

「選考会でなくてもレベルの高い試合になります。技術の変化や練習方針が正しいのかを確かめる貴重な場。そこで納得のいく走りができれば、10秒05の標準記録はついて来ます。記録としてはそこが目標です」

 GGPには桐生と小池も出場するが、9秒98を持つ2人は自己新への手応えがあるという。桐生は今季、すでに10秒04で走ってもいる。10秒05では勝てないが、山縣も練習中のタイムは悪くない。

「練習中に色々なタイムを測っていますが、19年シーズン前と比べ良いタイムで走れて、手応えを感じています」
 GGPでは史上初めて複数の日本人選手が9秒台で走る。そこに山縣が加わる可能性はあるだろう。

 そしてハイレベルの選手同士が接戦になれば、勝負強さが重要になる。極限状態の中でいかに、自分のやりたい動きを正確にできるか。その点においてロンドン五輪で10秒07、リオ五輪で10秒05と、2大会連続五輪日本人最高で走ってきた山縣は実績がある。

●ウエイトトレーニングのやり方の変更、走りのフォームの変更

 山縣はこれまでも何度も故障をしたり、それに伴う不調に陥ったりしながら、必ず復活してきた。今回はコロナ禍の影響がなくても1年近いブランクになった。昨シーズン前半に背中の痛み、肺気胸と続いたが、11月には右足首靱帯の損傷もしていたという。

「なぜケガをしたのか、なぜ不調になったのか。昨年はそこに向き合う時間をとれたシーズンになり、そこから得られたものもありました。成長するきっかけになったと思います」

 昨年末に冬期練習を行っていた米国フロリダから帰国した際には、次のように話していた。

「19年シーズン前の冬期練習は、ウエイトトレーニングのやり方がよくなかったと思います。重たいものをやるときに、(姿勢が)ぐっと前に入っちゃうというか、突き出してしまっていました。重さの数字を追い求めるあまり、本来やらないといけない姿勢が崩れてしまっていた。それが背中の痛みや肺気胸につながったのだと思います。この冬は前に入りすぎないようにして、ニュートラルなポジションというか、姿勢をかなり細かくコントロールしました」

 走りのフォームも変更した。18年に良かった頃の上体の起こし方を追い求めすぎ、19年はそれが早くなりすぎていた。今季は「より長く前傾していられるようにしたい」という考えで走る。

「スタートからできるだけ長く、目安としては35mくらいまで前傾をとれるようにしたい。徐々に体を起こしながら中間の加速を作っていきますが、体を起こしきる意識を持ってしまうと中間の加速を作りにくくなります。体を起こしきらないで最後まで駆け抜けていく。全体のイメージでいうとこうなります」

 見た目のフォームは、後半は上体が起こされた状態で走っているはずだ。実際には60m、あるいは70m以降は減速している。

 だが山縣の中では前傾姿勢を維持している。それが現実にどのくらいの角度なのかはわからないが、山縣にとっては加速しているイメージになり、減速を最小限にできる。それが100分の1秒を争う100 mという種目では勝敗を分ける。

●ドリームレーンに自身を重ねて

 今年のGGPは、インターハイが中止になった高校生に活躍の場を提供する意味で、ドリームレーンが設けられる。各種目で1〜2名の高校生が、日本のトップ選手と一緒に走る大会になる。
 山縣はドリームレーンについて「意義のあるものになれば」と期待をしている。

「僕らも東京五輪が開催されるかわからない難しい状況です。高校生も、もちろん中学生や大学生も、みんな大変な時期です。それをみんなで一緒に頑張って乗りこえていきたい。(困難を乗りこえた例として)ケガは必ず、成長のきっかけにできました。そこには、次に速くなるヒントが必ずあったんです。こんな状況の今だからこそ、それを乗りこえた未来を想像して一緒に頑張っていきたいと思っています」

 GGPで記録の追求よりも、自身の走りの変化を試すことを重視するのも、ケガと向き合い続けてきたからだろう。

「以前は記録や勝負にこだわっていました。今もこだわりはありますが、それよりも100 mへの理解を深めること、納得感を得ることに、年を追うごとにシフトしてきています。そう考えるようになったのは、やはりケガでしょうね。思い描いた青写真通りの競技人生が送れるかといったら、そうではありません。いいことも、ケガなどつらいこともある。それでも前に進みたい、競技に向き合っていきたい。今は100 mへの理解度を求めることで、精神的にも安定しています」

 トップに近づけば近づくほど記録的に、あるいは競技成績的に伸びる余地は小さくなっていく。そこを打ち破ろうとハードな練習を積めば、今度はケガのリスクが大きくなる。それでも、上を目指して行く歩みを止めたくはない。山縣はさらなる向上を目指すために、記録へのこだわりを小さくしたのだろう。

 山縣のその考え方は、男子100 mの状況ともリンクしているように思える。リオ五輪のあった16年なら、山縣の10秒00は日本タイ記録である。それが今ではサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)の9秒97を筆頭に、3人が9秒台を出している。選考会を勝ち抜くという部分に神経をとがらせるより、100 mを理解することを追い求める方が自身の課題などを落ち着いて分析することができ、冷静に対処法を考えられる。その先に自身3度目の五輪がある。

 新国立競技場の100 mスタートラインは、新たな山縣亮太のスタートラインでもある。

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