TBS SPORTS 陸上

寺田的コラム

ゴールデングランプリ前日記事②

2020.08.23 / TEXT by 寺田辰朗

女子1500mで日本新が期待される田中は
3000m日本新を出した連戦をイメージした調整

 新国立競技場最初の陸上競技会であるセイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)が、いよいよ明日(23日)と迫った。今大会で日本新記録の機体が高いのが、女子1500mに出場する田中希実(豊田自動織機TC)である。7月に1500mで4分08秒68の日本歴代2位をマークし、日本記録の4分07秒86に0.82秒と迫った。五輪実施種目ではないが3000mでは、一足先に8分41秒35の日本新で走っている。父親の田中健智コーチに電話で、前日やここまでの練習について取材をさせてもらった。また日本記録保持者の小林祐梨子さんにも、自身との違いや今の心境をうかがった。

●前日の練習と直前1週間の調整

 田中の前日練習は早朝に10kmのペース走を、午後は軽めのジョグと流しを行った。特に早朝の10kmは、1500mのレース前日としては珍しいメニューだろう。その狙いを田中コーチは次のように説明する。
「動きの確認と、『こういうこともやったから』という、メンタル面の効果を考えてのことです。午後の練習はトラックの感触を確認することが目的でした」

 1週間スパンでの調整練習は、どういったことを行ったのだろう。負荷の高いポイント練習は2回行っている。
「月曜日に5000m、木曜日に1000m+600mをやっています。5000mは1000m4本を200mのジョグでつないで走りました。1000mの中でもペースを変えているので、3種類のスピードで走ったことになります。1000mの変化走を4本、インターバル形式で行ったことになりますね。1000m+600mのタイム設定は控えめにしていましたが、本人が『思うように走りたい』と言って、レースペースで走りました」

 7月の1500m日本歴代2位と3000mの日本新は、ホクレンDistance Challengeの間に兵庫県選手権をはさんだ5連戦の中で出していた。それに対して今回は、GGP1レースのみ。スケジュール的に、レースに対しての調整の仕方はまったく違った。

 と考えるのが普通だが、田中コーチは「ホクレンに近い状態を作りました」と言う。

 5連戦は中3日、中3日、中2日、中2日で試合に出場したが、田中は木曜日の練習をレースペースで行ったように、ポイント練習を試合に近い負荷で行っている。この1週間は「ポイント以外はしっかり抜いてきた(休んできた)」ことも、連戦と同じ感覚でのスケジュールといえる。

 ホクレン前との違いは、調整に入る前の強化練習期間にあった。ホクレン前の3〜6月も、それ以前に比べて強度を上げていた。特にポイント練習以外のジョグで、遅いペースの下限を上げている。

 それでもポイント練習は基本的に週2日だったが、8月の合宿では中1日でポイント練習を行った。当面の目標としては1500mの日本記録を更新すること、その先には5000mで世界と戦うことを見据えて、よりハードなトレーニングに取り組み始めているのだ。

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●日本記録保持者・小林さんの前日練習

 日本記録保持者の小林祐梨子さんは、前日や直前にどんな練習を行っていたのだろう。電話で話をうかがった。
「1500mの前日は300m3本と決まっていました。日本記録の前日は47秒、48秒、48秒でやっています。400mに換算すると64〜65秒なので、レースペースより1〜2秒速いのですが、300mなら調子が悪くても走れるタイムなんです。2日前には600m+400mで、1000mを走りました。これも絶対にできるタイムでやるのですが、600mが絶妙な距離で、地味に緊張はします。でもレースまで1週間を切ったら、練習で(設定タイムを)外すことは絶対にありません。06年頃はレースが楽しみでしたし、挑戦したいと思っていました。気持ちが充実していましたね」

 5月の国際グランプリ大阪で日本新を出したときは、2日前を600m+400mではなく、1000mで行ったという。タイムは2分46秒。残り500mを同じペースで走れば1分23秒なので、1500mなら4分09秒になる。当時の日本記録は4分09秒30だった。
「ラスト500mで足が止まるかもしれない、ということも考えましたが、そこは監督(須磨学園高の長谷川重夫監督。現豊田自動織機監督)が言葉をかけてくれて、自信を持たせてくれました」

 小林さんと田中は同じ兵庫県小野市在住で、小林さんと田中の母親の千洋さんが、郡市対抗駅伝などを通じて以前から交流があった。田中とも食事や温泉に行くなど、掲載した2点の写真(小林さん提供)からもわかるように、プライベートを一緒に行動する仲になっている。田中がジョッグを行う日には、予定のペースを確認し、付いて行けるときは一緒に走るという。

 競技の話題の方が少ないというが、練習内容なども大枠は把握している。
「こんなにやっているんだ、と思いますよ。ノンちゃん(田中希実)はそれが苦にならないんです。ホクレンは連戦でしたから、あれが本当のタイムじゃないです。それに対して今回はGGP1本に絞っています。雨になっても彼女は強いですよ。兵庫県選手権の1500mが豪雨で中止になりましたが、代わりに4分15秒で練習したんです。大雨の中で。そのときのラスト1周が62秒です。仮にGGPを1周66秒ペース(1500mが4分07秒5のペース)で走ったら1000m通過が2分45秒になりますが、ラスト400mを62秒で上がれるなら、1000mで4〜5秒後れても日本新を出せる計算になります。たぶん今回は、65〜66秒で入っても、少し落とすんじゃないでしょうか。その方が本人も余裕を持つことができるでしょう」

 同じレベルで走った経験があり、練習も把握している小林さんだから、GGPの田中の走りを想像できる。

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●「大幅に抜いていって欲しい」と小林さん

 田中も300mのメニューをレース2日前に行っている。詳細は確認できていないが、当時の小林を指導していた長谷川監督が現在は豊田自動織機監督ということで、情報の共有があるのかもしれない。
「刺激というより快調走ですね」と田中コーチは説明する。
「希実は47秒で2本、45秒で2本やりました。本気で走らないでもそのタイムでまとめられたのは、スピードの底上げがされているからだと思います」

 そこは田中コーチも手応えを感じている。

 しかし日本記録を(特に大幅に)更新できるとは、言い切ろうとしない。1つは独走となったときに「65〜66秒で押して行った場合、どうなるか未知数」だという。もう1つは合宿で練習強度を上げ、最後の1週間で「一気に抜く」調整が、レースでどう現れるか。それも初めて試みることだ。

 10日ほど前の取材では、2周目を抑えて残り700mから切り換える案を話していたが、「はまらないと難しい」と慎重になっている。

 公にできない不安材料が生じた可能性もゼロではないが、前日にどんな話し方をするかは、選手や指導者の性格によって変わる部分が大きい。田中コーチは試合が近づくと、慎重になっていくタイプなのではないか。

 それに対して小林さんは、練習内容などを本人や田中コーチから聞き、自身の日本記録が破られることは既定路線と考えている。
「もともとノンちゃんとは、日本記録保持者として接していたというより、近くにいる人としてお付き合いしてきました。競技以外のところでも、本当に魅力的な女性です。私の肩書きがなくなる日だと思っていますが、そこよりも純粋に、彼女がどんな記録を出すかが楽しみなんです。ただの応援団ですね。彼女はもう4分5秒を切る次元だと思います。どうせ抜かれるのですから、大幅に抜いていって欲しい」

 田中コーチも1500mの日本記録は、更新しないといけないと考えている。5000mで世界と戦うためにも「スピードを生かしつつスタミナで押して行く」というスタイルを確立していきたいからだ。そして「トラックでも日本の女子が世界で戦える」ことを示していく。

 田中コーチの思いと、小林さんの思い。153cmと小柄な田中だが、2人の思いを背負って新国立競技場を快走するだろう。

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