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寺田的コラム

ゴールデングランプリ陸上&新国立競技場の主役たち④ 小池祐貴

2020.08.15 / TEXT by 寺田辰朗

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写真提供:フォート・キシモト

史上3人目の9秒台スプリンターに成長した小池
自己記録更新=日本記録に確かな手応え

 小池祐貴(住友電工)が満を持して、8月23日に新国立競技場で開催されるセイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)100 mに臨む。頭角を現したのは200 mだった選手。
同学年の桐生祥秀(日本生命)が日本人初の100 m9秒台、9秒98を出した17年日本インカレに200 mで優勝した。18年アジア大会200 mで金メダルと急成長し、昨年のGGP100 mで自身初の10秒0台を出した(10秒04・+1.7)。それだけでも十分な活躍だったが、7月のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で9秒98(+0.5)と快走。
桐生、サニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)に続く日本人3人目の9秒台で、短距離指導者たちも驚く進化を見せた。そして今年のGGPは日本記録を見据えて走る。

●目標ではなく、目的を持って走るGGP

 GGPの目標を問われると小池は、「そこそこ状態も良いので、条件が良ければ自己新は出せると思います」と答えた。自己記録は9秒98。0.01秒の自己新なら日本タイ、0.02秒以上なら日本新記録となる。

 実現すれば新国立競技場での陸上競技のスタートに、これ以上相応しい記録はない。
 だが小池は次のように言い直した。
「記録は左右の人を気にしないで自分のレーンだけを見て、自分の世界に入る走りができればついてくるものだと思います。そういう走りを再現することが目的です。目標ではなくて」

 小池も、一緒に走るメンバーを考えないわけではない。当面は200 mよりも100 mを中心に走るが、その理由として話した内容にもそれが表れていた。
「昨年の世界陸上で100 mのファイナル(決勝)に残れず悔しかったからです。100 mは独特の雰囲気があって、特に精神的に難しい種目だと思っています。まずは難しい種目で結果を出してから、200 mを兼ねて行くつもりです」

 精神的に難しいのは、周囲の選手の影響を受けてきたことを認めているからだ。それはマイナス面だけではない。「9秒7〜8の選手がいたら楽しいし」とも感じている。

 レース前は「自分より強い選手がいるとテンションが上がる」ことを良い緊張感に変え、スタートを切ったら周りのことは気にせず、自分のやりたいことだけに集中する。それが小池の100 mなのだ。

 今年のGGPは外国人選手がいないため、自分のやりたい動きを正確に行う比重が大きくなる。
「自分のレースに集中できたかどうか。そこを自己採点する大会になります。周りに惑わされたら減点です」

 小池の減点が少ない点数なら、日本記録が誕生する。

●9秒台へのステップとなった昨年のGGP

 小池にとって昨年5月のGGPは、100 mでステップアップする大きなきっかけになった。

 前年までの自己記録は10秒17で、明らかに200 mタイプのスプリンターだった。100 mでも3月に追い風参考記録で10秒0台を2度出したが、アジア大会200 m金メダリストの肩書きに比べられるものではなかった。

 それを覆したのがGGPの100 mで、10秒04(+1.7)で4位に入った。優勝したのは17年世界陸上金メダリストのJ・ガトリン(米国)で10秒00。小池と0.04秒の差しかなかった。2位の桐生は10秒01。慶大の先輩にあたる山縣亮太(セイコー)には0.07秒先着した。
「これくらいで10秒0台が出るんだ、とわかった大会です。100点ではないし、80点いったかいかないか、くらいでした。ここができたから次はこっち、その次はこっちと、1個1個課題をつぶしていく土台ができたんです。そこのポイントは今も抑え続けています」

 6月の日本選手権はサニブラウンと桐生に敗れて3位だったが、7月のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で9秒98(+0.5。4位)の日本歴代2位タイまで記録を伸ばした。ロンドンでは記録が注目されたが、3位のY・ブレイク(ジャマイカ)に0.01秒差まで迫り、5位のA・ドグラッセ(カナダ)に0.01秒競り勝った。五輪メダリストたちと好勝負を展開したことにも価値があった。

 ところが9月の世界陸上ドーハ大会では、準決勝2組7位(10秒28・-0.1)で決勝に進めなかった。腰を二度、8月の英国バーミンガム遠征時と、ドーハ入りしてから痛めたことが影響した。

 ドーハの決勝ではガトリンが銀メダル、ドグラッセが銅メダルを取り、ブレイクも5位に入っている。100 mの決勝進出は、手が届くところにあった。

●室内60mから得た感覚重視のアプローチ

 今季は新型コロナ感染が拡大する前の1〜2月に、米国で室内競技会の60mを2レース走っている。6秒69と6秒71で、室内日本記録の6秒54(サニブラウンと川上拓也=大阪ガス=の2人が19年にマーク)とは少し開きがあった。

「代理人に勧められて、特に調整しないで冬期練習の流れのまま出場したのですが、一瞬の種目というか、ちょっとミスったら終わってしまう難しい種目だとわかりました。あとから出場する意味が理解できて、100 mに生かせると感じています。それはセット(用意)と声がかかったら音に集中して、動きは無意識にできるようにしないといけない、ということです。それまでは1歩目をこう出て2歩目はこうして、と考えすぎていました。感覚で感じろ、ということなんです」

 その後の練習ではフォームなど形よりも、気持ち良く動くことのできる感覚を重視するようになった。気持ち良い感覚をいくつか試し、「お尻の細かい筋肉で地面をしっかり押すとき」が共通点として抽出できたという。

「そうすると前傾姿勢のときにスパイクのピンが地面を上手くとらえて、すごく気持ち良く進むんです。そこを追っていって60〜70mで最高速度が出る局面で、もう1つ(気持ち良く進む)感覚を出せると感じています」

 小池の練習は、トップスピードで走らないことで知られている。正確な動きを丁寧に行うことを重視し、それができる範囲のスピードで走る。だが要所、要所では速いスピードの動きも確認しているという。
「一昨日、スパイクを履いてダッシュを行いましたが、間違いないな、良い感覚で走れている、と感じられました。練習である程度自信を得られているからこそ、“勝つぞ”より“しっかり走れば結果が出る”という心境になっています」

 トレーニングや感覚的な部分の手応えを、ここまで明確に言葉にする選手の再現性は期待できる。
 小池にとって昨年のGGPは自信をつける大会になったが、今年のGGPは自信を表現する大会になる。

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