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寺田的コラム

ホクレンDistance Challenge第3戦網走大会翌日

2020.07.17 / TEXT by 寺田辰朗

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写真提供:フォート・キシモト

ホクレンDistance Challenge網走大会の翌日(7月16日)、トヨタ自動車の服部勇馬と佐藤敏信監督が記者会見を行った。
前日、10000mで27分56秒32の自己新を出した服部は、スピード強化に成功した経緯やマラソンへの手応え、東京五輪の目標などを話した。
会見後にはニューイヤー駅伝3区区間賞の西山雄介が取材に応じた。西山の変化を通して、トヨタ自動車というチームで成長することの意味を紹介したい。

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写真提供:フォート・キシモト

●「27分56秒32で満足していたらメダルに届かない」と服部

 服部にとって網走大会は、半年ぶりのレースとなった。元旦のニューイヤー駅伝(5区区間3位)で左大腿部を痛め、約1カ月で回復したが、その頃から新型コロナの感染が拡大し、試合には出られなくなった。
「コロナの状況を通して、走らせてもらえることが当たり前という環境が、実は当たり前ではないことを痛感しました。環境を整えてくれる会社や周囲の皆さんに、感謝しないといけないことなんです。感謝を示す機会である網走大会はある意味、失敗できない、下手な走りはできないと思っていました。27分台はもっと早くに出すべき記録だったかもしれませんが、このタイミングで出せたことはホッとしています」

 自身初の27分台にホッとしたところはあったが、服部に浮かれたところは少しもない。
「走り終わって感じたことは、27分56秒で満足していたらメダルには届かないということです。30年前のことですが、中山竹通選手は27分35秒33、瀬古利彦選手は27分42秒17のタイム(2人とも当時の日本記録)を持っていましたが、マラソンでオリンピックのメダルには到達しませんでした。(自分の記録が)少し恥ずかしくもなりました」

 だが、スピード強化に対して手応えを感じられたことも事実である。
昨日の記事でマラソンにつながる動き(フォーム)で10000mを走ったことは紹介したが、気持ちの面でも進歩を感じている。
「東京五輪が1年延期になり準備期間が増え、その間にやりたいことの一番は、スピードの絶対値を上げることでした。1000m2分48秒(10000mで28分00秒になる)のスピードが、速いと感じるか、速くないと感じるか。1年前とは別ものと感じられるくらいです。今年カロキさん(ビダン・カロキ。10000mのケニア代表としてロンドン五輪、リオ五輪連続入賞)が加入して、こういった世界のトップランナーたちに勝たないと、メダルは見えてこないのだと痛感しました」

●東京五輪までのスケジュール的なところを佐藤監督が説明した。ハーフマラソンに出場したいがロードレースの実施が難しいため、秋にもう一本10000mを走る。マラソンは海外の大会が困難と予測し、12月から来年3月の間の国内大会に出場する。マラソンに向けての走り込みをしながら、実業団駅伝(11月の中部実業団対抗駅伝と元旦のニューイヤー駅伝)も、オリンピックへのスケジュールを優先しながら、無理がなければ出場していく。

「(1カ月後に五輪1年前になるが)まだまだ自分の競技力、可能性を上げる時期です。どのくらい(のタイムを持って五輪に臨む)と深くは考えていませんが、遅かれ早かれ2時間05分30秒を切っていくレースには挑戦したい。現状では自己記録(2時間07分27秒=18年福岡国際マラソン優勝時)とは2分くらいの開きがありますが、可能性はゼロではありません。改善する余地はあります。2時間5分台前半を狙って行きたいです」

 札幌で行われる五輪本番で、どんな展開をイメージしているのだろうか。
「ケニアやエチオピアなどの有力選手が前半から行けば別ですが、ノーマークの選手が1人で行っても誰も追わないと思います。勝負は30km以降。そこまで先頭集団に残っていないと話になりませんが、その先は正直、予想を立てることは難しいです。30kmから対応する力を残すことが、現時点でのプランです」

 社会的にはどうしても、アフリカ勢の強さが支配的な現状など一顧だにされず、メダルという結果だけが期待されてしまうのがマラソンという種目の宿命だ。選手自身はそこをどう考えて臨もうとしているのだろうか。
「現時点でメダルの可能性は低いと思います。こういう言い方が適当なのかわかりませんが、これまで多くの日本代表選手がオリンピックで勝負した中で、(戦後の男子は)銀メダル2個、銅メダル1個という結果です。難しい戦いになりますが、30kmまでは集団で行って、そのあとチャンスがあれば狙いたい。欲をかいて行くより堅実に走るのが自分の走り方です。自分の特徴を生かして、チャンスがあればメダルを狙う。オリンピックは夢に見た舞台ですから、楽しんで走ることは忘れないようにしたいですね」

 網走大会には、絶対に結果を残すつもりで臨み、6カ月半ぶりのレースでも自身初の27分台をマークした。18年の福岡国際や昨年のMGCだけでなく、箱根駅伝2区での2年連続区間賞など、重要なレースでは必ずピークを合わせて結果を残して来た。

 それができた背景には、支援や応援をしてくれる人たちへ感謝の気持ちがあり、走れる環境がありがたいと認識できるメンタル面が大きく影響している。
地元五輪選手への期待はプレッシャーにもなるが、服部なら自身の力に変えることができるはずだ。

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写真提供:松尾/アフロスポーツ

●西山に見るトヨタ自動車チームの成長

 トヨタ自動車は服部以外にも、エース級の選手が多数いることが特徴のチーム。ニューイヤー駅伝最長区間の4区は2015、16年と窪田忍が連続で走ったが、17年・服部、18年・宮脇千博、19年・藤本拓、20年・大石港与と、毎年違った選手が走っている。

 チームは15年以降3位以内を続け、今年のニューイヤー駅伝は2位。今季は16年を最後に遠ざかっている優勝に返り咲くことが目標だが、この冬は服部が東京五輪へのスケジュールを優先するため、駅伝で負担をかけられない。
服部頼みにならないチーム編成が今季の課題である。

 窪田と服部は学生駅伝界のトップランナー的な存在だったが、それ以外の選手はトヨタ自動車で他の区間を走りながら、4区を任せられる選手に成長した。しかしトヨタ自動車の4区は、かなりの力が要求される。今年3区区間賞を取った西山雄介でさえ、佐藤監督は「将来的には走れる選手ですが、力が付けば、ですね」と慎重だ。

 その西山は入社3年目の昨シーズンに大きく成長し、今年のニューイヤー駅伝は初めてメンバー入り。3区区間賞を取ったことでさらなる成長が期待できる。
「ニューイヤーがしっかり走れた分、さらに1つ高いレベルでやっていかないといけません」と西山。「今は勇馬さんがエースとして走ってくれていますが、それに続く選手になっていかないと。走りの技術的には、3区は追い風で下り基調ではあるのですが、5kmを13分30秒で通過するなど今までになかったスピード感を経験できました。どう表現したらいいのか難しいのですが、無理をしないで効率よく走れたんです」

 ホクレンDistance Challengeでは深川大会10000mで28分22秒64の自己2番目の記録で、網走大会5000mは13分45秒60の自己新で走った。タイム的にはもう少し出てもおかしくないが、「走りは少しずつ変わってきていて、前半はすごく楽に行けたので、もう少し改善できれば3区の走りに近づきます。5000mの13分30秒、10000mの27分台も出せる」と手応えがあった。

 1年前の夏は「日本選手権の標準記録を破ることと、ニューイヤー駅伝のメンバー入りすること」が目標だった。それがメンバー入りしたら即、3区区間賞選手になった。チーム内で1つポジションが上がれば、大きな結果につながる。それがトヨタ自動車というチームだ。

 今季の駅伝を占う上では、2年目の堀尾謙介と山藤篤司、新人の太田智樹と青木優人らがどう成長するかが重要になる。
堀尾は昨年の東京マラソン日本人トップだった選手で、太田は入社1戦目の網走大会5000mで13分47秒09の自己新で走った。

 佐藤監督に期待できる選手を聞くと「山藤も去年28分19秒98と良い記録を出しましたが、一発だけでした。夏のトレーニングで地力があるかどうかがわかるので、夏以降ですね」と、選手を特定することを避けている。
成長の見込みがある選手が多いから、に他ならない。

 西山が4区を走れる選手に成長するのか、昨年の西山のような選手が現れるのか。トヨタ自動車チームの成長は、日本の長距離界にとっても重要な部分になる。

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