寺田的コラム
新国立競技場初戦ゴールデングランプリ②
2020.08.25 / TEXT by 寺田辰朗
やり投のディーンが8年ぶりに国際レベルの84m台
フィンランドで追求した反射速度が復活のカギに
セイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)が8月23日、新国立競技場の陸上競技最初の試合として行われた。男子やり投ではディーン元気(ミズノ)が84m05と、今季世界リスト10位に入る記録で優勝。故障とそれに伴う不調に苦しんだロンドン五輪代表が、自身7年ぶりの80m台で完全復活を印象づけた。注目の男子100mは桐生祥秀(日本生命)が10秒14(-0.2)で優勝。予選では10秒09(+0.7)と、国立競技場日本人最高記録(10秒11)を塗り替えた。女子1500mでは2位の卜部蘭(積水化学)も、日本新をマークした田中希実(豊田自動織機TC)に残り1周まで食い下がり、4分11秒75の日本歴代9位をマークした。

写真提供:フォート・キシモト
●6回の試技が流れの良さが大アーチに
男子やり投は最終6回目にドラマが待っていた。
ディーンが1投目に79m88でリードしたが、5回目の試技で新井涼平(スズキAC)が81m02を投げて逆転。日本選手権6連勝中の新井が順当勝ちするかと思われたが、ディーンの6投目は80mラインを大きく越えた。
84m05は2012年の84m28に次ぐ自己2番目の記録で、13年以来7年ぶりの80m台だった。
これが嬉しくないわけはない。ディーンの感情が爆発した。雄叫びを上げで駆け回り、最後は着ているユニフォームを引き裂くパフォーマンスも見せた(投てき選手が五輪や世界陸上で金メダルが決まったときに、よく見せるパフォーマンス)。
ペン記者用のオンライン取材に姿を見せたときは、「ようやく仕事場に戻ってこられたな、という感想です」と冷静に語り、次のように投てきを振り返った。
「1投目を気持ち良く入れて、冬にやって来たことが上手くできました。2投目以降は、シーズンも始まったばかりですし、(スピードや力の入れ方を)上げたらどうなるか、テンションを上げたらどうなるか、体(の反応)を見ながらコントロールして投げていました。ケガもなく、冬にやってきたことで脚が動くようになりましたが、保持走が少し走れすぎて、クロスで少し腰が上ずる感じも出ていた。5投目はちょっとゆっくりめに走り、クロスで上げていく感触が上手くできたので、6投目は同じリズムで走って、最後は思い切って決めようと思って投げました。(6回の試技が)上手く流れを作って投げられましたね。やりをきれいに押せた感触があり、やりを見たら飛んでいったので、(越えたらファウルとなる)ラインの手前で止まらないと、と堪えました。まあ、100点満点です、今日は」
本当に久しぶりのビッグアーチを、噛みしめるように振り返った。
●80mに届かなかった7年間の苦悩と再起への道のり
12年シーズンのディーンは本当に強かった。4月の織田記念で84m28の自己新をマークすると、5月のGGP川崎に81m43で優勝。織田記念で86m31を投げていたS・ファーカー(ニュージーランド)に4m差をつけた。日本選手権も84m03で初優勝し、ロンドン五輪代表を決めた。
五輪本番では82m07で危なげなく予選を通過し、決勝では入賞こそ逃したが79m95で10位。大学3年生という年齢を考えると大健闘だった。
翌13年も4月に80m15を投げたが、そこから80mに届かなくなった。
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▼シーズンベストと出場試合数
2012年・84m28(13試合)
2013年・80m15(12試合)
2014年・77m32(2試合)
2015年・77m51(5試合)
2016年・79m59(12試合)
2017年・75m30(3試合)
2018年・76m33(9試合)
2019年・78m00(16試合)
2020年・84m05(2試合)
※試合数は判明分
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若くして世界で戦い始めたディーンが80mを投げられなくなる。投てき関係者も取材する我々も、もちろんディーン本人も、予想だにしていなかった。
「ケガを何度もする時期が続いて、ケガをしながらも投げ続けたことで、べたべた走る慎重な助走になってしまったことが大きな原因でした。短助走だとそれなりに投げられるのに、全助走だと崩れてしまって、やりをかついだときに正しい位置に持ってこられなくなりました」
結果が出ず精神的にも焦りが出る。試合に出られる状態まで上がっていないのに、「きっかけをつかもう」と試合に出て、さらに悪循環に陥っていった。それが最も顕著だったのが14年、15年シーズンだったという。ミズノに入社した1〜2シーズン目で、早く結果を出したい気持ちが裏目に出た。
何年かは正確に覚えていないが、日本選手権の試合後に「やりの投げ方を忘れてしまっている」という言葉もあった。
それでも五輪イヤーの16年には、なんとか調子を整えた。4月の織田記念で79m59の入社後最高記録を投げたが、6投目に頑張りすぎて左足首を捻挫してしまう。「今回のGGPの6投目くらいに良い投げができる手応えがあったのですが…」。やりが右側のラインの外に着地するファウルになったが、82mくらい飛んでいた。
「それでまた左脚でガッつりブロックすることができなくなって、最後の右、左と着くタイミングがずれ始めました。ケガをしない体を作らないといけないと判断して、17年は試合数を絞ったんです」
19年には19試合に出られるまでに回復し、アベレージも上がってきた。そのタイミングで夏にフィンランドに行き、崩れていた助走を修正するヒントを得た。
フィンランドはやり投の五輪&世界陸上のメダリストを何人も輩出している国だが、「プライオメトリクス専門の研究者もいて、やり投に応用している」という情報を得たからだった。
プライオメトリクス・トレーニングとは、筋肉の伸張と収縮の切り替えをより早く行い、筋力をパワーに変えるためのトレーニングのこと。ボックスジャンプなどが代表的なメニューになる。そのトレーニングに取り組むことで、助走接地時の反射速度の遅さを改善できると考えたのだ。筋力トレーニングも多くのバリエーションがあり、やり投に生かせるように器具も工夫されていた。
冬期練習は11月末から2月初めまでフィンランドに滞在し、そこからフィンランド・チームと一緒に南アフリカに移動してトレーニングを継続した。
「フィンランドにはプライオメトリクスの数値を測定できる機械もあるんです。昨年夏は0.200秒くらいで『やり投選手じゃない』と言われました。『象の脚だな』と。それがこの冬には0.180秒まで上げられたんです。高さも、体重を増やしても10cm高く弾むようになりました」
復活への一番の障害となってきた接地時の反射速度が改善され、あとはどうやり投に結びつけていくか、という状態で3度目の五輪イヤーを迎えていた。

写真提供:フォート・キシモト
●「日本記録はゴールで通過点」
16年には希望を持てるまで状態を上げられたが、84mを投げ、五輪決勝を戦った選手が80mに届かなかった7年間は、普通に考えて長かったはずだ。
「ケガをしている間もやり投のデータ的な部分は勉強して、こうしたらいいという方向性がわかってきました。悪い感覚がなかなかとれずに焦りも出ましたが、自分なら投げられると、ずっと自分を信じ続けられた。あきらめようと思ったこともないわけではありませんが、東京五輪への気持ちがぶれなかったので、その選択肢はなかったですね」
自分を信じることができたからだろう。時間はかかったが、自分の体をしっかりと見つめることができるようになった。フィンランドでの経験も加わり、昨夏には復活を「確信した」という。
「そのためのトレーニングに耐えられるかを、自分の体と相談しました。ケガさえしなければ行ける自信は持てていましたし、ケガをしないための体のマネジメントも、これまでの経験からできると判断しました。そこで覚悟を決めました」
名門ミズノの伝統が焦りにつながったこともあったが、手厚いサポートは心身両面で力になった。「仕事場に戻ってこられた」という言葉からも、所属会社への感謝の気持ちが伝わってくる。
競技成績が低迷しても、変わらず支えてくれる人たちがいる。この冬の長期合宿用の費用は、クラウドファンディングで募った。
「支えてくれる方たちの存在が、自分の背中を押してくれました」
今回の84m05で五輪標準記録の85m00も、完全に射程圏内に入ってきた。投てき種目では最古の日本記録である87m60(1989年・溝口和洋)も「ゴールであり通過点にしたい」と言い切る。クラウドファンディングを始めたとき、すでに「東京五輪でのメダル獲得」を支援者たちに約束していた。
「東京五輪が1年延期になったことで、自分のピークを高くできる」と意気込んでいる。
実はディーンが13年に投げた最後の80m台(80m15)は、国立競技場で開催された東京六大学だった。当時の記事には「目標にしていた感覚を出すことができた」というディーンのコメントが載っている。
だがその感覚は、痛みを押して無理矢理出していた感覚で、悪循環へのスタートになってしまった。
その国立競技場で7年ぶりに80m台を再現した。新国立競技場での80m台は、日本新記録やメダルへのスタートとなる80m台にする。
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