寺田的コラム
【全日本実業団陸上@熊谷1日目】
2020.09.19 / TEXT by 寺田辰朗
東京五輪女子マラソン代表の前田と一山が10000mで激突。
優勝は復活した鍋島

全日本実業団陸上第1日(9月18日)が埼玉県の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われた。
ジュニア女子3000mでは廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)が8分52秒80の大会新で快勝。20日の5000mに向けて弾みを付けた。
女子1500mは卜部蘭(積水化学)が4分12秒44で優勝。1周目を64秒台とハイペースで入るチャレンジをした。女子10000mは鍋島莉奈(JP日本郵政グループ)が32分03秒40で優勝。前田穂南(天満屋)と一山麻緒(ワコール)のマラソン五輪代表コンビも積極的な走りで先頭を引っ張り合った。
高温多湿で長距離種目にはハードなコンディションだったが、各選手の目的がはっきり伝わってきたレースが続いた。
●異なる目標だった一山と前田が積極レース

女子10000mは最初に一山麻緒が先頭に立ち、1000mから3000m過ぎまでは安藤友香(ワコール)が引っ張ったが、その後は一山と前田穂南が交互に引っ張った。 一山は「暑くなるので記録より勝負」と思ってレースに臨んだ。
一山の勝ちパターンは7月のホクレンDistance Challenge網走大(10000mで日本人1位・31分23秒30)と千歳大会(5000m1位・15分06秒66)で見せたように、ハイペースで押しきる展開だ。勝敗優先でも自らペースを作った。暑さと高い湿度で記録的には多くを望めなかったが、積極的なレースを展開した。
だが6700m付近で前田が前に出て、落ちかけたペースを維持すると、一山は徐々に4人の集団の後ろに下がり始めた。集団は前田、一山に加え、17~19年まで3年連続トラック種目日本代表だった鍋島莉奈、17年世界陸上ロンドン大会10000m代表だった松田瑞生(ダイハツ)の4人。前田が引っ張り、鍋島、一山、松田の順に続く。
前田は「今日は自己新記録が目標でした」とレース後に明かした。一山とは異なる目標になるが、一山の勝ちパターンが自分のリズムで押し切ることなので、2人が今大会でやりたいレース展開は同じになった。
前田は最後まで引っ張り続けたが、鍋島と松田を振り切ることができなかった。ラスト1周でスパートした鍋島に約20m引き離され、高校(薫英女学院高)の1学年先輩の松田にも1m半先着された。
「思うようにペースを上げられなかった」と敗因を口にしたが、今できる最大限のレースはした。
来年の東京五輪マラソンは札幌開催になったが、今日のような高温高湿度の気象になることも十分考えられる。前田と一山が悪条件にもかかわらずトラックで積極的なレースを展開したことは、1年後に間違いなく生きるはずだ。
●鍋島が復活。ラストの強さをアピール

鍋島のラストの強さが復活した。9600mでスパートし、ラスト1周を67秒4(筆者計測)でカバーした。
「自分が得意とする展開に持ち込めました。ラスト1周を上げて走るのは楽しいなと、改めて感じました」
日本選手権を17、18年と5000mで2連覇し、19年は10000mで優勝と、ラストの強さで勝ち続けている鍋島らしさが現れたレースだった。
その鍋島が「去年の8月から1年間、上手くいかないことが続き、すごく悩んできました」と打ち明けた。8月に右脚脛骨のケガで世界陸上ドーハ大会を欠場し、11月のクイーンズ駅伝前には左脚脛骨を傷めた。1月には左大腿部の炎症を起こし、5月にも同じ症状が出た。
「(復調に向けて)軌道に乗りかけたところで3回、ケガを繰り返してしまいました。練習が継続したのは7月からです」
2カ月でここまで立て直すのだから、やはり持っている能力は高い。
本人のコメントにあるように、故障したため昨年のクイーンズ駅伝は走っていないが、日本郵政は2度目の優勝を果たした。だからといって鍋島が駅伝に必要ないかといえば、そうではない。鍋島は単独走になる駅伝でも強さを発揮するタイプで、後半の長距離区間の5区(10.0km)で区間賞を16年、18年と2度獲得している。
今年はコロナ禍の影響で日本選手権長距離種目が12月第1週開催になり、11月22日のクイーンズ駅伝と日程が近くなった。日本選手権では10000mで、東京五輪標準記録(31分25秒00)を突破して優勝し、東京五輪代表を決めるつもりだ。
「駅伝に向けて体を作ることができれば、そこから2週間なら整えることで調子を維持、上昇させることができます。大会が近いから大変ということはなくて、クイーンズ駅伝、日本選手権とステップアップしていける」
クイーンズ駅伝2連勝と、五輪2大会連続トラック代表輩出を狙う日本郵政に、頼もしいエースが帰ってきた。
●卜部のペースが意味するもの

女子1500m優勝の卜部蘭は、最初の400 mを64秒台で入った。これは田中希実(豊田自動織機TC)がゴールデングランプリ(以下GGP)で4分05秒27の日本新で走ったときより2秒以上速かった。
卜部の通過&スプリットタイムは以下の通りだった。
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400m 1分04秒35 64秒35
800m 2分11秒82 67秒47
1200m 3分20秒94 69秒12
1500m 4分12秒44 51秒48
※データ提供TWOLAPS TC
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今大会前に積水化学が指導委託しているTWOLAPS TCの横田真人ヘッドコーチ(800 m前日本記録保持者)は、卜部について「タイムよりも日本選手権にどうつなげるか。テーマはチャレンジです」と話していた。横田コーチの話とGGPの卜部の走りと照合して、やりたいことは理解できた。
昨年の日本選手権800 m・1500m2冠の卜部は、ラストの強さが特徴の選手。田中にも日本選手権、今年2月のニュージーランド遠征と、残り1周の勝負で競り勝った。
しかし今季は田中が一気にレベルアップした。7月に3000mで日本記録、1500mで日本歴代2位を出し、GGPでは1500mの日本記録に挑戦するのは誰もが知るところだった。GGPの卜部は800 mで少し離れかけたが盛り返し、1100mで田中が猛スパートを見せるまで背後にぴたりとつけていた。離されてからも大きく失速することはなく、4分11秒75の自己新記録で2位に続いた。
田中が一段階上の走力を身につけた以上、ラスト勝負など戦術的な部分で考えても勝つことはできない。走力アップという戦略的なところでまず追いつく必要がある。
「66秒あたりで入るプランが64秒台になりましたが、リラックスしたなかで通過できたのは良かったです。66秒で流れを作って、さらに上げていけるポイントを作ることが日本記録には必要です。記録はもう少し行きたかったですけど、まだイケると感じられた気持ちを日本選手権にぶつけます」
日本選手権での田中優位は動かないが、卜部もしっかりした戦略で強化を行っている。GGP、全日本実業団陸上とそのためのレースを実行できた。
横田コーチは「卜部は失敗してもチャレンジする。その気持ちはヤワではありません。まだまだ強くなります」と大会前に話していた。
卜部の走りを見て、その話が誇張でも何でもないことがわかった。
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