寺田的コラム
ホクレンDistance Challenge第3戦網走大会②
2020.07.16 / TEXT by 寺田辰朗
田中、女子5000mの日本新は逃すも14分40秒が期待できる内容
日本人2位の萩谷は、適用期間外も五輪標準記録以上のタイム
ホクレンDistance Challenge網走大会が7月15日、北海道網走市の網走市営陸上競技場で行われた。
女子5000mは田中希実(豊田自動織機TC)が15分02秒62で優勝。期待された日本新こそ出せなかったが、世界大会で入賞も期待できる内容だった。4位(日本人2位)の萩谷楓(エディオン)も15分05秒78と、適用期間外ではあるが東京五輪標準記録の15分10秒00を上回った。

写真提供:フォート・キシモト
●ラスト1000m2分50秒は田中自身最速タイム
日本記録更新はできなかったが、今後への期待値は大きくなった。
田中希実(豊田自動織機TC)は深川大会(7月8日)3000mで8分41秒35と、福士加代子(ワコール)の持つ日本記録を18年ぶりに更新した。
網走大会5000mでは自己記録の15分00秒01の更新(=日本人2人目の14分台)を第一目標としていたが、その延長線上に福士の14分53秒22の日本記録更新も視野に入れていた。
だが、田中のペースは思ったように上がらない。
▼田中希実の5000m通過タイム
距離 通過タイム 1000m毎
1000m 3分00秒4 3分00秒4
2000m 6分02秒6 3分02秒2
3000m 9分08秒6 3分06秒0
4000m 12分12秒6 3分04秒0
5000m 15分02秒62 2分50秒0
※非公式計時
スタート直後に先頭に出たのは深川大会と同じで1000m通過は良かったが、特に2000mから3000mまでが3分06秒とペースダウンした。
「今日も自分の感覚に任せて、具体的な通過タイムのプランなどは考えていませんでしたが、3000mまでをもう少し速く走りたかったですね。課題が見えました。連戦による体的な疲労はなく、日本記録を出したことで精神的に自分を追い込んでいるところがありました」
それでも4000mまでを3分4秒とペースを上げ、最後の1000mは2分50秒のスパートを見せた。
深川大会3000mの2分48秒4ほど速くはないが「5000mでは一番速く上がることができた。スピードがついたことの成果は出せたかな」と、本人も認めている。
ラスト1周は64秒2で、H・エカラレ(豊田自動織機)とJ・キプケモイ(九電工)、萩谷の3人を引き離した。
深川大会3000mの63秒2ほどではなかったが、女子長距離もここまで来たか、という印象を与えたラストスパートだった。
「1人で先頭を走り続けて15分ヒト桁の記録は成果と言えますが、あと5〜10秒速く走れたら世界でも戦っていけます」
目標は達成できなかったが、田中の目に見える世界までの距離は確実に近くなった。
●14分40秒を出すのは国際大会か?
田中は下記のように網走大会前の9日間で3レースに出場し、全て自己新記録で走っていた。田中自身は身体的な疲れはなかったと言うが、網走大会のペースを見れば、連戦の疲れがあったのも事実だろう。
7月4日・士別大会1500m:4分08秒68
7月8日・深川大会3000m:8分41秒35
7月12日・兵庫県選手権800 m:2分04秒66
7月15日・網走大会5000m:15分02秒62
陸連の河野匡長距離マラソン強化プロジェクトリーダーも、「(1000〜2000mは)1周で1秒違っていた。連戦の疲れがあったと思う」と話した。
それは田中の評価を下げるものではなかった。その状態で先頭を走り続けることは、ちょっとやそっとでできることではない。
網走大会の400 m毎は多少のばらつきがあったが、2400mまでは72〜73秒台だった。河野ディレクターは「72秒で引っ張れたら、70秒くらいで付く走りができる」と推測する。
ペースメーカーが引っ張るレースなら、記録を大幅に上げることができる。国際大会でも安定したハイペースになれば同じだが、国際大会でペース変動が激しくなると、日本選手は苦手としてきた。
だが田中は「引っ張ってもらって、(その結果イーブンペースに乗って)記録を出してもうれしくないんです」と、深川大会の翌日の取材で言い切った。
河野ディレクターも「(レース展開など条件に恵まれれば)14分40秒を切るくらいまで行くでしょう。絶対に行く」と、田中の強さに太鼓判を押す。
今後、田中が日本記録を更新するとしたら、国内の大会を1人で引っ張って出すことも十分可能だが、昨年の世界陸上で15分00秒01の日本歴代2位を出したときがそうだったように、国際大会で速いペースになったときに可能性が高くなりそうだ。
●五輪標準記録は「また切ればいい」と萩谷
女子5000mでは20歳の田中だけでなく、19歳の萩谷楓(エディオン)の走りにも驚かされた。
15分05秒78と自己記録を22秒35も更新し、日本歴代6位にいきなり顔を出した。深川大会3000mで8分48秒12を出していたので注目はしていたが、東京五輪標準記録の15分10秒00を上回るところまでは予想していなかった。
ところが萩谷本人は電話取材に対し、「悔しさの方が大きい」と即答した。
「田中さんに“また勝てない”と感じてしまっていた自分が、本当に悔しいです。前に出ようと思えば出られた場面もあったのに、思い切って出られませんでした」
これは選手同士が感じてしまう“格”の部分だろう。
田中は18年のU20世界陸上3000mで、アフリカ勢を抑えて金メダルを取った選手。昨年の世界陸上ドーハ大会でも決勝に進んだ(14位)。それに対して萩谷は、高校3年時の日中韓ジュニア交流競技会1500mで優勝(4分20秒82)しているが、国際大会の実績が乏しい。
格上選手に勝つメンタルを持つのは一朝一夕では難しいが、結果的に強くなった選手はそこを壁にはしない。萩谷も今回14分台を目標にしていたし、田中の状態次第では勝機もあると思って走っていた。
実際2人のタイム差は深川大会3000mの6秒77から、網走大会5000mでは3秒16と小さくなった。
萩谷は自身の成長ではなく、田中の状態が深川大会ほど良くなかった結果だと冷静に見ているが、今季の萩谷が大きく成長しているのは誰が見ても明らかだ。
自身の成長理由を「8割、9割の練習を、以前よりゆとりを持ってできるようになったこと」と自身は感じている。沢柳厚志監督によれば「去年とは練習を変えている」という。
入社1年目の19年は、高校時代に全国大会で入賞した1500mと3000mを目標に練習に取り組んだ。1500mで日本選手権3位と全日本実業団陸上3位、そして国体で優勝。予想を上回る結果も残した。駅伝ではプリンセス駅伝1区区間賞、クイーンズ駅伝1区区間4位と、これも期待以上だったかもしれない。
そして今季は5000mを想定して練習の距離も増やしたが、「タイム設定を落としてゆとりを持たせ、最後は自分の感覚で切り換え、上げて行く練習」(沢柳監督)を行ってきた。
網走のレースでは田中に気後れしてしまった部分もあったが、萩谷は世界で戦うことなど、しっかりと上のレベルを見据えている。
五輪標準記録の適用期間外だったことの感想を質問すると、次のような言葉が返ってきた。
「そこはまた切ればいいことなので、特には気にしていません。今回もすごく調子が良かったから15分10秒を切れたわけではないですし、継続して練習していけばまた切れます。14分台も出せると思います」
田中に目を奪われがちだが、日本の女子長距離界に新たなヒロイン候補が誕生していた。
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