寺田的コラム
ゴールデングランプリ陸上&新国立競技場の主役たち② 桐生祥秀
2020.08.13 / TEXT by 寺田辰朗

写真提供:フォート・キシモト
“9秒台決戦”へ、桐生がシーズン初戦で10秒04の好記録
爆発力が特徴の9秒台先駆者に安定感も
8月23日に新国立競技場で開催されるセイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)。世間的にも注目度が高いのが男子100 mの戦いだ。
昨年9秒97の日本新を出したサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)こそ出場しないが、2017年に日本人初の9秒台となる9秒98をマークした桐生祥秀(日本生命)、昨年9秒98の日本歴代2位タイを出した小池祐貴(住友電工)、10秒00の日本歴代4位で2回走っている山縣亮太(セイコー)、今季復調の兆しを見せる16年日本選手権優勝者のケンブリッジ飛鳥(Nike。自己記録10秒08)、そして17年世界陸上準決勝に進出した多田修平(住友電工。自己記録10秒07)と、日本選手権に匹敵するメンバーが揃った。
例年と違って日本選手だけのレースとなるが、2人以上が9秒台を出す激戦も予想されている。

写真提供:フォート・キシモト
●19回目の10秒10未満だった北麓スプリント
GGPでは成長した桐生が見られそうだ。今季初戦となった北麓スプリント(8月1日)の走りが、それを予感させた。
出場の狙いを「やってきた練習を確かめる意味で出場しました。特にグラウンドが使えるようになった6月下旬以降に、スタートから中盤をやってきたところです」と話した桐生。予選は10秒12(+1.1)で2位のウォルシュ・ジュリアン(富士通)に0.18秒差、決勝は10秒04(+1.4)でやはりウォルシュに0.30秒差をつけた。タイム差以上に危なげのない走りに見えた。
桐生自身も「(決勝は)スタートから中盤が良かったですし、最後も走りがバラバラになりませんでした」と一定の評価を自身に与えていた。
だが「自己ベストを出す気で走りました。10秒0台は何回も出しているから求めていません」と、タイムには不満を示した。
桐生の10秒10未満の回数は下記のように、今回で19回目である。
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■桐生の10秒10未満全レース
記録(風) 年月日(年齢) 大会
10.01(+0.9) 2013/4/29 (17歳) 織田記念
10.05(+1.6) 2014/5/17 (18歳) 関東インカレ
10.09(+0.3) 2015/10/18(19歳) 布勢スプリント
10.09(-0.5) 2016/6/5 (20歳) 布勢スプリント
10.01(+1.8) 2016/6/11 (〃歳) 日本学生個人選手権
10.08(+1.1) 2016/9/3 (〃歳) 日本インカレ
10.04(+1.4) 2017/3/11 (21歳) サマーアスレティクス
10.08(-0.5) 2017/4/23 (〃歳) 出雲陸上
10.04(-0.3) 2017/4/29 (〃歳) 織田記念
10.05(+0.6) 2017/7/23 (〃歳) トワイライトゲームス
9.98(+1.8) 2017/9/9 (〃歳) 日本インカレ
10.08(+2.0) 2019/3/23 (23歳) クイーンズランドC
10.01(+1.7) 2019/5/19 (〃歳) ゴールデングランプリ
10.04(+1.3) 2019/6/2 (〃歳) 布勢スプリント
10.05(+0.1) 2019/6/2 (〃歳) 布勢スプリント
10.05(+0.9) 2019/8/17 (〃歳) 9.98 Cup, Fukui
10.04(+1.0) 2019/8/25 (〃歳) Meeting Madrid 2019
10.08(+1.6) 2019/8/25 (〃歳) Meeting Madrid 2019
10.04(+1.4) 2020/8/1 (24歳) 北麓スプリント
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19回は日本選手最多回数で、山縣の12回、サニブラウンの10回を大きく引き離している。そこを質問すれば「回数を競っているわけではないので」と一笑に付されそうだが、客観的には評価できる部分だ。
●コーチの評価が高かった理由は?
記録も出るに越したことはないが、桐生の目的は冬期練習でやってきたことの確認が一番だった。
「試合を1回走って課題も見つかりました。スタートは8〜9割イメージ通りにできましたが、中間からはもっとスピードに乗れる部分がある。ここからトップスピードを上げていきたい」
指導する東洋大の土江寛裕コーチの評価は桐生よりも高く、「本人は半年間、トレーニングを積んできたことを爆発させたかったのでしょうが、走りのテクニックは満点に近い」とコメントした。
トップ選手たちは必ず、課題を持って冬期練習を行う。前シーズンの反省を踏まえ、来たるシーズンで目指す走りをするためだ。桐生は昨シーズン「スタートで腰が高い位置にあったこと」が改善点だと分析した。そのため特に世界陸上では、スタートから数歩はよくても中盤への加速につながらなかった。
土江コーチは次のように説明する。
「セットで体を止めるときの腰の高さを下げて、若干前に出しました。瞬間的に大きい力を出せるポジションです」
それをするためには、筋力的なところも必要になる。桐生は腰回りの筋力を鍛え、結果的に体重も増えた。豪州合宿に出発した2月20日にも「この冬の課題は筋力アップです。体重を少し上げて、その中でもキレをなくさないようにしたい」と話している。
土江コーチは「筋力を伴ってこそ、テクニックを変えられる」と北麓のレース後に強調した。北麓では、冬期練習の方向性が間違っていなかったことを確認できたのだ。
桐生は8月10日には200 mに出場して20秒51(+1.4)と、自己3番目のタイムを出した。ここでも余裕を感じさせるリラックスした走りで、ゴールデングランプリへの調整は順調のようだ。
期待したいのは小池、山縣らと9秒台の争いをすること。過去3人が9秒台を出しているが、同一レースで複数の日本人選手が9秒台で走ったことはない。そのレースに勝てば、9秒台同士の争いに初めて勝った日本選手の称号も得ることになる。
●“爆発力”ではなく安定感を示す9秒台に
これまでの桐生の特徴として“爆発力”があった。高校3年で10秒01を出したときも、大学2年時の3月に追い風参考で9秒87(+3.3)を出したときも、そして大学4年時の9秒98も、予兆となる試合がなかった。すごい記録を突然出し、潜在能力の高さを示してきた。
しかしゴールデングランプリで9秒台を出せば、北麓スプリントの10秒04のタイムから期待されての9秒台ということになる。走りの内容的にも技術的な課題をクリアし、どうすれば記録を出せるかを把握した状態で、出すべくして出した9秒台。それは“爆発力”ではなく、安定した力を証明する9秒台になる。
仮に20回目の10秒0台になったとしても、スプリンターとしての成熟ぶりは示すことになる。五輪や世界陸上の準決勝で10秒0台前半を出すことができれば、決勝進出の可能性はある。安定感の上に、以前からの特徴である爆発力を発揮できるようになれば、ファイナルの常連になることも夢ではない。
東京五輪会場の新国立競技場で走ることについては、次のように話している。
「実は旧国立の思い出はあまりないんです。新国立では、これから先の思い出となるような結果を残したいですね。そこでライバルたちと勝負ができたら単純にうれしいですし、良い勝負をして、スタンドは無観客でもテレビで見てくれている人を盛り上げたい。今シーズンはあと何本、試合を走ることができるのかもわかりません。1本1本に集中して走る先に東京五輪がある」
一回り大きくなった桐生が新国立競技場で、戦後五輪初の100 m決勝進出に向けて走り出す。
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