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寺田的コラム

ゴールデングランプリ陸上&新国立競技場の主役たち① 田中希実

2020.08.12 / TEXT by 寺田辰朗

今季3000mで日本新を出した田中が
1500mで小林祐梨子の持つ日本記録に挑戦

 セイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)が8月23日に開催される。東京五輪のために建て直された新国立競技場初の陸上競技大会であり、新型コロナ感染拡大のため中断されていた陸上競技の、再開後初のビッグゲームとなる。

 海外からの外国人選手が参加しないことも、無観客で行われないことも、大会史上初めてになる。また、高校生が各種目で1〜2名参加する「ドリームレーン」も実施される。

 新たな意味を持つ今年のGGPで、主役となりそうな選手たちを紹介していく。

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●小野市の先輩の持つ記録更新に意欲

 日本新が有力視されているのが女子1500mだ。田中希実(豊田自動織機TC)は7月4日のホクレンDistance Challenge士別大会で、4分08秒68の日本歴代2位をマーク。小林祐梨子が2006年に出した4分07秒87の日本記録に0.81秒と迫った。

「4分10秒切りは狙えると思っていましたが、日本記録までは考えていませんでした。もうひと押しが欲しかったですね。あと1秒でしたから」

 4日後のホクレン深川大会3000mでは8分41秒35の日本新で優勝。五輪4大会連続出場(5000m、10000m、マラソン)の福士加代子(ワコール)が持っていた日本記録を更新した。7月12日の兵庫県選手権800 mでは2分04秒66の兵庫県新で走り、3試合&3種目連続自己新を達成している。

 15日のホクレン網走大会5000mも15分02秒62で優勝した。昨年の世界陸上ドーハで出した自己記録(15分00秒01=日本歴代2位)更新はできなかったが、現在4種目の今季日本最高を持つ。福士の5000m日本記録(14分53秒22)も視野に入ってきた。

 その田中がGGPでは1500mの日本記録更新を目指して走るが、日本記録保持者の小林と田中は、ともに兵庫県小野市出身。女子1500mは日本歴代1・2位選手が、人口5万人弱の同じ市の出身という珍しいケースとなっている。小林の引退レースは15年の兵庫県郡市対抗駅伝で、2人は小野市チームで一緒に走った(掲載した3人の写真はその大会で撮影。ツーショットは田中が3000m日本新を出した数日後=写真提供・小林祐梨子さん)。

「小林さんは近くにいることを感じられる方なんです。よくお目にかかって、おしゃべりもします。小林さんからは、『いつかは私の記録を抜いて欲しい』と言われていましたし、私もいつか続きたいと思っていました」

 そのときが、いよいよ近づいている。

 引退後は地元テレビ局のスポーツ番組にも出演している小林さんは、「8月23日、この日ですよ。覚えてくださいね。私の肩書がついになくなる日ですから(笑)」と視聴者に向かってアピールした。

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●GGPではラスト700mにこだわり

 小林の日本記録と田中の歴代2位記録の400 m毎の通過タイム、スプリットタイムは以下の通り。3周目までの各周回は小林がコンマ数秒速く、最後の300 mは田中が1.4秒速かった。
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▼日本歴代1・2位通過タイム比較
    小林(2006年) 田中(2020年)
400 m 1:05.9(65秒9) 1:06.5(66秒5)
800 m 2:12.7(66秒8) 2:14.1(67秒6)
1200m 3:18.8(66秒1) 3:20.9(66秒8)
1500m 4:07.87(49秒1)4:08.68(47秒7)
※どちらのレースもフィニッシュ以外は非公式計時
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 田中の父でもある田中健智コーチは、記録更新へのペース設定を次のように考えている。

「1周目を65〜66秒で入って、2周目は休めるペースに落とす予定です。そして800 mを通過してギアチェンジをする。できれば2段階のスパートをしたいですね。今回はラスト700mにこだわろうと希実と話しています」

 仮に1周目が65秒5で、2周目を68秒0と2秒5落として余裕を持ったとすると、800 m通過は2分13秒5になる。残り700mを士別大会より0.3秒速く走れば日本記録を更新できる。

 田中自身は感覚に任せて走る。1周目はこのくらいの力の入れ方で、2周目はこのくらい、というイメージの仕方だ。結果的にそれが65秒とか、ラスト1000mが2分50秒という数字になって表れ、自身の感覚と照合させる。

 今季の連戦とホクレン以後の練習で、今の田中が1周目、2周目、そして残り700mと力の入れ方と抜き方をイメージすれば、前述のタイムで通過していける手応えがあるということだろう。

「先日の練習で、1000m4本を200 mジョグでつなぐインターバル走をやった後に、400 mを自己新で走りました。スピードを生かしつつ、スタミナで押して行く力がさらについています」

 今の田中なら残り700mを、士別大会より0.3秒どころか、1秒以上速く走ることもできるのではないか。

●独走でも記録を更新できる田中の強さ

 今年のGGPに外国選手は来日しないが、国内チームに在籍する外国人選手は出場する。H・エカラレ(豊田自動織機)が4分07秒06と、日本記録を上回る自己記録を持つが、ホクレン3試合(士別1500m、深川3000m、網走5000m)では田中の前を走ることができなかった。

 エカラレや卜部蘭(積水化学)の調子が格段に上がっていない限り、田中がトップを走り自分でペースを作ることになる。田中コーチが想定しているペースは、それも前提にして考えたものだ。

 小林の日本記録はGGPの前身のスーパー陸上で出した記録で、当時、小林を指導していた長谷川重夫氏(現豊田自動織機監督)によれば、ペースメーカーもいたし、最後まで外国選手と競り合う中で出したタイムである。田中も5000mの自己記録は、昨年の世界陸上で外国勢と競り合う中で出している。

 長谷川監督は士別大会の田中が、自分でペースを作った点を高く評価している。「日本記録更新は時間の問題かな、という気がします。海外の試合でレースの流れに乗れば間違いないでしょう」と話していた。

 だが田中はホクレンと同様、GGPでも自分でペースを作って日本新記録に挑もうとしている。無観客で行われるためスタンドからの声援もない。日本新は今の田中でも決して簡単なことではなく、難易度が高いことへのチャレンジになる。

 ホクレンの連戦の最中に田中が兵庫県選手権に出たのは、800 mの日本選手権出場資格を得るためだが、「無観客でも地元の人たちが見てくれている、と感じられるから」でもあった。田中は自身の走りを「見てもらう」ことで、モチベーションを高められると話したことがある。

 GGPも無観客で行われるが、田中が感じるテレビやネット中継の先にあるファンの視線が、日本新への挑戦を後押しする。

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