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寺田的コラム

ゴールデングランプリ陸上&新国立競技場の主役たち⑪
ウォルシュ・ジュリアン

2020.08.22 / TEXT by 寺田辰朗

ウォルシュがトラック種目最古の日本記録に挑戦
国立競技場日本人最高記録が期待できる種目は?

 五輪実施のトラック種目で最も古い日本記録が、男子400mで高野進が1991年にマークした44秒78だ。その記録にウォルシュ・ジュリアン(富士通)が、8月23日に新国立競技場で開催されるセイコーゴールデングランプリ陸上2020東京(GGP)で挑む。
ウォルシュは昨年8月の45秒35の自己タイを皮切りに、45秒21、45秒14、45秒13と自己新を4連発。特に最後の2つは、世界陸上ドーハ大会の予選と準決勝だった点が高く評価された。
今季初戦の北麓スプリント(8月1日)では、100mで10秒30と自己記録を大幅に更新。「GGPで400mの日本記録をしっかり更新したい」と、意欲を見せている。

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写真提供:フォート・キシモト

●米国合宿の成果もあり100mで大幅自己新

 100mの自己記録は、東洋大2年時の2016年に出した10秒53だった。ウォルシュはその年400mでも45秒35と前年までの自己記録を0.57秒更新し、リオ五輪代表に食い込んだ。

 北麓スプリントの10秒30(+1.1)は予選で出したが、走りの内容としては不満が残った。それに対して決勝は、10秒34(+1.4)とタイムを落としたが、「出だしでこけた」(ウォルシュ)ためで、走りの内容は決勝の方が良かったという。
「予選は力が入ってしまってガチガチでした。力で押し切って出したタイムです。決勝はそこを修正して、単純に力まない走りができました」

 力まずに出したトップスピード。それが本職の400mにどうつながるのか。
「これまでは単純にスピードが足りなかったんです。それが上がってきたことで、400mの前半に生かすことができます。200mを同じくらいのタイムで通過しても、力を入れないでも行ける。その分、後半の落ち方を小さくできます。次に400mを走るのが楽しみですね」

 このスピードを獲得できたのは、米国で行った冬期練習の成果もあった。
ウォルシュ、佐藤拳太郎(富士通)、田村朋也(住友電工)、若林康太(駿河台大→HULFT)の4×400mリレー代表経験者4人が、南カリフォルニア大を拠点に昨年11月、12月、今年2月に各3週間、合計9週間のトレーニングを積んだ。

 43秒45の世界歴代4位タイを持つマイケル・ノーマン(米国)や、400mハードルで46秒98の世界歴代4位を持つレイ・ベンジャミン(米国)らと、11月と12月はかなりハードな練習を、2月は個々に合わせた練習を行ったという。
「速い選手と走ることで感覚が研ぎ澄まされます。ウエイトトレーニングは力を出す方向をしっかりと学べました。日本にもそのやり方を持ち帰って、継続して行っています」

 土江寛裕五輪強化コーチも、「400m寄りの比較的ゆっくりした動きから、(ショート)スプリンターに近い動きに変わってきました」と、ウォルシュの変化を評価している。

●日本記録保持者の高野と重なる部分も

 ウォルシュはかなり早い段階から、高野を超えるべき存在と認識していたはずだ。

 大学2年で45秒35を出したときは、在学中に44秒台も出せると思われていた。だが大学3〜4年と45秒台前半が出せなくなり、簡単には超えられないと感じた可能性もある。

 しかし昨年後半、45秒35〜45秒13のタイムを4レース連続で出し、44秒台が目前に迫ってきた。世界陸上ドーハの予選・準決勝と自己新を連発したが、高野も86年アジア大会(45秒00)や88年ソウル五輪(44秒90)など、国際大会で自己新を出せる選手だった。

 高野はソウル五輪の準決勝で44秒90を出しながら決勝に進めず、スピードの再強化に取り組んだ。89年は100mを、90年は200mを中心に試合に出場した。その間に100mは10秒41(+1.6)を出している。

 レースパターンもそれまでのイーブン型から前半型に変え、前半から飛ばす世界の流れに対抗できるようにした。そして91年に44秒78と日本記録を更新。その年の世界陸上東京大会7位、翌92年のバルセロナ五輪8位と2年連続ファイナリスト(五輪&世界陸上決勝進出)を達成した。

 ウォルシュはシーズン全体をスピード強化に充てたわけではないが、世界陸上の準決勝で世界トップクラスとの差を見せつけられ、スピードの再強化に取り組んだ。そして100mの自己記録を10秒30に伸ばした。

 ウォルシュの45秒5未満のレース数は6回で、高野の15回に比べれば少ない。データ的にまだ及ばない部分もあるが、“時代の違い”がウォルシュの記録を上昇させる気がする。

 高野は46秒64だった日本記録を1人で、44秒78まで引き上げた。今の時代に真似できることではないが、そこに大きなエネルギーを使ったのも事実だろう。初の45秒台前半は24歳、初の44秒台は27歳、44秒78は30歳のシーズンだった。それに対してウォルシュは、45秒台前半を20歳のシーズンに出している。

 世界を見ても、高野の時代もトップは43秒台だったが、決勝進出ラインを昨年の世界陸上と比べると、0.3秒くらいは上がっている。ウォルシュは44秒台中盤を出して当たり前、くらいに考えているはずだ。

 ウォルシュの日本記録狙いに対し、まずは44秒台を出してからの方がいいのでは、という意見もある。だが“時代の違い”を考えたら一気に破っても不思議はない。世界を目指すにはそのくらいのレベルアップが必要だ。

 高野が91年の日本選手権で44秒78日本記録を出したとき、200m通過は21秒3(非公式。以下同)だった。そのタイムをウォルシュが知っていたのかどうかはわからないが、GGPの200m通過を質問されると、「21秒2とか」と答えている。

 場所は91年日本選手権も今年のGGPも、国立競技場である。

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写真提供:フォート・キシモト

●何種目で旧国立競技場の記録を上回るか?

 国立競技場(日本人)最高記録を表にまとめたので参照してほしい。
記録の表記の仕方であるが、陸連が公認している種目は日本記録だが、公認していない種目は日本最高記録とするのが慣例だ。掲載した表の記録は筆者が個人的に調べたもので、公的機関が認めているわけではないので最高記録としている。

 今回の目玉種目である男子100mと110mハードル、女子1500mなどは今のレベルが高いので、風や雨など天候が邪魔をしない限り国立競技場日本人最高記録更新は間違いないだろう。
昨年3人が8m20以上を跳んでいる男子走幅跳、4人が3分37〜38秒台で走った男子1500mも期待できる。

 女子やり投は66m00の日本記録を持つ北口榛花(JAL)が、助走を大きく変更している最中で、「希望として60mは投げたいのですが…」と記録よりも技術に集中する。

 だが昨年62m88の佐藤友佳(ニコニコのり)、62m37の国外日本人最高記録を持つ斉藤真理菜(スズキAC)と、この種目も人材は多い。60m79は上回るだろう。

 48秒68の自己記録更新を目標としている男子400mハードルの安部孝駿(ヤマダ電機)や、女子400mで今季52秒38の日本歴代2位を出したばかりの青山聖佳(大阪成蹊AC)の2人には、48秒34と51秒93の国立競技場日本人最高記録は絶好のターゲットになる。

 男女の800mは日本記録が国立競技場最高記録。簡単ではないが、挑戦して欲しいタイムである。

 新国立競技場の陸上競技第1戦のGGPで、旧国立競技場の記録を何種目で上回るのか。そこに注目する観戦法も面白いと思う。

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