祭りのあと
闇に沈む家々の軒先に吊るされた祭提灯。見やれば、ぼうとした橙色の灯りがぽつりぽつりとあちらへ続いています。遠去かる下駄の音。誰でしょう。白い項が浮いています。提灯の灯のようなゆらぎがどこかで生じ、原始宇宙を生んだ爆発並の力が仁先生の身に働きました。先生はどうして此処へ来てしまったのだろうと困惑しますが、吹く風になぜ提灯を揺らすのかと問う事はできません。ならばただ歩むしかないと、つまずきながら進むその姿に手を差し伸べる江戸の人々。しかし、闇の先に見えた朧な姿を捉え、凛としたそのひとを抱きしめた矢先、先生は彼方に消えてしまいました。無情にも現代に戻った時、平行世界の罠にはまった事を認めるしかないのでしょうか。いいえ、不可視の力は強大ですが、万華鏡の如く千変万化しても唯一無二の龍馬さん、咲さん、野風さん達、そして仁先生であると私は信じます。他は無い同一時間軸上の出来事なのだと。不遜にもドラマの設定に反旗を翻す程、結末に衝撃をうけました。傍観者である筈の自分まで咲さんと共に取り残されてしまったのです。仁先生の帰還の為の準備は加速度的に整えられて行きました。美しく整合性のある結末は、自分がもし作家でありましたらやはり選んだ展開でしょう。しかし撮影終了後の晴れやかな笑顔の役者さん達のお顔を拝見しますと否応なく、己は観る事しかできない者なのだと思い知らされました。仁先生の再生の物語を…。おいてけぼりを食らって、ああ咲さんと共に生きる仁先生を見たかったと泣いて痛む胸を押さえ、これをどう解消すれば良いのかわからぬまま時が過ぎてゆきます。このまま己の内に深く静かに沈潜していくのを待つしかないのでしょう。サイトの担当者様、この様な駄文に対応して下さり今まで本当にありがとうございました。
時をかけるおばさん/女性 (52) 2011.6.30 (Thu) 13:29