上田晋也のニッポンの過去問

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【第40回】「第五福竜丸の数奇な運命」1954年(2月24日放送)

「上田晋也のニッポンの過去問」第40回目は、乗員も、船本体も、数奇な運命をたどった「第五福竜丸被曝事件」でした。
 米ソ対立の中、1954年にビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験。その「死の灰」をかぶったのが、遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」でした。乗員23人は全員被曝、ですが水爆実験は軍事機密だったため、深夜の閃光、巨大な轟音にも、何が起きたのか分からなかったといいます。
 しかし、帰国後の船員たちには、当時「原爆病」と呼ばれた症状が次々に出、半年後には久保山愛吉無線長(当時40歳)が死亡します。久保山無線長は「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」と言い残しました。この事実が、この後の反核運動のきっかけとなりました。
 ただ、当時のことです。被曝した船員たちは「放射能がうつる」などと謂われのない差別を受け、乗船の事実をひた隠しにするような生活を送りました。
 また、第五福竜丸自体も、水産大学の実験船になった後、廃船となり、夢の島のゴミ捨て場に放置されるという運命をたどります。
 しかし、すべてが忘れ去られようとしている中「第五福竜丸を忘れるな」と、夢の島公園の中に「第五福竜丸展示館」が作られました。また、乗組員たちも自らの口で体験を話すようになりました。
 今回は、数少ない生き証人、大石又七・元乗組員(82)をスタジオにお招きして、貴重なお話を伺いました。

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