上田晋也のニッポンの過去問

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【第32回】1971年「東京ゴミ戦争」(12月16日放送)

高度経済成長期の終わり・・・東京ではゴミの量が爆発的に増加しました。
しかし焼却場の処理能力が追いつかず生ゴミなど本来なら焼却処理が必要なゴミのおよそ7割がそのまま埋め立て地に捨てられていたのです。
この23区のゴミのおよそ7割を引き受けていたのが江東区でした。
江東区では毎日5000台ものゴミ収集車が走り、悪臭やハエの大量発生、ゴミ火災などが社会問題となっていました。
その一方で他の区でのゴミ処理施設の建設は反対運動で一向に進みませんでした。
そこで江東区議会は他の22区と東京都に対して「自区内で処分場を持つという原則に賛成か?」という公開質問状を送付、返答次第ではゴミの受け入れを拒否する「ゴミ持ち込み反対決議」を行いました。
この決議を受け翌日の都議会で当時の美濃部知事が「東京ゴミ戦争」を宣言。都内各区でゴミの焼却処分をする清掃工場の建設を進めていくことを約束するのです。
ところが、1972年12月、杉並区でゴミ集積場の設置工事を住民が阻止するという騒動が起きたのです。
これに怒った江東区は区長自らが先頭に立ち道路を封鎖、杉並区のゴミの搬入を止めました。
杉並区では収集されないゴミが道にあふれるという事態に・・・
しかし、杉並区ではゴミ焼却場反対運動が根強くついには東京都清掃局がゴミ収集をボイコットするという事態まで起きてしまいました。
1982年ようやく杉並区に杉並清掃工場が稼動し、ゴミ戦争からおよそ10年を経て杉並区は自前でゴミを焼却処分できるようになったのでした。

こちらは新江東清掃工場の中央制御室
24時間体制で清掃工場のすべてを監視しています。
現在こうした清掃工場は改装中のものも含め東京23区に21か所あるんです。

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