土曜の夜と、たけしと僕

第43回 2014年3月5日

「全て殿。旅の思い出 その⑤」

2008年の7月、映画「アキレスと亀」がベネチア映画祭の正式コンペに
ノミネートされ、8月の末にはベネチアへ旅立つことが決まっていた殿は、
映画に参加していた僕達に
「お前らも俺の映画に出てるんだから、ベネチア映画祭に来るか?」といった、夢のようなお誘いをして下さったのです。

その言葉を鵜呑みにして、後先考えることなくとりあえずイタリアはベネチア行きのチケットを押さえ、後は現地での宿をどうするか?といった、
かなり大事な問題を思案していると、見かねた殿から
「お前らあれだよ、泊まる所はよ、俺の部屋がどうせスィートで広いから、
そこで雑魚寝するか?」といった、願ったりかなったりの打診をうけ、
すっかりその気で、ただただ8月末の、ベネチア行きの日を待つこととなったのです。

旅の面子は、映画に参加した柳優令、お宮の松、近藤夢、そして僕の4人でした。
で、
2008年8月26日、格安でのドバイ経由ベネチア行きにて、殿より半日早く日本を飛び立ちイタリアを目指した僕達は、ドバイでのトランジット8時間待ちを経て、なんとか無事、恐ろしいくらい快晴の夏のベネチアへと降り立ったのです。

ベネチアの空港には、北野映画の大ファンであり、日本語もペラペラで、
過去に何度もベネチア映画祭に遊びにきている、去年まで日本の僕の家に居候していたイタリア人のグレックが迎えにきてくれていため、そこから先の、現地でのコーディネートは、なんら問題もなく、すいすいと空港から
水上タクシーに乗り継ぐと、映画祭が行われるリド島へと向かったのです。

この時点で、殿はまだベネチアへは到着しておらず、僕達より2時間程
遅れての到着といった予定になっていました。

映画祭が開催されるリド島まで、約40分ほど水上タクシーに揺られると、
気分はもう「遂にきたぜ!水の都ベニスへ!!」と、高まるばかりで、
小さな島リド島に上陸して、殿の泊まるホテル前に到着すると、
そこにはすでに映画祭を目的とした各国から集ったマスコミと観光客がごったがえしており、さらに、小さな島はいたるところに映画のポスターが張ってあって、当然「アキレスと亀」のポスターをそこかしこに目にすると、僕のワクワクのボルテージは、過去に経験したことないほど勝手に高まっていったのです。
で、意外と牧歌的なリゾート地、リド島には、大きなホテルは一つしかなく、そこに映画祭に招待されたスターや監督が全て泊まるため、殿もそのホテルを宿とすることが決まっており、殿はこのホテルで僕達を雑魚寝させる気だったようです。
ベネチア映画祭に参加される全てのスターが泊まるとあって、そのホテルはセキュリティーが素人から見てもはんぱなく厳しく、完全に映画祭の関係者を証明するパスがなければ入ることが難しいのは誰の目から見てもあきらかであり、「殿はここに俺達を泊めるつもりらしいが、はたして大丈夫なのだろうか?」といった当然の疑問が、すぐ頭をよぎったのです。

で、
このホテルには、船から直接ホテルへ入ることの出来る専用の船着場が
完備されていて、僕達が昼過ぎにこのホテル前へ着くと、その時間はまさに、続々と映画祭のために到着したばかりのスターや監督たちが船で現われては、ホテルへと入ってく真っ只中であり、僕達もイタリアへ着いたばかりの旅の疲れと重い荷物をゴロゴロと引っ張りながら、現地の空気に舞い上がり、パパラッチ達にまじり、船着場の近くで東洋から来た田舎者代表として、とりあえず誰でもいいからスターを待ちわびたのです。

すると、待つこととものの5分、まずやってきたのがプラッド・ピットでした。
生のブラピを見ていたく興奮してしまった僕は「ヘイ、ブラット、ファイトクラブ、ミートゥー、ファイトクラブ、ミートゥー」と
恐ろしく偏差値の低い、さっぱり意味のわからない英語を気がつけば連呼していて、ブラピが去るとすぐ、声に出してしっかりと「まー、旅の恥はかき捨てだもね」と、独り言を吐いたのです。

で、お次はジョージ・クルーニーが普通にやってくるといった感じで、本当に続々とスターが現われては、こちらに手を振りホテルへと入っていったのです。

写真

写真は、殿やブラビが泊まってた、沢山のひとだかりのホテル前。


そんなこんなで、2時間程船着場前でぶらぶらとしていると、
あきらかに、ブラピやジョージ・クルーニーの時よりも、ひときわ大きな
歓声があがり、よくその歓声を聞いてみると、現地の映画ファンがみな口々に「タケシ、キタノ。タケシ、キタノ」と連呼ではありませか。
慌てて船着場に目をやると、そこには殿と森社長、そして北野映画のスタッフの方々を乗せた水上タクシーが今まさに船着場に到着し、
まばゆいばかりのフラッシュをいっぱい浴びながら、殿はにこやかに
こちらに手降ると、ホテルへと消えていったのです。

写真

写真は、その船着場

弟子の口から言うのもあれですが、この時の殿の人気は本当に尋常でなく、
どのハリウッドスターよりも、はっきりと歓声の高さがひときわ高く、
あきらかに、その日やってきたスターの中でも、圧倒的に殿が一番でした。

以前、グレックが、
「タケシキタノの人気は凄いよ、ベネチアでは本当に凄いよ」といっていた意味がよーく分かると同時に、ベネチア映画祭では「HANABI」でグランプリの金獅子賞を、そして「座頭市」では準グランプリの銀獅子賞を受賞している監督です。そりゃー誰よりも人気があるのも当然だわな。と、勝手に納得したのです。

殿が現地のパパラッチ達のフラッシュの嵐に包まれながらホテルへ入っていくと、すぐにマネージャーから
「チエックインを済ませたら、ホテル前へ降りてくから、ちょっと待ってて」といった連絡を受け、とりあえずは所在なく
ホテル前でマネージャーを待っていると、降りてきたマネージャーより、
「セキュリティーが厳しくて、パスがないとホテルに入れないのよ。
今年は例年よりスターが多くて凄い厳しいんだって。だから殿から伝言で、どっか適当に泊まるとこみつけて頑張れだって。それと夜はみんなで食事するから、それまで適当に時間潰してくれって・・・」
と、なんとなく薄々は想像していた、やっぱりな展開が待っていたのです。

時刻は現地時間で昼の3時過ぎ、とりあえず夜の食事会はいいとして、泊まるとこどうするかといった大きな悩みをまずはグレックに相談すると、
映画祭期間は島のホテルはどこも料金がバカ高く、それに予約でほぼ埋まっているため、どちらにしても大変厳しいと状況であると聞かされ、抜けるような青空と、アドリア海の潮風が心地のよい夏のイタリアで、僕たち4人は、
さっそく途方に暮れたのでした・・・。
つづく。

写真

写真は、その夜の食事会での殿

2014.3.5   アル北郷

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〆さばアタル・プロフィール

生年月日:1968年11月4日
出身地:香川県
1989年にビートたけしに弟子入り漫才師として「ダウソタウソ」「ウッチャソナソチャソ」「ダッチョ倶楽部」など師匠につけられたパチモノのコンビ名で活動。現在は「情報7daysニュースキャスター」などで自称ブレーンを務める。

アル北郷・プロフィール

生年月日:1971年8月26日
出身地:東京都
96年、ビートたけしに弟子入り。
08年、映画「アキレスと亀」にて東京スポーツ映画大賞新人賞受賞。
現在TBS系「情報7daysニュースキャスター」ブレーン。「週刊アサヒ芸能」にて「決して、声に出して読めない たけし 金言集」好評連鎖中

 

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