土曜の夜と、たけしと僕

第41回 2014年2月18日

「全て殿。旅の思い出 その❹」

今から7年程前、ある画家の生涯を描く映画の取材のため、
といった、憧れの四泊五日のNY旅行から日本へ戻った殿は、
すぐさま映画の台本作りに入ったのです。

その頃は、週に5日は殿の自宅の地下室にてタップの稽古をドカドカとやっていた時期でした。

そんなある日、いつもようにタップの稽古をドカドカと殿の横で踏み鳴らしていると、そろそろ夕食だな、といった時間に
「よう、お前オレの映画の台本手伝うか?」と、唐突に、殿から大変嬉しい申し出を提案されたのです。

で、当時殿の付き人だった、軍団の若手「近藤夢」が作る、
塩味をベースとした鳥鍋の上に、丸々一本をすりおろした、大根おろしをこれでもくらえ!とばかりに具が見えなくなる程鍋に乗せた、当時の殿のお気に入りだった、「近藤夢特性。鳥の雪鍋」をつまみに、殿はワインを、僕達はビ−ルをやりながら、すこぶる楽しい鍋タイムを満喫していると、
殿は、
「お前、パソコンできんだろ。じゃーオレが喋った内容を台本の形してくれよ」と、先ほどの
「よう。お前、オレの映画の台本手伝うか?」といった
話の続きされたのです。

殿の監督デビュー作「その男、凶暴につき」を、
映画館で二回立て続けに見たことから始まった、映画監督としての北野ショックを体現してきた僕にとって、北野映画に関れることは、それはそれは至上の喜びであり、いつか、寝たきりのよぼよぼとなり人生を振り返った晩などには、
「北野映画に関れたことが、俺の人生の喜びの3割ぐらいは占めていたのでは?」といった想像が容易に出来る出来事であり、
もちろん
「はい、お願いします」と、二つ返事でお答えすると、
「ただ初めてのことなので、分かる範囲でやらせてください」と、いつになく慎重に、‘やや不安である‘といった気持を正直に殿に伝えすると、
「まー大丈夫だろ。じゃー頼むな」と、殿はまるで、‘テンガの追加頼むな‘と
言わんばかりの気軽さで、その日の映画作成話を切り上げたのです。

そして、この日から5日ほどたったある日、
「お前今日パソコン持ってきてるか?」と、殿から‘後で映画の台本やるぞ‘といった指示がいよいよあり、
他の若手がタップの稽古をしている間、僕が殿の横でノートPCを広げると、
殿
「じゃー最初から順にいくからな」そう言うと、
それはもう一気に、北野映画第14作「アキレスと亀」のストーリーを、
事細かに語りだしたのです。

セリフもト書きも、全て落語のように一人で語る殿のスピードに、
到底メモれるわけもなく、この日のためにあらかじめ購入しておいた、
725時間録音ができるというソニーのボイスレコーダーを回し、
要所要所はパソコンでメモとるといったバックアップ体制にて、
あまりにも至近距離の殿に、
「うわーたけしの耳ってこんな感じなんだ・・」と、
ときおりバカになり、意識を翻弄されながら、
世界で一番最初に聞く北野映画の最新作を、舌鼓ならぬ、‘耳づつみ‘しながら、完全にただの一映画ファンとなって聞きまくったのです。

そして、
「まーこんなところだ!」と、殿が、‘はい終り‘といった発言をされたとき、時間にして約1時間半ほど経過しており、
後日、その物語を台本の形に起すと、もうそれはしっかりと
約2時間の映画になっており、さらには、後になってから分かるのですが、
この日殿が喋った物語は、ほとんど直ところなく、もうそのまま
「アキレスと亀」の決定稿となって、撮影がスタートしたのです。

あの日の殿は、もう完全に物語が‘おりて‘きている状態であり
「あー天才って本当にいるんだな〜」と、つくづく痛感させられたのです。

そして、殿が物語を語った日から半年程すると、映画は無事完成され、
日本での公開を待たずに、ベネチア映画祭のコンペへの参加が決まったのです。

それにともない、殿はその年の8月の終り、映画祭に参加するべく、
ベネチアのリド島へと旅立つことになり、
その話でもりあがっていたある日
「お前らも映画に出てるんだから、映画祭にくるか?」といった提案に、やはり二つ返事でうなづくと、
NYから帰国し、一年とたたないうちに今度はイタリアへと旅立つことになったのです。

旅のメンバーは「アキレスと亀」で、青年期の主役やられた柳優令さん、
そして、その青年期に出ていた、お宮の松、近藤夢、そして僕の4人。
とりあえず、飛行機のチケットは押さえ、さて、宿はどうするか?と、
タップの稽古中に思案していると。
「お前らあれだよ、泊まる所はよ、俺の部屋がどうせスイートで広いからそこで雑魚寝するか?」と、願ったりかなったりの提案を即受け入れ、
旅の準備は万端となり、アドリア海の潮風を想像しながら、ただただ浮かれ、ベネチアへ旅立つ日を待ったのでした・・・。

写真

写真は、ベネチア映画祭での正式コンペ上映後に行われた、
レセプションパーティーにて、ヨーロッパの各国から集った
青い目の北野映画ファン達に、やさしく語りかける、
かつて、芸人修行時代に浅草で落ちてるコロッケを拾って食べようとして、犬と目があった過去のある、北野武さんです。

2014.2.18   アル北郷

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〆さばアタル・プロフィール

生年月日:1968年11月4日
出身地:香川県
1989年にビートたけしに弟子入り漫才師として「ダウソタウソ」「ウッチャソナソチャソ」「ダッチョ倶楽部」など師匠につけられたパチモノのコンビ名で活動。現在は「情報7daysニュースキャスター」などで自称ブレーンを務める。

アル北郷・プロフィール

生年月日:1971年8月26日
出身地:東京都
96年、ビートたけしに弟子入り。
08年、映画「アキレスと亀」にて東京スポーツ映画大賞新人賞受賞。
現在TBS系「情報7daysニュースキャスター」ブレーン。「週刊アサヒ芸能」にて「決して、声に出して読めない たけし 金言集」好評連鎖中

 

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