土曜の夜と、たけしと僕

第37回 2014年1月21日

「全て殿。旅の思い出。その②」

クタクタになり、人生初の海外旅行のアフリカから帰国すると、
その4ヶ月後には、
殿から再度、「北郷、またちょっと行って来いよ」と、
‘川越に行って、長いふ菓子でも買って来い‘と、言わんばかりの、
まるでお使いでも頼んでいるような殿の思いつきにより、僕は、帰国して半年もたたないうちに再度、ゾマホンの故郷ベナン共和国へ旅たつことになったのです。

さすがにこの時ばかりは、自身のアフリカ運のひきの強さを少しばかり呪うと同時に、
「おれの前世はもしや、ベナンの靴磨きか?」
と、勘ぐらずにはいられませんでした。

で、
なぜにまたすぐ、遠いベナンへ行くことになったのか?説明します。

2度目のアフリカへの旅の目的は、殿がテレビの収録時に出会った、
発明家の方が作成した、自転車式の自家発電機をゾマホンがベナンに建てた、電気のない小学校、都合3校に届けるといった、大変意義と目的のあるプチボランティアな旅であり、その模様を、
‘写真とビデオでしっかりと撮ってくるように、‘
といった殿からの指示のもと、急遽決まった旅でした。

旅の面子は、ゾマホン、たけし軍団若手3名。そして自家発電機を発明された発明家の先生の総勢5名であり、僕達が出発する2ヶ月前に、船便にて自転車式自家発電機3台をベナンに送ると、再度、アフリカへ旅立ったのです。

旅のコースは、まず成田から関西空港へ。
そこで格安のフランス行きの便に乗り換え、12時間かけパリのドゴール空港に入る。
お次は空港で8時間の待ち時間をやり過ごし、前回の旅で、
「お前は日本人でなくミャンマー人だな。このパスポートは偽物だろ」と、完全な言いがかりをつけられたリビア行きの便に乗り換え、
リビアにて最後の乗り換えを済ませ、ベナンへと入国する、
片道32時間かけた、なかなかのハードなコースでした。

ちなみに、この時はまだカダフィ大佐もお元気で、
リビアのトリポリ空港には、馬鹿でかい肖像画が飾ってありました。
で、
やはり、よれよれになりベナンに入国すると、
なんとなく、薄々は「またあるだろうなー」と、思っていた、
ゾマホンがベナンに建てた、「たけし・日本語学校」の生徒、総勢30数名による、あの歓迎の宴が、深夜の駐車場にてやはり開催されたのです。

さすがに日本を旅立つ前、事前にゾマホンに
「今回はあの宴、短めで頼むよ」と、お願いしていたため、前回のように2時間以上続くといったことは回避されたのですが、それでもやはり1時間程、真っ暗な深い闇の深夜の駐車場にて、車のライトだけに照らされた、底抜けに陽気なアフリカンな踊りをたっぷりと鑑賞し、
2度目の僕は、‘その踊り、半年前に見たぜ!‘と、言わんばかりに
バカになり、見る阿呆でなく踊る阿呆になって、褐色の男達に混じり、
ステップを踏んだのです。
ベナン日本語学校の生徒さんも
「なんだ、お前はこないだ来たあのお調子者じゃないか!」といった笑顔を炸裂させ、とりあえずは再会を喜びあい、踊りあかしたのです。

2度目のベナンは、前回とほぼ同じコースをたどり、首都から北へ北へと車で
くだり、たけし小学校、江戸小学校。明治小学校と、3校にそれぞれ
自転車式の自家発電機を届けて回ったのですが、どの小学校でも、
子供らに
「あんたこないだも来てたじゃん!」といったリアクションをもらい、言葉のまったく通じない僕は、持ち前のガッツと、もって生まれた陽気さゆえ、なにをやってもベナンの子供達に大うけであり、あまりにもうけるため、
「ゆくゆくは、ベナンに本籍を移し、本格的にこっちでタレントとしてやってみるか・・。」と、その気にさせるほど、爆笑の絶えることのない旅でありました。

写真

(写真は、世界を放浪しているサッカーの中田のごとく、
サッカー経験がまったくないくせに、なぜかユニホームを着てベナン各地の
小学校を回り、旋風を巻き起こしていた、たけし軍団のアル北郷さんです)


そして、目的をはたし、無事、発電機を届け一週間ほど滞在したベナンを、
いよいよ明日旅立つとなった前日、現地の方が気を使い作っていただいたカレーをしこたま食べた僕は、多分水だと思うのですが、情けないことにしっかりと‘あたり‘経験したことのない腹痛を抱えたまま、帰路の32時間を迎えるという最悪の状況にて飛行機に飛び乗ったのです。

腹痛、そして嘔吐と下痢はまったく収まらず、飛行機の中でのたうち回った結果、機内のトイレに間に合わず、完全に漏らし、サハラ砂漠の上空で、
パンツを二度ほど履き替え、なんとかリビアへ、そしてフランスへたどり着き、ドゴール空港内のドクタールームに駆け込んだのですが、言葉の問題でいまいち症状が伝わらず、
「とりあえず日本まで我慢しろ」的な診断が下され、なすすべなく、
‘我慢は出来るが苦しいのには違いない‘といった、腹痛と下痢と嘔吐を引きづったたまま、憔悴しきって日本にたどり着き帰国し、翌日にやっと中野の総合病院へ飛びこんだのです。


要は極度の食あたりだったのですが、その後、処方された薬を飲み続けても、
丸々一週間程症状はまったく治まらず、ほぼネタきり状態のまま下痢と嘔吐に苦しみ、一歩も家から出ることなく、全ての仕事と用事をキャンセルして、
ただただ一人這いつくばり、なんとかやり過ごし、僕の二度目の海外への旅は、ようやく終りを迎えたのです。

そして、体調が完全に戻り、元来の陽気さもとり戻したある日、
今度は、‘殿とまったくのプラベートで行く、ニューヨーク5日間の旅‘
の計画が、突然、ふって沸きあがったのです・・・続く。

写真

写真は、去年の誕生日に、爆笑問題の大田さんから頂いた、
フランス産の某有名ブランド風ドカジャンに身を包む、最近真顔で、
「そろそろスマートフォンに代えるか?」と、言うほど、
らくらくフォンを使いこなしている、足立区出身の北野武さんです。

2014.1.21   アル北郷

バックナンバー

〆さばアタル・プロフィール

生年月日:1968年11月4日
出身地:香川県
1989年にビートたけしに弟子入り漫才師として「ダウソタウソ」「ウッチャソナソチャソ」「ダッチョ倶楽部」など師匠につけられたパチモノのコンビ名で活動。現在は「情報7daysニュースキャスター」などで自称ブレーンを務める。

アル北郷・プロフィール

生年月日:1971年8月26日
出身地:東京都
96年、ビートたけしに弟子入り。
08年、映画「アキレスと亀」にて東京スポーツ映画大賞新人賞受賞。
現在TBS系「情報7daysニュースキャスター」ブレーン。「週刊アサヒ芸能」にて「決して、声に出して読めない たけし 金言集」好評連鎖中

 

PAGETOP