土曜の夜と、たけしと僕

第27回 2013年11月5日

殿とタップと僕」  その9

殿とタップと僕も、勝手ながらいよいよ最終回です。
なにが“いよいよ”なのかよく分かりませんが、とにかく区切りの悪い
「その9」で終わります。

今回は、殿がいかにタップに対して真面目に取り組んでいたのか、
その辺のお話から・・・。

まず、殿はタップだけでなく、やると決めたらとことんやられる方です。

10年程前、僕が殿の付き人についていた頃、殿はとにかくゴルフにはまっていました。

あの頃殿は今はなき、芝にあるバカでかいゴルフ練習場に、
仕事が終われば、決まって球を打ちに通われていて、
とにかく雨が降ろうと槍が降ろうと、
義務のように練習場にくると、200発ほど球を黙々と打ち込む殿の姿がありました。

付き人の僕は、バカでかく、いつだって大変込みあう練習場の、
真ん中あたりの練習打席を確保するため、
ほぼ毎日、殿が練習場へくる2時間程前に出向き、‘少しでもいい位置‘での練習打席をゲットするべく、ひたすら順番を待ち、打席を確保し、殿が来るのを待ったのです。

殿が到着すると、真っ黒なドイツ産の高級車の後部座席のドアを開け
「お疲れ様です」
と挨拶をし、すぐに車の後ろへ回ると、素早くトランクを開け
ゴルフバックを取り出し、確保した打席へ殿を案内して、用意していたお茶を出す。そうすると、決まって殿から
「おい、終わったら飯行くから、ちょっと待ってろな」もしくは
「おい、待ってる間飯食っちゃえ」
のどちらかの指示があり、どちらにしても、時間にして約1時間半程、殿が練習を終わるのを、ひたすら運転手と待つのでした。

とにかく、あの頃、僕は週に5日は芝にあった練習場へ通っていました。

そんなある日、いつものように練習場へ殿の到着する2時間前に出向き、
打席の予約を入れ待っていると、殿の運転手から
電話が入り
「北郷、殿から伝言で、『仕事が押してるから先にそこのレストランでカレーを食っとけ』だって」
といった、なぜかカレーを限定された指示があり、言われたとおりカレーを食べ、殿を待っていたことがありました。

この時、殿は予定よりかなり遅れて練習場へやってくると、
「お前、ちゃんとカレー食ったか」と、確認され
「はい。頂きました。ご馳走様でした」といった、
なんだかよくわからないやりとりを交わすと、殿はいつものように
練習を開始したのです。 あれは一体なんだったのだろうか。

で、
さらにある日、やはり2時間前に練習場へ出向き、打席を確保し、
そろそろ殿が到着される頃だとおもい、駐車場の前の玄関にて殿の車を待っていると、時間よりやや早く殿の車が駐車場に入ってこられ、
少しばかり慌てながら、いつものように車の後部座席のドアを開けると、
中からややアウトレイジ風な、かなり強面のおやじが出てきたのです。
、「やべー、完全に間違えたか!」
と、心中で思いながらも、開けてしまったドアはもう戻すことがかなわぬため、そのまま何食わぬ顔をして、
“こちらの練習場が最近雇ったドアマン的な男”を装い、
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ・・・。」
と案内し、なんとか事なきをえたことがありました。

当時、芝のゴルフ練習場には、とにかく殿と同じ形の、ドイツ産の高級車がひっきりなしに駐車場へ入ってきていたために起きた、ちょっとしたアクデントでありました。

そんな、殿の中でのゴルフブームは、その後2年ほど続くと、
ある日突然に
「ダメだ、うまくならねーから辞めた!」
と、終焉を宣言され、その言葉どおり、パタリと練習場へ行くことがなくなったのです。

余談ですが、つい3年ほど前から、殿はまたぼちぼちとゴルフをやりだしています。

話をタップに戻しましょう。

当時、タップの稽古はだいたい17時から19時の間でスタートして、
2時間程熱心にタップを踏むと、夕飯となったのですが、
殿が仕事などで、19時を越すようなことがある時は、稽古が中止になることが何度かありました。

が、
そこは一度やり出したら、とことんやる殿です。
ある日など殿の仕事が軽く21時を回る予定であり、さすがにその日はタップの稽古はないだろうと、たかをくくり、夕方から後輩と酒を飲んでいると、
殿の運転手から、21時を少し過ぎた頃、
殿が今からタップの稽古しますので、こられる方は集合してください」
といったメールが入り、赤い顔をしながら、
飲んでいた後輩と一目散に駆けつけた夜もありました。
で、
だいたい、そういった夜は、やはり集りが悪く、この日も殿と弟子が二人程といった寂しい状態での稽古になったのですが、殿はこういった時、
あきらかに意図的にやっているとしか思えない、‘実にやさしい殿‘になるのです。こういった殿を目にするたびに、僕はつくづく思うのです。
殿は本当に持って生まれた親分であると。

この夜も
「なんだ、二人だけか・・・」と、もらすと、
しばらくして、
「じゃーあとでうなぎでも取るか」となり、
その後も
「お前どこまで出来るようになった」とタップの進行具合を
聞いてきたかと思うと
「今度のライブはいつやるんだ?」等々、
こちらが恐縮してしまうほどに、殿はなにかとやさしく語りかけてくるのです。

で、
いつもより1時間程短く、10時半には稽古を終えると、
届いた恐ろしく値の張るうな重を食べながら、
「今日はみんな忙しいのか?」と、前置きを入れたうえで、殿は唐突に語りだしたのです。

「だけど週7本レギュラーを持ってるオレが、毎日2時間タップの稽古をやってるんだから、やる気があるなら、稽古ぐらいちょくちょく顔を出せるはずじゃねーか」
と、少しドキリとする発言を、いたって普通のトーンで話出すと、
殿は続けて
「勘違いすんなよ。毎日なにがなんでも稽古に来いっていってるわけじゃなくて、上手くやれってことなんだよ。お前らは芸人で、オレの弟子になったわけだから、まずは師匠のオレを気持よくさせるのが仕事みたいなもんだろ。オレが今真剣にやってるタップを、嘘でもいいから楽しいってポーズで参加するのが、まー普通のことだろ」

殿はさらに
「今日だけじゃなくて、あきらかに稽古にこない奴もいるだろ、
もちろんオレはなにも言わないけど、やっぱりそれは弟子として変だよな」

何度も書きますが、この時殿はけっして怒っている風でもなく、
いたって普通に、淡々としたトーンで喋っていました。
ちなみに、殿が弟子に、こういった話をするのは、大変めずらしいのです

そして、
「オレなんて浅草にいた頃、深見のおとっつあん(殿の師匠、深見千三朗師匠ね)に、ついて回るのが楽しくてしかたなかったけどな。まータップでもなんでもそうだけど、師匠がやってることを一緒に楽しめないようなら、弟子になる意味なんてないし、なんかもったいねーと思うけどな。まーいいか・・・」

殿は“なんかまじめな話ししちゃったな”といった顔で話を終わらすと、
「お前ら早く食えよ。俺だってこう見えて忙しいんだぞ。
帰って司法試験の勉強が待ってんだから。よし、いつかはオレも夢の裁判官だ!」
と、軽くボケ、稽古場を後にした夜がありました。

後にも先にも、殿があれほど具体的に、師匠と弟子の関係について語ったのは
あの日の夜だけでした。 

とにかく、まずは“師匠を気持よく”から、とりあえずは始まるのです。

写真

写真は「朝ズバ」で使用したパネルを、勝手に拝借してイタズラ書きを書き込む、最近「もういやらしいことに興味がなくなった」と、言い切る、
足立区出身の北野武さんです。

2013.11.5   アル北郷

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〆さばアタル・プロフィール

生年月日:1968年11月4日
出身地:香川県
1989年にビートたけしに弟子入り漫才師として「ダウソタウソ」「ウッチャソナソチャソ」「ダッチョ倶楽部」など師匠につけられたパチモノのコンビ名で活動。現在は「情報7daysニュースキャスター」などで自称ブレーンを務める。

アル北郷・プロフィール

生年月日:1971年8月26日
出身地:東京都
96年、ビートたけしに弟子入り。
08年、映画「アキレスと亀」にて東京スポーツ映画大賞新人賞受賞。
現在TBS系「情報7daysニュースキャスター」ブレーン。「週刊アサヒ芸能」にて「決して、声に出して読めない たけし 金言集」好評連鎖中

 

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