8月4日開幕

寺田的世陸別視点

第31回2017.08.22

解説者3人による世界陸上ロンドン総括
跳躍種目と投てき種目はどんな点に特徴があったのか?
リレーの銅メダルとボルトのラストランを朝原さんはどう見たのか?

メダル3個、入賞2つという成績を残した世界陸上ロンドンの日本勢(内訳は以下の通り)。
▼日本選手戦績
銀メダル 荒井広宙(自衛隊体育学校) 男子50km競歩
銅メダル 小林 快(ビックカメラ)  男子50km競歩
銅メダル 日本            男子4×100mR
 <多田修平(関学大)・飯塚翔太(ミズノ)・桐生祥秀(東洋大)・藤光謙司(ゼンリン)>
5 位  丸尾知司(愛知製鋼)    男子50km競歩
7 位  サニブラウン(東京陸協)  男子200m

メダル個数はパリ大会の4個に次ぎ、世界陸上史上2番目の多さで、国民の期待にはしっかりと応えた。その一方で課題を残したのは、入賞数がメダルも含め「5」と少なかったこと。そのうち「3」は50km競歩が占めている。
入賞者以外では男子マラソンの川内優輝(埼玉県庁)が9位、女子1万mの鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)と男子マラソンの中本健太郎(安川電機)が10位と、3人がベストテン内に入った。
日本勢が健闘した男子短距離については、北京五輪4×100mR銅メダリストの朝原宣治さんに分析と感想をうかがった。日本勢が入賞できなかったフィールド種目に関しては、跳躍種目はTBS解説者の石塚浩先生に、投てき種目は同じく解説者の小山裕三先生に、世界の動向を中心に今大会を総括していただいた。

予選を誰も通過できなかった跳躍勢。テイラーの世界記録も不発

跳躍種目の日本勢は4選手が出場したが、残念ながら1人も決勝に進めなかった。
男子棒高跳には山本聖途(トヨタ自動車)と荻田大樹(ミズノ)の2人が挑戦。4年前のモスクワ世界陸上で6位入賞した山本聖途(トヨタ自動車)は、5m45の試技の2回目で両脚ふくらはぎが痙攣し、本来の力を発揮できなかった。
「調子はすごく良かったです。逆に調子が良すぎて痙攣を起こしたのかもしれません。本当に悔しい」
荻田も5m60の1回目で踏み切り位置が大きく狂い、いつもの跳躍の形にもっていけなかった。
「5m60を1回で跳ばなければ、と思いすぎて、跳躍を崩してしまったのかもしれません」
走高跳の衛藤昂(AGF)と三段跳の山本凌雅(順大)も、やはり自身の跳躍を崩してしまっていた。寒さ対策ができていなかったのか、メンタル面に課題があったのか。
結果が出なかったのは事実だが、考えすぎないことも重要だろう。無理矢理に何かを変えようとして、自分を見失うことになったケースもある。代表になれたのは、それまでの取り組みに良いところがあったから。これまでの取り組みを継続することで、見えてくるものもある。

日本勢も不振だったが、トップ選手たちの記録もそれほど伸びなかった。
男子三段跳で世界記録(18m29)に挑んだC・テイラー(米国)もその1人。世界陸上3回目の優勝を達成したが、17m68の優勝記録には本人が一番満足できなかっただろう。解説者の石塚先生は「1回目(16m97)がカチンコチンに硬くなっていた」と指摘する。修正点を見つけて徐々に記録を伸ばしていったが、3回目に17m68を跳ぶのが精一杯。6回目に18m21を跳んだ北京世界陸上の再現はできなかった。
「テイラーはいつ世界記録を出してもおかしくない選手です。そうした選手でも、自分が自分でなくなってしまうことがある。男女の走高跳でも同じようなケースが多く見られました。決勝の方が気象コンディションは良くなっているのに、記録は決勝の方が落ちている選手が多かった。大舞台になるほどセルフコントロール、セルフマネジメントが難しいのですが、それをどう本番で作り上げていくか」

今回も勝てなかった棒高跳世界記録保持者ラビレニの評価は?

男子棒高跳は世界記録保持者のR・ラビレニ(フランス)が、今大会も勝てなかった。5m82を1回失敗すると2回目以降をパスして、5m89のシーズンベストを最終のチャンスの2回目で成功。今回は行けるかもしれない、と思わせたが、次の5m95を今季好調のS・ケンドリクス(米国)だけがクリアした。世界陸上のラビレニは09年ベルリン大会から5大会連続メダルを確保しているが、一度も金メダルを獲得していない(ロンドン五輪だけが金メダル。リオ五輪は銀メダル)。

今回も力を出し切れなかったように見えたが、石塚先生はその逆だったという。
「ラビレニはシーズンイン前にケガをして、ダイヤモンドリーグも助走歩数を減らして跳んでいました。31歳となるシーズンで、年齢的にも難しい時期です。その状況でも作り上げてきて、勝負できる状態まで持ってきたことは高く評価すべきでしょう。勢いだけでなく、ベテランの味を発揮して勝負をしていました」
ラビレニはボルトと同じ1986年生まれ。ボルトが五輪&世界陸上で圧倒的な強さを見せたのに対し、ラビレニは2010年にスタートしたダイヤモンドリーグで、7年連続でツアーチャンピオンに輝いている。種目も違えば、強さを発揮した舞台も違うが、2人は世界の陸上界を引っ張ってきた。唯一同じ金メダルだったのが、2012年のロンドン五輪である。
ボルトが引退するため、2人が同じ世界陸上に出るのは今回が最後となった。後述するように朝原さんが見たボルトと、石塚先生が見たラビレニの今大会への臨み方は対照的だった。それでいて、同じ銅メダルという結果。意外なつながりが、世界記録保持者2人から感じられた。

跳躍種目では男女棒高跳、女子走高跳はまずまずの記録だった。女子走高跳のM・ラシツケネ(中立選手。ロシア)は2m03と、例年と遜色ないレベルの記録で2連勝した。女子棒高跳のE・ステファニディ(ギリシャ)は4m91の世界歴代4位、今季世界最高記録で優勝した。
優勝記録は14m91で、15mに届かなかったが、女子三段跳のY・ロハス(ベネズエラ)は「世界記録を作る選手になるのではないかと思います」と、石塚先生も期待する素材だ。
「ホップ・ステップ・ジャンプのホップが小さいことが特徴です。脚を大きくスイングさせません。頑張って、思い切り行こうとした試技もありましたが、前にバランスを崩した失敗試技になってしまいました」
技術的にはまだまだ荒削りだが、192cmの21歳には伸びしろが十分ある。
石塚先生はロハスに代表されるように、今大会では長身選手、若手選手の台頭が目立ったという。女子走高跳銀メダルのY・レブチェンコ(ウクライナ)は19歳で、2m01の自己新に成功した。石塚先生は「技術もしっかりしている」と、今後の成長を予想する。この種目にも190cm前後の長身選手がいた。

女子棒高跳銅メダルのR・ペイナド(ベネズエラ)も19歳で、4m65は南アメリカ新記録だった。また、男子棒高跳では17歳のA・デュプランティス(スウェーデン)が9位に入っている。
記録は全体的にいまひとつの種目が多かったが、2年後の世界陸上ドーハ大会、3年後の東京オリンピックに向けて、新しい芽が育ち始めた大会だった。

投てき種目の日本勢は男女やり投だけの参加

投てき種目で標準記録を突破できた日本選手は、女子やり投の海老原有希(スズキ浜松AC)ただ1人。男子やり投の新井涼平(スズキ浜松AC)と女子やり投の宮下梨沙(大体大TC)、斎藤真理菜(国士大)の3人は国際陸連のインビテーションによる追加代表である。
インビテーションは標準記録適用期間終了後に、国際陸連が出場人数調整に使っているシステム(フィールド種目は1種目32人が基準)。標準記録が高めに設定されるようになり、突破者が世界的に少なくなったことで活用されるようになった。今後多く適用される代表入りのシステムなので、日本陸連としても対応策を考慮していくという。
予選通過ラインは男子が83m49、女子は62m29になった。自己記録でそれを上回っていた新井と海老原の2人には可能性があったが、新井はシーズン序盤に左半身に痺れが出ていた。冬期に投てき動作に捻りを大きく入れた新技術が原因で、元に戻そうと頑張ってきたが、「悪かった動き、(痛みを)かばう動きが修正できなかった」と、悔しさをにじませながら分析した。

海老原は五輪&世界陸上で5大会連続予選の壁が破れなかった。「細かい技術的なことが少しずつずれて、それらが重なってしまったのかな」と、無念の思いに耐えながら話した。
明るい材料は国際大会初出場の斎藤が、60m86と予選通過ラインに近い記録を投げたこと。海老原が2年前の北京大会で投げた60m30を上回り、世界陸上日本人最高記録になった。「同じ組に海老原さんがいらしたので、国内大会と同じ気持ちで試技ができました」と、3人が出場したメリットを生かした結果だった。
解説者の小山先生は「男女やり投には(東京オリンピックで入賞の)可能性がある」としたうえで、安定した投てきが必要だと力説した。
「やり投や円盤投は風の影響が大きいので、五輪&世界陸上で自己記録やシーズンベストを投げるのは難しい。ですから、何試合で投げたか、がより重要になります。男子だったら85m、女子なら64mを何回投げるか。そういう目標設定の仕方をしていくべきですし、メディアやファンもそこに着目してやり投を見た方がいいでしょう。ロンドンで世界のトップを見ても、その認識を強くしました」

男子砲丸投は入賞者全員が回転投法に

小山先生は男女やり投と並んで期待できる種目に、女子砲丸投を挙げた。世界が遠いと思われてきた種目だけに意外な感じも受けたが、近年は優勝記録も入賞ラインも下がり続けている。世界陸上ロンドンではついに、優勝記録は19m94と20mを下回り、8位は18m03まで下がった。日本記録の18m22(2004年、森千夏)を投げれば入賞できるのだ。
今大会では男子が79m81、女子が77m90と男女ハンマー投の優勝記録も低かった。低温の影響があったかもしれないが、ドーピング検査が厳しくなってきていることも背景にあるような気がする。小山先生もその点を指摘していた。

対照的に記録が良かったのが男子砲丸投とやり投、男女の円盤投である。男子砲丸投のT・ウォルシュ(ニュージーランド)は22m03と、世界陸上では8年ぶりに22mを超えた。男子円盤投もA・グドジュス(リトアニア)が69m21と、11年以降の五輪&世界陸上では最高記録。男子やり投では金メダルのJ・フェッター(ドイツ)が予選で91m20を投げ、決勝では4位までが88m以上を記録した。そして女子円盤投ではS・ペルコビッチ(クロアチア)が70m31と、五輪&世界陸上では25年ぶりに70mを超えた。
予選通過記録は決勝進出者が12人を超えないように、かなり高く設定されるが、男子やり投は13人が83m00の通過記録を超えてきた。小山先生も「他の投てき種目のレベルが下がっても、男子やり投は下がっていない。そしてコンスタントに投げてくる選手が強い」と指摘した。

そして今大会の特徴の1つとして、男子砲丸投の入賞者が全員、回転投法になったことを挙げた。1968年メキシコ五輪からグライド投法(後ろ向きにスライドするようにステップを踏み、上体を起こしながら前を向いて砲丸を突き出す投げ方)が主流だったが、回転投法が完全にとって代わった。
以前は回転投法の選手は記録が不安定で、五輪&世界陸上では勝てなかったが、ここに来て回転投げの技術を各選手がものにし始めている。小山先生は次のように分析した。
「砲丸投の回転投法と円盤投は、回転をして投げる点では同じですが、パワーポジション(最も踏ん張って地面からの力を伝えられる動きの局面)が違うんです。円盤投は回転の中心よりも遠くにある物体に力を加えますが、砲丸投は回転の中心の近くにある物体に力を加える。その違いを理解した選手が多くなっています。最適なパワーポジションの見つけ方も、グライド投法は縦の動きなので点で見つけやすい。それに対して回転投法は水平回転の動きなので、突き出すポイントを見つけるのが難しい。だから波のある選手が多かったのですが、円盤投との違いを理解できるようになり、パワーポジションを作るタイミングが上達してきました」

今季はリオ五輪金メダルのR・クルーザー(米国)が22m65、北京世界陸上金メダルのJ・コヴァクス(米国)が22m57など、22m67の21世紀最高記録に近づいている。技術が向上したり浸透したりすることで、記録が進歩の道をたどる。陸上競技の本来あるべき姿に近づいている種目を、世界陸上ロンドンで見ることができた。

銅メダルは「チームの勝利」と朝原さん

最後は朝原宣治さんに、男子4×100mRの日本チームとウサイン・ボルト(ジャマイカ)の世界陸上最後の走り、さらにはサニブラウンへの期待度を語ってもらった。今大会を象徴した短距離種目の3つのトピックスを、朝原さんのコメントで締めくくりたい。
「リレーの順位はリオよりも1つ落としましたが、しっかりと力を出してメダルを取ったことは評価して良いと思います。
今回は完全にチームの勝利だと思いました。サニブラウン選手が出られなくなって、多田、飯塚、桐生、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)と決めて臨みましたが、予選の結果からメダルは取れないと判断して、決勝は勇気を出してメンバーを代えました。(個人種目も含め)試合に出ていない藤光選手をいきなり決勝で使うのは、かなり勇気がいること。
伊東(浩司)監督の決断、苅部(俊二)コーチ、土江(寛裕)コーチの目もあるんですけど、科学委員会の小林(海)さんも早めに予選のデータを分析して、アンカーを藤光選手に代える根拠を示している。チーム全体として、どうやったら日本がメダルを取れるかを考えた結果だと思います。その状況でしっかり走った藤光選手は、本当によくやったと思いますね。

リオはもう、上位に入るという順位(全体で2番目)で予選を通過していますが、今回は6番目の順位で通過しているので、盛り返すのは大変だなと思いました。ラッキーだったのは決勝が1レーンや2レーンではなくて、9レーンになったこと。
カーブが緩いので1走の多田選手の直線の速さを生かすことができました。リオでは山縣(亮太・セイコー)選手がほぼトップで2走に渡しています。1走で勢いをつけるのは、北京五輪の塚原直貴(富士通)選手もそうでしたが、リレーでは重要な部分です。外側だった分、2走から3走がカーブに入ってから渡すので難しくなるのですが、飯塚選手が外に振られながらも上手く渡しました。
3走の桐生選手はリオでも、区間タイムで参加チーム中1番でした。そのスピードを生かすためのバトンパスをする判断(4走の交替)を、日本チームがくだしたわけです。
藤光選手は(09年世界陸上)ベルリン大会でアンカーを走って、(13年世界陸上)モスクワ大会では山縣選手に代わって急きょ、2走を走っています。昨年のリオ五輪は控えでした。そういう経験があったから今回、落ち着いて走ることができたのだと思います。予選は微妙な順位で、プレッシャーもかかったと思いますが本当に良く走った。勇気も要る状況だったと思いますよ。桐生選手との信頼関係や、自分のなかで絶対に大丈夫だという気持ちがないとできないことです。覚悟を決めてしっかり走ってくれました」

サニブラウンは“ポスト・ボルト”候補

「(負傷によるリレーの途中棄権は)何をやるかわからないと言う意味ではボルト選手らしい、と思いましたけど、あのまま追いかけても、追いつかなかったと思います。中途半端な結果に終わるなら、ああいう終わり方の方が衝撃的で、ある意味良かったかもしれません。

今大会のボルト選手はやはりどこか、モチベーションが違っていたように感じました。最後の姿を見てもらう試合と位置づけていた今回と、五輪3連覇を狙ったリオを比べると。勝負の世界なのに、勝負に徹していない。いくらボルト選手とはいえ世界陸上は、集中できないところで戦えるような舞台ではありません。
それだけリアルな世界ですし、それがスポーツのいいところです。
(ポスト・ボルト的な存在として)バンニーキルク選手(南アフリカ。400m金メダル&200m銀メダル)に注目していますけど、100mはまだわからないですね。コールマン選手(米国。100m銀メダル)も絶対とは言えないし、ドグラス選手(カナダ。リオ五輪100m銅メダル)もケガをして欠場してしまいましたし。

陸上と言えばボルト、ボルトは陸上100mと、世間の誰もが知っている存在でした。そういう人が出てくれば社会的にも興味を持ってもらえる。
(期待できるのは)サニブラウン選手です、期待も込めて。まだ18歳ですからね。21歳で東京を迎えるんですか。それでも若いですけど、18歳で世界の準決勝、決勝を経験しているわけですから、僕らとは階段の上り方が違います。一気に行ってほしい選手です」

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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