寺田的世陸別視点
今日はここに注目! Day5 8月8日
バンニーキルク、人類初の42秒台なるか?
世界記録保持者や金メダリストなど、本命選手が勝てない可能性も?
大会5日目は日本選手が1人も出場しない日となったが、5種目が行われる決勝種目には注目選手が相次いで登場する。
男子400mには世界記録保持者のW・バンニーキルク(南アフリカ)が登場。自身の持つ世界記録(43秒03)の更新と、史上初の42秒台突入の期待がかかる。
ただ、準決勝を見るとS・ガーディナー(バハマ)が43秒89と、唯一人43秒台をマーク。3組1位(44秒30)のマクワラと、今季43秒70と急成長のF・カーリー(米国)も力がある。バンニーキルクも絶対とは言えない。
男子3000mSCと棒高跳も世界記録保持者など本命選手がいるが、本当に勝つことができるのだろうか。
男子400m決勝の一番の興味は、世界記録保持者のバンニーキルクが人類初の42秒台を出すのかどうか? 200mとの2冠を狙うバンニーキルクは、今大会でウサイン・ボルト(ジャマイカ)から、陸上界中心選手の座を引き継ぐとも言われている存在だ。
だが、準決勝の結果で男子400mが風雲急を告げてきた。1組で手脚の長い選手が良い動きを見せて43秒89をマークしたのだ。S・ガーディナー(バハマ)という21歳の選手で、同国初の43秒台の快挙だった。同じ組には今年43秒70と、全米学生記録を塗り替えたカーリーがいたが、そのカーリーを寄せ付けなかった。
準決勝2組はバンニーキルクが44秒22で1位通過。3組は対抗馬の一番手と言われたI・マクワラ(ボツワナ)が44秒30でトップ通過した。
バンニーキルクとマクワラはどちらも、200mでも世界トップレベルの19秒台のスピードがある。
バンニーキルクは100mも9秒94を持ち、9秒台&19秒台&43秒台を達成した初めての選手となった。
それに対してガーディナーの200m自己記録は、3年前の20秒66。だが、準決勝の走りを見る限り20秒前半は簡単に出しそうな躍動感があった。おそらく200mにはほとんど出場していないのだろう。今季急成長しただけに、リオ五輪準決勝止まりなど、昨年までの実績は参考にならない。
不気味な21歳が、バンニーキルクから主役の座を奪う可能性もゼロではない。
男子3000mSCはケニアの五輪&世界陸上での連勝が続いている種目。世界陸上は07年大阪大会以降、五輪は1984年ロサンゼルス大会以降、ケニア選手しか勝っていないのだ。今大会にも2009年ベルリン、11年テグ、13年モスクワ、そして15年北京と世界陸上4連勝中のE・ケンボイ、昨年のリオ五輪を制したC・キプルトが出場する。
だが、ここに来てケニア勢ピンチ、の声が挙がるようになった。リオ五輪銀メダルのE・ジャガー(米国)が7月のダイヤモンドリーグ・モナコ大会に優勝。リオ五輪4位のS・エルバカリ(モロッコ)は6月のストックホルム大会、7月のラバト大会とダイヤモンドリーグに優勝した。リオ五輪銀メダルのM・メキシベナバド(フランス)は今季のレース数を絞っているが、世界陸上にしっかりと合わせてきた。
ケンボイは“3000mSCのファラー”ともいえる選手で、ラストの競り合いになったら絶対に負けない。それに対しキプルトは、ケンボイよりも早めに勝負を仕掛けるタイプ。ケンボイの衰えが見られるので、障害の巧拙も含めた総合的な力の勝負となりそうだ。
以前はケニア勢が圧倒的な走力で上位を独占していたが、ジャガーやエルバカリは5000mでも13分02〜10秒のタイムを持ち、ケニア勢に対抗できる。
ケニア勢がどこでスパートするか。その点だけを注目して観戦してきた種目だが、今大会はケニア勢以外にも注目すべきだろう。
男子棒高跳は世界記録保持者のR・ラビレニ(フランス)が“5度目の正直”に挑む。
ダイヤモンドリーグがスタートした2010年から昨年まで、7年連続で年間チャンピオンになるなど、安定した強さでは間違いなく世界ナンバーワンの選手。12年のロンドン五輪を制し、14年には6m16と世界記録も打ち立てた。
ところが世界陸上だけは勝つことができず、09年ベルリン銅メダル、11年テグ銅メダル、13年モスクワ銀メダル、15年北京銅メダルと、4大会続けてメダルは獲得しているが、なぜか勝つことができない。
北京金メダルのS・バーバー(カナダ)、リオ五輪金メダルのT・ブラス・ダシルバ(ブラジル)、リオ五輪銅メダルのS・ケンドリクス(米国)らがライバルとなるが、不調のダシルバが欠場。今季の試合で全勝を続けているケンドリクスが、最大のライバルになる。
ラビレニにとって好材料は、同じ会場で行われたロンドン五輪で勝っていること。パスも用いた難しい勝負になったが、冷静に勝利を手繰り寄せた。
“世界陸上で勝てない世界記録保持者”という肩書きを、5年前に優勝した思い出の地、ロンドンでラビレニが返上できるのか。今大会の勝負の中でも、とびきりの好カードといえる。
寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。
バックナンバー
- 第31回(2017.08.22)
解説者3人による世界陸上ロンドン総括 跳躍種目と投てき種目はどんな点に特徴があったのか? リレーの銅メダルとボルトのラストランを朝原さんはどう見たのか? - 第30回(2017.08.21)
女子長距離で3年連続代表を輩出しているJP日本郵政グループ高橋監督インタビュー 痛感したトラックで戦うために必要な中距離のスピード。 鈴木のマラソン転向への考え方とは? - 第29回(2017.08.16)
史上初の複数メダルを実現させた50km競歩 荒井&小林のレース翌日インタビュー - 第28回(2017.08.15)
4×100mRはベテラン藤光が銅メダルのフィニッシュ リオ五輪表彰式を複雑な心境で見つめた男がつなぐ日本スプリントの伝統 - 第27回(2017.08.13)
今日はここに注目! Day10(最終日) 8月13日 男子50km競歩で荒井が“連続メダル”に挑戦 - 第26回(2017.08.12)
今日はここに注目! Day9 8月12日 メダルを狙う男子4×100mR。 勝敗を決するのは3走か4走の起用が予想される桐生か? - 第25回(2017.08.12)
2種目に挑戦した鈴木とサニブラウン。 ロンドンで何を感じ、どこへ向かうのか - 第24回(2017.08.11)
今日はここに注目! Day8 8月11日 男子走高跳の衛藤に予選突破の期待 - 第23回(2017.08.10)
今日はここに注目! Day7 8月10日 超人BIG7が2人登場。テイラーは世界記録に、バンニーキルクは2冠に挑戦 - 第22回(2017.08.10)
サニブラウンと末續慎吾。200mで14年ぶりのファイナリストを実現 「(決勝は)メダルラインに体を叩き込めればな、と思います」 - 第21回(2017.08.10)
ロンドン五輪出場から5年後の世界陸上ロンドン。 中距離解説者の横田真人さんの感じている“つながり” - 第20回(2017.08.09)
今日はここに注目! Day6 8月9日 男子200m準決勝でサニブラウンと飯塚がファイナリストへの挑戦 - 第19回(2017.08.09)
女子1500mのオールスター的な戦い。 ケニア初の金メダルと800m金メダリストの参戦、そして世界記録保持者の敗退 - 第18回(2017.08.08)
今日はここに注目! Day5 8月8日 バンニーキルク、人類初の42秒台なるか? - 第17回(2017.08.08)
男女マラソンは22年ぶりの入賞ゼロ。 歴史的な敗北を次につなげるために - 第16回(2017.08.07)
今日はここに注目! Day4 8月7日 女子ハンマー投のヴォダルチクに世界記録の期待 - 第15回(2017.08.07)
惜しいところで世界まで突き抜けられなかった男子100m。 しかし、確実に根付き始めた日本の“スプリント文化” - 第14回(2017.08.06)
今日はここに注目! Day3 8月6日 男子マラソン中本と川内の相乗効果に期待 - 第13回(2017.08.05)
ファラー1万m3連勝に感じられた地元ファンとの絆。 日本の実業団在籍選手とのライバル関係は、舞台をマラソンに移しても継続 - 第12回(2017.08.05)
今日はここに注目!Day2 8月5日 男子100mの歴史的な一日を見逃すな! - 第11回(2017.08.04)
今日はここに注目!Day1 8月4日 初日からボルトとファラーが登場! - 第10回(2017.08.04)
展望コラム(10) ウサイン・ボルト 朝原宣治さんとボルト担当が語る“ラスト・ボルト”の見どころ - 第9回(2017.08.03)
展望コラム(9) 海老原有希 女子やり投史上初のフルエントリーと、主将・海老原の思い - 第8回(2017.08.02)
展望コラム(8) 山本聖途&衛藤昂 見せたい跳躍ニッポンの存在感。 リオ五輪後に新たなスタートを切った2人に入賞のチャンス - 第7回(2017.08.01)
展望コラム(7) ケンブリッジ飛鳥 学生時代に苦しんだ故障を克服。 2度目の世界へのチャレンジは、ファイナリストへの挑戦 - 第6回(2017.07.29)
展望コラム(6) 多田修平 今季急成長のスプリント王子。 “関西の大学”から世界への挑戦を実現できた理由とは? - 第5回(2017.07.27)
展望コラム(5) 川内優輝 川内は“ラスト代表”。市民ランナースタイルの集大成としてロンドンで輝く - 第4回(2017.07.25)
展望コラム(4) 井上大仁&安藤友香&清田真央 レベルの高い男女マラソン初出場トリオ。共通点は積極姿勢と独自フォーム - 第3回(2017.07.19)
展望コラム(3) 鈴木亜由子 “3度目の正直”で入賞に挑戦する女子長距離のエース。 普段はクールでも、大舞台で力を発揮する“お祭り女” - 第2回(2017.07.16)
展望コラム(2) 中本健太郎&重友梨佐 明暗分かれたロンドン五輪から5年。 苦しい時期を乗り越えて再びロンドンを走る男女ベテランコンビの思いとは? - 第1回(2017.07.13)
展望コラム(1) 荒井広宙 メダルへの“欲を抑える”ことが、競歩史上初の“連続メダル”への道