寺田的世陸別視点

2種目に挑戦した鈴木とサニブラウン。
ロンドンで何を感じ、どこへ向かうのか
大会7日目は2種目出場選手の動向が注目された。ウェイド・バンニーキルク(南アフリカ)は男子200mで2位。400mとの2冠はならなかったが、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)がいなくなる陸上界で、中心となることができる存在感を示した。
日本勢では2日目の女子1万mで入賞に迫った鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)が、女子5000m予選に出場。15分24秒86で通過することはできなかったが、代表3年目で初めて2種目にトライすることができた。
短距離種目3人目のファイナリストとなった男子200mのサニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協)は、20秒63(向かい風0.1m)で7位。100mに続いて世界の注目を集めた。
個人2種目に挑戦した2人がロンドンで感じたものは、何だったのか?
サニブラウンの世界の意識の仕方
サニブラウンは2種目に挑戦したことが、形の上でもプラスに現れた。最初の100mは準決勝止まりだったが、予選で10秒05の世界陸上日本人最高タイム。もしも200mだけに絞っていたら、出ていなかったことになる。
そして2種目目の200mでは7位と、世界陸上短距離史上3人目の入賞を達成した。直線に出たところで脚を痛めて後半は全力で走りきれなかったが、200mでは世界陸上最年少入賞者にもなり、今後の2種目での活躍の期待が大きくなった。
記者たちの前に現れたサニブラウンは、いつものように快活に話した。
「200mの練習はあまりしていなかったですけど、スピードがあれば我慢するだけです。元々200mは苦手ではありませんし。前半100mを自分より速く走る人はいないと思っていました。前半でできるだけ行って、あとは自分のリズムを保って行けたらもっと勝負ができたと思いますが、後半で食らいつけなかったことが、今の力だったのかな」
前半100mへの自信。これはスタートからスピードに乗ることが今年の特徴であり、テクニックの変更が順調に進んでいるからだが、100mの結果も自信の背景にあるのではないか。
サニブラウンは世界との距離がどう変わったか? という質問に「あまり考えたことがなかったので」と答えた。最終的な目標はボルトの世界記録と躊躇いなく言い、2年前の世界ユース陸上で2冠を達成している男は、世界と戦って当然という意識なのだろう。
「100mはもう、今大会のレベルなら通用しているのかな。200mも最初の100mはけっこう前の方で通過していると思うので、ラスト100mもしっかりついて行けるように、そういう練習もして行けたらな、というところです」
サニブラウンは2種目に挑戦したことで、世界の戦いの中に自身がいる実感を、さらに深められたのではないか。
冷静さの中に悔しさをにじませた鈴木
鈴木の5000mは残念ながら、力及ばずという結果だった。スローペースを避けるために1600mから先頭に立ったが、3000mからヘレン・オビリ(ケニア)らがペースを上げると、集団から引き離されてしまった。
「(大会2日目の1万mの疲労は)抜けていると思っていましたし、昨日の練習でもスピードが出ていました。1万mが良い刺激になったのかな、と良い方向で考えていましたが、走り始めたら“あれっ?”という感覚でした。思ったより体が重かったです。前に出て、余裕をもってレースを進めたかったのですが、キツイなーっていうのはすぐわかりました」
2年前の北京世界陸上では決勝に進んで9位と、入賞にあと1人と迫った。順位だけを見ると、2種目を走り切る力がなかったということになる。JP日本郵政グループの高橋昌彦監督は「1万mの後半を頑張ったダメージが予想以上でした」と話す。
1万mの後半5000mは15分17秒で、5000m予選よりも速かった。
8位グループで冷静に走り、自ら仕掛けて入賞への強い気持ちを見せた。中盤で集団が一気に崩れたときに後退し、8位集団に5700mで追いつくまでに少し力を使ってしまったところが反省点として残ったが、それ以外は1つの判断ミスもなく、完璧な走りをした。準備段階のトレーニングも今回は、3年目の代表シーズンの中で最も良かったという。
8位入賞まであと2人、タイムでは2秒半の差が、またしても鈴木の入賞を阻んだ。
「一瞬の判断というか、国内レースなら後半で巻き返せるのですが、世界陸上はぎりぎりのところで走っているので、それができませんでした。あと少し行けていたら、という部分もありますが、それも含めて今回の実力なんだとわかりました」
昨年のリオ五輪は2種目にエントリーしたが、直前に故障があり、先に行われる1万mを回避して5000mに絞ったが、あえなく予選落ち。世界(入賞)の壁に、3年連続跳ね返され続けている。
想定外の2種目出場だったサニブラウン
サニブラウンも鈴木も、そしてバンニーキルクとモハメド・ファラー(英国)も、2種目に挑戦するようになった経緯はそれぞれだが、サニブラウンは2種目出場を、シーズンイン前から狙っていたわけではなかった。
6月の日本選手権は、標準記録を破っていた200mでの代表入りを最大目標としていた。それが100m予選で10秒06(追い風0.4m)と初めて標準記録を突破すると、準決勝でも10秒06(追い風0.5m)。そして決勝も10秒05(追い風0.6m)で、リオ五輪代表だったケンブリッジ飛鳥(ナイキ)、桐生祥秀(東洋大)、山縣亮太(セイコー)の3人を破って優勝してしまった。
200mも勝ち、2003年の末續慎吾以来の2冠を達成。日本選手権100mの激走がなかったら、ロンドンで走ったのは200mだけになっていた。
サニブラウンが「200mの練習をあまりしていなかった」と話したのは、100mの練習と200mの練習をあまり分けて考えていなかった、ということだろう。今季ここまで、一番に取り組んできたのはスタート技術の変更だった。「のそのそ」っと出ていたところを早く、速いリズムに乗せる。
その効果は100mの方が大きく出るが、200mもスムーズにスピードに乗せることで、トップスピードに近い区間が長くなる。走りそのものの改良に取り組んだ結果、長い距離のメニューが少なくなってしまった。
だが、200mが得意だったサニブラウンは、その取り組みでも200mで結果を出すことができた。
2005年以降ずっと、ボルトがいるのが当たり前だった男子200m。ボルトがいない初めての200mを、史上最年少のサニブラウンが走ることにつながった。
2年越しの2種目出場だった鈴木
一方の鈴木は2年越しの、“狙った2種目出場”だった。
一昨年は5000mで手いっぱいだったが、北京世界陸上から帰国後の全日本実業団陸上1万mで標準記録を突破。昨年は2種目で日本選手権を制したが、前述のようにリオ五輪前に足底を故障して(後に疲労骨折と判明)、リオ五輪は5000mに絞らざるを得なかった。
そして今シーズン、日本選手権は2種目とも2位と敗れたが、そこまでのトレーニングは抑え目に行った。予定通り世界陸上前のトレーニングをレベルアップさせ、鈴木自身「練習に悔いはなかった」と言える準備ができた。
5000mで入賞が目前に迫りながら1万mにも進出したのは、距離を延ばしていくプランが高橋監督にあり、本人も「練習していくなかで、長い距離への適性もあるのかな」と感じるようになったからだ。
日本選手権も五輪&世界陸上も、日程的に1万mが先に行われる。
選手は「まずは1万mで全力を」(鈴木)という集中の仕方をし、高橋監督も距離の長い方の種目に合わせたトレーニングを組んだ。鈴木亜由子というランナーの成長の過程で、2種目に取り組むことは自然の流れだった。
大会前、高橋監督は世界陸上ロンドンが、マラソン進出を判断する大きな材料になると話した。その点を質問されると鈴木は「そうですねえ。うーん」と言った後に、次のように続けた。
「ここでしっかり入賞して、目標は(トラックに)ないっていう感じがいいかな、と思っていたのですが……考えます」
大学卒業後に実業団チームで陸上競技を続けるときも、1万mに本格的に取り組むときも、鈴木はなかなか態度を表明しなかった。大きな目標に向かうとき、生半可な気持ちで臨んではいけない、という考え方があるからだ。
今回は世界陸上の2種目に、全力で取り組んでその結果が出た。結論は出しやすくなっているはずだ。
寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。
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