寺田的世陸別視点
展望コラム(6) 多田修平
今季急成長のスプリント王子。
“関西の大学”から世界への挑戦を実現できた理由とは?
日本選手権は高卒1年目のサニブラウン(東京陸協)が素晴らしい活躍を見せたが(14年ぶりの100m&200mの2冠、100mは10秒05のU20日本歴代2位)、100m2位の多田修平(関学大)の躍進にも目を見張らされた。
サニブラウンは2年前の北京世界陸上200m代表の実績を持つが、多田は昨年まで10秒25が自己記録だった選手。中学・高校・大学の全国大会優勝経験も、代表経験もなかった。6月の日本学生個人選手権で10秒08をマークして標準記録を突破したときも、リオ五輪4×100mR銀メダルメンバーが3人いる100mで、世界陸上代表入りする確率は低いと見られていた。
「関西で強くなりたかった」と、陸上競技が強い関東の大学に進まなかった多田。“関西の大学”の良さを活用しながら、“関西の大学”の枠を超える発想をしたことが、世界への道を切り拓いた。初の世界大会でも、常識を覆す何かをやってのけるかもしれない。
大学1〜2年時から視線は世界に
前半がずば抜けて速く、大きな目標を語るイケメン選手がいる。そう認識したのは昨年5月に、関西インカレを取材したときだった。
10秒33(追い風0.3m)で2連勝を果たした多田は当時、関西風にいえば2回生になったばかり。前年に10秒27で走っていたとはいえ、すぐに五輪&世界陸上の代表を狙えるポジションではなかった。
ところが多田のレース後のコメントは、スケールが大きかった。
「リオ五輪標準記録の10秒16を狙っていました。後半で力んでしまって、満足できるタイムではありません。スタートは良かったのですが、前半で力んで刻んでしまい、後半がバテてしまいましたね。日本選手権までに標準記録を切り、日本選手権では3位以内に入ってリオに行くことが目標です」
当時は朝原宣治さんが1993年にマークした10秒19(その時点で日本新)が、関西学生記録として20年以上残っていた。関西の学生選手にとって超えるべき壁は、レジェンドの学生時代の記録ではないのか?
そこに話を向けると、「速いと思いますが、今年中には必ず破りたい」と話した多田。空気を読んでの答えだった気がする。
今振り返れば、多田はこの時点ですでに、本気で世界を狙っていた。世界を意識するきっかけは1年時に10秒27(追い風1.2)を出したレースだったという。翌年のリオ五輪標準記録まで0.11秒ではあるが、U20世界陸上の代表も、インターハイ優勝も経験していない選手が、世界をいきなり意識できたのだろうか。
関学大の林直也コーチは、次のように推測している。
「U18でもU20でも世界陸上の代表になれなかったので、多田は日の丸に強い気持ちがありました。そのタイミングで10秒27で走り、記録が上の実業団選手を全員抑えて勝ったので、翌年のオリンピックを意識し始めたのでしょう。朝原さんの10秒19が頭になかったわけではないと思いますが、10秒19で満足していたら世界には行けません」
多田はリオ五輪を見た感想を問われると、「日本選手もやれるんだというモチベーションになった一方で、あの場に出られなかった悔しさも感じました」とコメントしている。これも、どこまで本気で話しているのかわからなかったが、今になってみれば、本当に悔しいと感じていたのだろう。
多田は関西の大学に進学しながら、目標が地域の枠に縛られることはなかった。そのあたりは関西でマイペースの学生競技生活を送りながらも、つねに世界を見ていた朝原と共通するものはある。
米国でのスタート改良につながった昨年までの問題意識
多田が今季の飛躍の要因に挙げるのが「OSAKA2020夢プログラム」による米国テキサス州への短期留学だ。大阪陸協登録の有望選手に対し、同陸協が高名なコーチによる指導や、海外を含めた合宿&遠征などを提供する。その一環で今年1〜2月に米国テキサス州で、前世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)の兄、ドノバン・パウエル氏の指導を受けた。アサファからも練習中に、幾度となくアドバイスを受けた。
多田はテキサスで指導を受けたことによる変化を、こう説明している。
「スタートが低すぎると指摘されました。腰がくの字に曲がって、つまずく感じも出てしまっていたんです。腰を入れることで初めからスムーズにスタートを切ることができるようになり、加速に上手く乗れてタイムがついてきました。スタートの改善が一番大きかった」
林直也コーチによれば、以前はスターティングブロックや地面を押せなかったので、「回転だけでカバーしていた」が、腰が入るようになって「足先から頭までが一直線」に近くなり、回転に頼っていた頃より、地面からの反発を利用して進むようになった。
スタートの形だけでなく、「ウエイトトレーニングや腕振りについても学ぶことができた」ことで、地面を押す力がついた。多田自身は“押す”よりも“叩く”意識が強く、余分なエネルギーを使っていない。だが結果的に地面から受ける反発が大きくなり「一瞬のうちにヒザが高く上がるようになった」(林コーチ)という。
多田が米国短期留学で大きく変わることができたのは、大学2年間で自身の動きに問題意識を大きくしていたからだ。林コーチが次のように話した。
「昨年の日本インカレ準決勝など、頭が下がりすぎてしまって転びそうになりました。本人も自覚していましたが、そのスタートでも日本インカレの決勝で3位に入りましたから、思い切って直せなかったのです」
多田自身が問題意識を持っているときに、元世界記録保持者たちから指摘を受けたことで、技術の変更に踏み切ることができた。本人がまったくイメージできないことを言われても、すぐに取り入れることはできなかっただろう。
競技力に結びついている多田の素直さ
多田の強さの一因に、「素直さ」が挙げられる。指導者や周囲のアドバイスをしっかりと受け容れ、欠点を修正する。取材した高橋尚子さんも、練習場所で会うことのある朝原さんも、そこを指摘している。
多田自身、「アドバイスはありがたいこと。とりあえず聞いてみよう、受け容れてみよう」という姿勢で耳を傾けている。
パウエル兄弟のアドバイスでスタートを修正したこともその一例だが、言われたことを100%厳密に実行したわけではない。
「やはり黒人選手との違いもあります。蹴って掘るイメージでやってみるようアドバイスされましたが、そこはできなくて、今の形になりました。掘るような動きだと力を使ってしまいます。パッと置いていく動きの方が、エネルギーを使わなくてすむ。考えたら今の形になっていました」
最終的に自身のものとして、やり続けるかどうかは自分で判断する。室伏広治さんが以前、「海外にトレーニング行ったら必ず、そこのやり方でやってみる」と話してくれたことがあった。多田も同じスタイルを実行していた。
その時にプラスに働いたのが、関学大の練習スタイルだった。
多田が関学大の練習のことを「自由」と話していたので、具体的にどういう“自由”なのかを林コーチに確認した。
「練習メニューは、まずは学生に立てさせています。パート長(短距離ブロック長)が考えて、コーチが修正して行っていますが、まったく違うメニューをポンと出すことはありません。学生は好奇心が旺盛な時期で、社会人になる前の段階の、人としても重要な時期でもあります。その時期に考える力をつけさせたい」
コーチ主導の練習なのか、学生主導の練習なのか、線引きは明確にできないところもある。チームや指導者によってスタイルも違うので比較は難しいが、選手主導の練習は関西の方がとりやすいのではないか。甲南大・伊東浩司顧問(100m日本記録保持者の)も、選手主導のスタイルをとっている。
関西の強化スタイルが、多田のトレーニングに対する判断力を培った面もありそうだ。
「短距離選手としては久しぶりの関西(の大学)からの出場なので、関西代表としても期待されている。勇気を与えられる走りをしたいですね」
“本番でレベルを上げることができる選手”
よく“本番で力を発揮できる選手”と、という言い方がされるが、多田の場合はちょっと違う。
“本番でレベルを上げることができる選手”なのだ。
高校生の全国ナンバーワンを決めるインターハイは、県予選の各種目上位6人、地区予選の上位6人と勝ち抜いた選手が全国大会に出場する。多田は大阪府予選5位、近畿予選も5位で全国に駒を進め、インターハイ本番でも6位に入賞した。
小さな故障などがあって大阪府予選や近畿予選で力を出し切れなかった、と見ることもできる。だが、大学入学直後の関西インカレでいきなり優勝したし、2年時(昨年)の日本インカレも初めて決勝に進出して3位に食い込んだ。そして代表入りは難しいと思われた今年の日本選手権の2位で、一躍スター選手の仲間入りを果たした。
それまでの自身のレベルより1段階上の舞台に初めて出ても(日本選手権は初の決勝進出)、そのレースのレベルに自身を引き上げる。多田は「大舞台のプレッシャーには強いと思う」と自身でも話している。今年2月の米国テキサスでの室内競技会が、アジア以外での初レースだった。
「筋肉がすごい選手ばかりで最初は怖かったのですが、出てみたらみんなフレンドリーで、怖いイメージはなくなりました。楽しい遠征になりました」
3月の豪州遠征では、しっかりと1位をとっている。
5月のゴールデングランプリ川崎は、ジャスティン・ガトリン(米国)や、蘇炳添(中国)ら9秒台選手と初対決。直前に出場することになったが、中盤までトップを走った。
リラックスを意識する選手は多いが、多田は緊張する方が走りは良くなると言う。
織田裕二さんのオールマイトレジャーをダウンロードした理由を問われ、「自分に緊張感を持たせるため」と答えた。
「(トレーニングで)調整する部分もありますが、緊張すると練習よりもアドレナリンが出て、体が軽くなります。その分、速く走れるのだと思います」
世界陸上ロンドンの目標は「100mは準決勝、4×100mRはメダル獲得に貢献すること」。
初めての世界陸上でも、初めての代表でも、多田はそのレベルで戦える選手である。
寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。
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