寺田的世陸別視点

今日はここに注目!Day2 8月5日
男子100mの歴史的な一日を見逃すな!
ボルトの個人種目ラストランと日本選手初9秒台と決勝進出の可能性
◇◇◇◇◇出場日本人選手◇◇◇◇◇
▼男子400m予選 10:45(18:45)
北川貴理(順大)
▼男子100m準決勝 19:05(6日3:05)
サニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協)
多田修平(関学大)
ケンブリッジ飛鳥(Nike)
▼女子1万m 20:10(6日4:10)
松田瑞生(ダイハツ)
鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)
上原美幸(第一生命)
▼男子100m決勝 21:45(6日5:45)
未定
男子100mが3つの点で、歴史的な一日となる可能性がある。
1つめは人類最速のウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、世界陸上の個人種目を走る最後の一日であること。これは、今季限りの引退をボルトが撤回でもしない限り、100%現実となる。ボルトがどう走り、どんな表情を見せ、そして何を話すのか。我々は心して見て、聞いて、一生の思い出としたい。
4日の予選を見る限り、予想通り“ボルト苦戦”の状況になっている。
最終6組を1位通過したが、タイムは追い風0.7mで10秒07。予選1〜5組の1位全員が、ボルトのタイムを上回り、そのうち3つの組では向かい風だった。
ボルトはスタート直後に少しバランスを崩している。
「スターティングブロックが良くなかった。自分が経験してきた中で最悪だね」
ボルトらしく、遠慮のないコメントをレース後に残している。関係者にとっては耳の痛い話だが、小さなことでも口にして、不満をため込まないようにしているのだ。
そう言った直後には、地元観衆への賛辞を素直に話している。
「ロンドンの観衆はいつも素晴らしい。彼らはいつも愛情を見せてくれるし、私も彼らを尊敬している。決勝に向けて自分の仕事をして、ベストを尽くすことに興奮しているよ」
準決勝は3組に登場する。
予選1組で圧倒的な走りを見せた新鋭のクリスチャン・コールマン(米国)に対して、どんな走りを見せるのか。予選で中盤までボルトをリードした多田修平(関学大)も、2レース連続で同じ組を走る。
そして決勝では、2013年以降世界陸上の1・2位を占めてきたジャスティン・ガトリン(米国)や、予選で唯一の9秒台をマークしたジュリアン・フォルテ(ジャマイカ)、東アジア最速の蘇炳添(中国)らと戦うことになる。
TBS解説者の朝原宣治さんが話しているように(コラム第10回参照)、ボルトは劣勢が予想されていても、五輪&世界陸上では勝ち続けてきた。ここ一番の勝負では、そのときの力を100%発揮できる選手なのだ。
個人種目最後の一日も、ボルトの特徴が発揮されるだろう。全盛期の圧倒的な強さではなく、逆境でも勝ち続けるもう1つのボルトの強さを、見ている側ははらはらしながらも満喫できるはずだ。
2つめと3つめの歴史的なことは、同時に達成される可能性がある。サニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協)が、日本人初の9秒台と、世界陸上史上初の100m決勝進出を準決勝で実現するかもしれない(五輪を含めても、日本人の決勝進出は1932年ロス五輪の吉岡隆徳が最後)。
予選のサニブラウンは2組1位。向かい風0.6mで自己タイの10秒05。世界陸上で日本人が出した最高タイムで、五輪を含めても山縣亮太のリオ五輪とタイ記録である。スタートで明らかにリードしたというよりも、スタートから数歩で明らかに勢いに乗って、このまま行くな、という強さを感じさせた。
「(日本選手権後は試合出場がなく)心配もありましたが、体が動きました。ここからもう一段、スピードを上げていきたい。スタートから上げていきたいですね」
予選の走りがすでに、9秒台の走りだった。向かい風ではなく、少しでも追い風だったら間違いなく出ていただろう。それは向かい風で10秒0台で走っている山縣亮太(セイコー)や桐生祥秀(東洋大)にもいえることであるが、今回はサニブラウンにチャンスが巡ってきた。
9秒台を意識するのでなく、世界陸上のラウンドを勝ち抜くことに集中できる状況が、結果的に記録にも結びつく可能性がある。サニブラウンは9秒台について、次のように話していたことがあった。
「自分としてはあまりこだわっていません。しっかりしたテクニックや走りをして、自分らしいフォームで走りきれば、自ずと出るタイムだと思っています。9秒台を出さなければ、と気負うよりも、自分の走りをしたら見えてくるもの」
そして世界陸上については、次のようなテーマと目標だと話した。
「100mだったらスタートの部分でしっかり反応して、スピードに乗って、(やりたい)レース展開ができればな、というテーマで臨みます。目標はボルトもラストレースなので、決勝で一緒に走れれば、という思いがありますね」
9秒台と決勝進出。2つの歴史的な快挙が実現されれば、“日本選手がボルトと同じ決勝レースを走る”という夢のようなシーンを我々は目撃することにもなる。
寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。
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