8月4日開幕

寺田的世陸別視点

第30回2017.08.21

女子長距離で3年連続代表を輩出しているJP日本郵政グループ高橋監督インタビュー
痛感したトラックで戦うために必要な中距離のスピード。
鈴木のマラソン転向への考え方とは?

今大会の日本勢で健闘したといえるのが、女子長距離のJP日本郵政グループ・コンビだ。鈴木亜由子は女子1万mで10位(31分27秒30のシーズンベスト)と入賞に迫り、鍋島莉奈は5000mで15分11秒83と自己新をマークした。
悔しさもある。1万mの鈴木は入賞が目標だったし、5000mでは2人とも決勝進出を狙っていた。だが、全体的に涼しかった気象条件の影響はあるものの、自己新記録を出した日本選手は鍋島と50km競歩の小林快(ビックカメラ)、丸尾知司(愛知製鋼)の3人だけ。自己タイの男子100 mのサニブラウン(東京陸協)を入れても4人である。
JP日本郵政グループは2年前の北京世界陸上でも鈴木が5000mで9位と快走し、昨年のリオ五輪にも鈴木と関根花観が出場した。3年連続代表を輩出している高橋昌彦監督に、世界陸上ロンドンの戦いを振り返ってもらった。そして注目されている鈴木のマラソン進出についても、どういう判断をしていくのかを語っていただいた。

鈴木が1万mで入賞を逃した原因は?

「1万mの鈴木は入賞を狙って8600mから仕掛けましたが、その距離からの(1000m)3分00秒ペースのスパートでは入賞争いをしていたメンバーから抜け出すことはできませんでした。今は1万mのラスト400mを65秒以内で逃げ切るスピードはないので、ロングスパートで勝負をするしかありません。今回は最後3000mが9分05秒でしたが、そこで8分台まで上げるロングスパートができていたら、結果論ですが、入賞の可能性もかなりあったと思います。
今回のレースで悔やまれる点は3700mで、入賞を狙う集団と差を開けてしまったところです。レース前に、レース前半の位置取りについて話をしましたが、鈴木に過度に意識させてしまったことが裏目に出てしまいました。レースが動いたところで外側に行けなかったようです。

鈴木の5000mについては、2種目もちませんでしたね。1万mの後半5000mを15分17秒で走るまで追い込みましたから、思った以上に疲れが残っていた可能性があります。オリンピックや世界陸上で5000mと1万mの2種目を戦うには、高いレベルの転戦を経験することが必要だと感じました。
その点で、5000mで8位に入ったクルミンズ(オランダ)は、1万mでも5位に入賞しています。彼女は北京の5000mでも8位で、鈴木の0.29秒前にいた選手です。モスクワ世界陸上でも8位、リオ五輪でも8位と、必ず8位入賞を確保している。そういった底力を持っているから2種目入賞ができたのでしょう。これからも日本の選手がマークすべき相手だと思います
今回は日本代表としての3シーズンのなかでは、一番走力が上がっていたと思います。それでもまだトラック選手としてはやれることは残していて、伸びしろを感じます。今回は本数を10本の予定だったところを8本にしたり、(レースに近い)1000mのレペのペースを少し抑えたりと、調子が良かった分、そのままの状態をキープする意味で、安全策をとりました。1万mで東京オリンピックの入賞も、射程圏に入っているといえます」

悔しい結果だが、調整法には手応えも

「5000mですが、これはもう中距離でしたね。1500mのスピードがないと5000mは戦えません。1500mで5位のハッサン(オランダ)が銅メダルを取り、1500mで4位のミューア(英国)が6位、さらに昨年のリオ五輪1500m4位のローブリー(米国)が9位。オリンピックや世界陸上など、順位を重視するチャンピオンシップレースでの5000mは、3500mプラス1500m、あるいは4000mプラス1000m、さらに突き詰めれば4600mプラス400mと考える必要があります。
 鍋島を含めて日本の選手が5000mを本気で目指すなら、1500mの小林祐梨子さんの日本記録を切るスピードをつけなければ通用しないと思います。しかし、それでスタミナを失ってしまったら元も子もありません。スタミナを維持しつつ、中距離的なアプローチをしないといけない。あるいは1万mアプローチで、予選を独走で通過したハドル(米国)のような走りをするか。
 
その究極は、アフリカ勢の中ではスパート力に欠けると言われている、1万mの女王アヤナ(エチオピア)なのだと思います。彼女はスピード面でのマイナスを、驚異的なスピード持久力でカバーしています。
鍋島も14分台の力がついてきたと思いますが、大舞台での経験がないので独走したハドルにつく勇気はありませんでした。それでも初出場の今回、ハドルを追いかける集団のトップに立ち、後半のスピードアップに対応できませんでしたが、落ち着いて自身のベストラップでペースを刻み、自己記録を更新したことは大変評価できます。残り3000mが9分00秒で、最後の1000mが2分54秒台。優勝した日本選手権は最後が2分53秒でしたが、初めての世界陸上でもこのタイムで上がれたことは成長した証だと思います。タイムだけでの比較ですが、北京世界陸上に挑んだ社会人2年目の鈴木(決勝に進んで9位)と、同レベルの内容だったといえます。

今回のロンドンでは2人とも目標にあと少しの悔しい結果だったと思いますが、練習の手応え通りの走りはできました。鈴木はラスト1周まで入賞を狙える位置で走ることができましたし、鍋島も最後の1000mまでは予選通過ラインでした。
 調整が上手くできたことも、想定通りの走りができた一因だったと思います。こういった世界大会に臨む選手の緊張やプレッシャーの大きさを考えると、早めに疲れをとって調子を上げることも必要でしょう。選手のタイプにもよりますが、その方が食事もしっかりとれるし、不安を感じず、よく眠ることもできる。そこは東京へ向けて、とても良い経験になったと思います」

1万mか、マラソンか?

「トラック選手として見た場合、鈴木はやはり5000mよりも1万mの方が世界に近いと思います。東京は暑くなりますから、勝負どころで(1000m毎を)3分00秒ペースで押して行けたら確実に入賞できる。その上で最後は2分50秒台で上がるスピードが必要でしょう。鈴木は暑さに強く、夏でも食事をしっかり食べられて、睡眠もよくとれる選手です。世界舞台でもきちんと力が出せるので、引き続き、トラック種目での入賞の期待がかかる選手だと思います。
 鈴木がマラソンに転向するかどうかは、周囲の誰もが注目していることだと思います。最終的には本人次第です。今はまだ迷っていて答えを出せていませんが、私自身は指導者として、彼女がいつでもマラソン練習に入れる準備をして行こうと思っています。
今回マラソンで銅メダルのクラッグ(米国)は、トラックでは鈴木と同じくらいの力の選手です。1万mの途中で3分00秒に上げても対応できる鈴木のスピードがあれば、今のマラソンのペースの上げ下げにも対応できると考えています。
 スタミナについては社会人1年目のボウルダー合宿の最後に、海外合宿の記念的な意味も込めて、チーム全員で一周8.5kmのボウルダーリザボーの周回コース4周(34km)を走ったことがあります。その時はラスト1周でスコールが来て天候が崩れ、少しだけペースダウンはしましたが、全体的にはとても良いリズムで走り切りました。あの時に彼女にはマラソンの適性があることを伝え、将来のマラソン転向の可能性をアドバイスしています。

今回のロンドンでの競歩選手やリレー選手たちの活躍を見て、鈴木自身は改めて「メダル」獲得への想いが強くなったと思います。今回1万mで入賞できていたら、「メダルに」と、すんなりマラソンに向かって行けたかもしれません。
マラソンで東京オリンピックに間に合わせようとしたら、じつはそれほど時間はありません。来年5000mや1万mで日本記録を狙って、その冬にマラソンに挑戦するとしたら、MGC(マラソングランドチャンピオンレース。五輪最重要選考会で、実質的に代表2枠がこのレースで決まる)まで半年少々しか準備期間がないことになります。
今のマラソンでメダルを獲得するには、5000m、1万mのスピードが必要なことは明らかなので、トラックの日本記録は引き続き狙って行っていいと私は思います。ただし、マラソンを目指すのなら、マラソン練習の過程でトラックの日本記録を狙っていくべきです。それはさかのぼると、日本のマラソン界がやってきたことです。約30年前に瀬古(利彦)さんや宗兄弟(宗茂・宗猛)、中山(竹通)さんが、世界トップクラスに君臨していた時代の考え方なのだと思います。

今言えるのは、どこかのタイミングで鈴木にハーフマラソンに挑戦させてみたいということ。彼女のトラックでの走力や駅伝で見せるロードの走りからすると、福士加代子選手や野口みずき選手のように1時間7分台で走る力はあると思います。
これまでの取り組みでもそうでしたが、鈴木は段階を踏みながら1つ1つの目標を確実にクリアして行く選手です。そして必ず、より良い選択をして行く選手だと私は思っています」

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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