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田口久美子 『書店繁盛記』 ポプラ社 1680円 |
2006年10月05日 |
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今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。
田口久美子 『書店繁盛記』 ポプラ社 1680円
★このジュンク堂池袋は、9階までのフロアが全部書店で、日本一の床面積と言われています。行かれたことのある方も多いと思いますが、まさに本のデパートですね。とにかく、いま流通している本はたいてい置いてあるといって過言ではない。専門書を揃えていることを特色に打ち出していて、例えば仏教書の棚には『國譯一切経』や『大蔵経』なんて、誰が読むんだと思うような本がずらり並んでいるんです。『書店繁盛記』は、そんな大型書店の裏側が描かれている本なのですが、読んで感じるのは、いかに書店員という仕事が大変か、書店は出版業界の矛盾や変化をモロに映し出す鏡だということ、それにひどいお客さんが多いことなどです。
★まず「書店は今大きな曲り角に来ている」と著者は言います。一つは小さな書店が町からどんどん消え、かわって、ジュンク堂に代表される大型書店が次々と進出していること。それに、「アマゾン」など、インターネットで本が買えるオンライン書店が普及することで、書店マーケットを侵蝕していること、が挙げられます。例えば冒頭、ジュンク堂に学者の御厨貴さんが自分のゼミの学生さんたちを連れてくる場面があります。「ウチの学生たちは書店で本を買う、ことをしないので」、それで課外授業として書店で本がどう並んでいるかを見学に来た、というのです。買うのはネットで、本屋に行かない。まず、これに驚きます。ぼくなど学生時代、ほとんど本屋とジャズ喫茶と映画館にしか行かなかった人間にすると、信じられない光景。大学の先生に本屋に連れてきてもらうなんて。
★だから本屋に慣れていない、本の買い方を知らない客が増えていることが、この本を読むとわかります。実際、ひどい客が多い。平台の本の上に座って本を読んでいるお客がいて、注意するとにらまれた、とか。通路でナポリタンを食べている客がいて、これは注意したらすいませんとあやまったが、ずっと食べ続けていたとか。手に取った文庫のページの角が少し折れていたというので、3時間も怒鳴り続ける客とか。マナー違反を通り越して、ちょっと怖くなってくる。
★それでいて、書店員の給料は業界で下から2番目に低い。これは大変です。そんな大変な仕事をなぜやっているか、というと、これは「本が好き」というしかない。日本の書店はやっぱりすごいな、と思わせられるのは、例えば、「日本ではあらゆる国の小説が翻訳されている」こと。著者は翻訳の出てない国を羅列していきますが、アジアでは翻訳されていない国はないのでは、と書いている。だから、ラテン系の男性客が、チリの女性が書いた本を探しに来て、その翻訳本を見つけて言います。「僕の国では彼女の本が手に入らないの、僕の国の作家なのに」。また「日本語が読めるといろんな国の本が読めるよ」とも言う。これは、慣れっこになっている僕たちがふだん気づかないことですよね。
★著者は書評なども各雑誌に発表していますが、本読みのプロでもある。「このごろは高校時代の学校生活を舞台にした、もしくは底に流れている小説が多いなあ、売れているなあ」という。たしかに桐野夏生『グロテスク』、綿矢りさ『蹴りたい背中』、白岩玄『野ブタをプロデュース』など、みんなそう。そこから、いまの若い書店員の話を聞くと、「誰もが一様に息をつめたような、神経を張り詰めた高校時代を送っている」と感じる。そして、やっぱり「小説は生き物で、世の中の動きをすくいとりながら書きつがれる」と言います。これはそのとおり、だと思いました。
★いま書店員は、本のことを知らない、態度が悪い、と悪口を言われがちです。じっさい、ここでも司馬遼太郎、松本清張の名前が読めない、若い書店員の話も出てきます。しかし、この本を読むかぎり、彼等はみんな日々、いかにしたら本が売れるか、客にうまく本が届くかを考えて奮闘努力しています。それを知ると、日本の書店はがんばっているなあ、とうれしくなってきます。 |
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ロン・マクラーティ 『奇跡の自転車』 新潮社 2730円 |
2006年09月28日 |
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん
(=文芸評論家の北上次郎さん)です。
ロン・マクラーティ 『奇跡の自転車』 新潮社 2730円
★主人公はスミシー・アイドという43歳の男。体重は一二六キロを越え、ウエストは117センチ。本当は46インチなのに42インチ以上のズボンは買ったことがないので、「腹は水のつまった風船でもかかえこんでいるみたいに、どおんと前へせりだして」いる。おもちゃの製品検査係で、ガールフレンドはいない。友達さえいない。夜になると、ビールを飲み、ジャンクフードを食べながらスポーツ中継を見るだけ。主人公のスミシー・アイドはそんな日々を送っている。
★そんななか両親が亡くなり、その遺品を整理していると、父に宛てた手紙を発見する。それは、20年以上も消息を絶っていた姉ベサニーの死を伝える手紙で、かくて彼は姉の亡骸を引き取りにロサンジェルスまで自転車で大陸を横断していく。
★行く先々でさまざまな人と知り合い、裏切られ、助けられ、スミシー・アイドは多くのことを学んでいく。そのそれぞれのエピソードが実に鮮やか。多くのロード・ノベルがそうであるように、すなわちこれは成長小説でもある。主人公が四十三歳なので、それでも成長小説なのかよ、と言われるかもしれないが、アルコールとジャンクフードの中で死んだように生きているスミシー・アイドが、その日々から脱する力を身につけていくという点で、まぎれもなく成長小説といっていい。43歳からでも人は変われるということが、読者を元気づける。
★もう一つはその旅の途中で、回想がどんどん挿入されること。姉ベサニーは心を病んでたびたび奇行に走る(服を脱ぎ捨てたり、家出をしたり)のだが、そのたびにふりまわされる家族の様子。振り回されながらも家族みんながベサニーを愛していた記憶。それらの光景がきらきらと光っている。
★隣人だったノーマという女性もいい。彼女はスミシー・アイドよりも四歳下で、いつもスミシーと遊びたがり、どこにでもついてきた。その屈託のない少女が交通事故に遭遇し、車椅子での人生を余儀なくされ、スミシーとの交際が途絶えるが、30年たって、大陸横断するスミシー・アイドの電話の友となる。この静かな交流が物語にゆったりとした感動と未来への希望を与えている点は見逃せない。
★冒頭の数行を読んだ瞬間に、これは傑作だ、とわかる小説がある。時には本を手に取った瞬間、つまり読み始める前に、これは傑作だと感じる場合もあるが、こちらはさすがに半分しか当たらない。しかし冒頭の数行の予感は滅多に外れない。たとえば本書の冒頭は次のようなものだ。
「両親のフォード・ワゴンが、メイン州ビッドフォード郊外で、US九五号線の中央分離帯のコンクリートに激突したのは、一九九〇年八月のことだった」
まだ両親が若く、主人公が幼かったころの幸せな団欒風景と、そして徐々に忍び寄る暗い亀裂の予兆が、ここから一気に浮かんでくる。幸せでありながら同時に不幸せでもあるという家庭の風景が、この数行にこめられている。これはもう傑作に違いないと予感して読み進むと、何とその通りに展開していく。
★本書はもともとオーディオ・ブックしか存在しなかった。しかし、あのスティーヴン・キングが「読むことのできない最高の本」と題して「エンターテインメント・ウイークリー」に書評を寄せたのである。「このオーディオ・ブックをみんなが注文してほしい。そうすれば、これは印刷された本になるかも知れない。つまらない本ばかりが跋扈する出版界に、みんなで歴史を作ろうではないか」と書いたところ、出版7社によるオークションが繰り広げられ、あっという間に出版されたという。スティーヴン・キングの影響力はすごいという話ではなくて、それだけ本書には力があるということなのである。 |
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池井戸潤 『空飛ぶタイヤ』 実業之日本社 1995円 |
2006年09月21日 |
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今日の担当は、書評家の岡崎武志さんです。
池井戸潤 『空飛ぶタイヤ』 実業之日本社 1995円
★こういう仕事、というのはつまり本の紹介をしていて、一冊を一気に最後まで読むということは実は少ないんです。阪神の試合も見なくちゃいけないし、あれこれ雑用があったり、ほかにも読む本があって、たいていはブツブツと切りながら読む。ところが、今回、ひさしぶりに朝までかけて一気に読んだ小説があるので紹介します。
★『空飛ぶタイヤ』は、タイトルだけ聞くと、SFか荒唐無稽な話のようですが、きわめてリアルな現代的なテーマの小説です。主人公の赤松徳郎は親から引き継いだ小さな運送会社「赤松運送」を経営する40過ぎの、髪の薄くなったさえないオヤジです。およそ小説の主人公には一番なりにくいタイプ。彼の会社の運転手が事故を起こすところから物語は始まります。
★トレーラーから外れたタイヤが歩道を歩いていた主婦を直撃し、死んでしまう。新聞に大きく報道され、加害者として社長の赤松は矢面に立たされる。警察の調べの結果、運転手も赤松社長も逮捕はされないんですが、以後、赤松を待っているのは悪いことばかりです。悪いことばかりが津波のように押し寄せる。
★まず大きく報道されたことで会社の信用はガタ落ち。事故車両の荷主が600万の調整金の要求と取引停止を通告。銀行は融資を停止し、小学5年の子供は学校で「人殺し」といじめられる。会社には家宅捜索が入り、創業以来の危機に直面する。もう、このあたり読んでいてつらい、つらい。我が身に置き換えると、とても耐えられそうにない。読むのをやめたくなります。
★問題の車は財閥系の名門自動車会社ホープ社の車でした。ホープ社は赤松運送 の整備不良、と決めつけて、自社には何の落ち度もないという対応を見せますが、じつは、半年前にもホープ社の車で、同じようなタイヤの脱輪事件があったことを赤松社長は知る。そこで、自動車部品そのものの欠陥を疑い、ホープ社に掛け合うが、客を客とも思わぬ、あまりにひどい応対に怒ります。人ひとりが死んでいるのに、なんとも思っていない。陰で赤松社長のことを「ただの莫迦」なんて言う。
★じつはそこに大手自動車会社の大掛かりなリコール隠しがあるという疑いがあることに赤松社長は気づく。ところが銀行も得意先も警察も問題の自動車会社もまったく相手にしない。悪いのはお前だろうという態度を取る。赤松社長は、会社と自分の家族を守るため、たった独りで、ホープ社を告発しようと調査に乗り出す。象にアリが食いつくようなものです。
★途中、週刊紙がこの事件の背後にある不正に感付き、取材に動き出す。ホープ社のリコール隠しがスクープされれば、赤松社長にとってはこれが頼みの綱となる。しかし……物語は最後の最後までもつれて、ようやく結着を見ます。ハラハラドキドキの2段組、500ページ近い長編小説を流れるのは、中小企業のオヤジを甘く見るなよ、やるときはやるぞという熱い思いだと思います。読み終わったのは朝でしたが、興奮して、しばらく寝付かれなかったですね。
★最後に「本作品はフィクションであり、実在の個人・団体・事件とはいっさい関係ありません」とは書いてありますが、誰が読んでも、これはありえる話だと思う。そこが怖いところです。 |
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北上次郎 『エンターテインメント作家ファイル108国内編』 2310円 本の雑誌社 |
2006年09月14日 |
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん
(=文芸評論家の北上次郎さん)です。
北上次郎 『エンターテインメント作家ファイル108国内編』 2310円 本の雑誌社
★「北上次郎」は書評家としての私のペンネーム。手前みそで恐縮ですが、この本は北上次郎としての30年間にわたる書評活動のなかから、108人の作家についての書評を厳選したもの。新聞や雑誌などあちこちに書評を書いているので、今までまとめることなんて考えたことはなかった。ただ、20年前からワープロを使っているのでそのデータが残っている。20年分のデータに加えて、さらにそれ以前のものについては図書館や本屋で探し出して、編集担当者に読み直して選んでもらった。実は編集担当者の労作。とはいえ、自分の作品を論評してもしょうがないので、この書評集の中から特にお薦めの3作品を紹介したい。
阿佐田哲也『ドサ健ばくち地獄(上・下)』 角川文庫
★タイトル通りギャンブル小説ではあるが、間口を狭めたくないので、ここでは心理小説の傑作として取り上げたい。阿佐田哲也は『麻雀放浪記』の方が有名だが、私はこちらを最高傑作として推す。ここで扱われる種目は「手本引き」。昔の大映映画で江波杏子が「入ります」とやってたやつである。
1から6までの数字の中から親がひとつ選びそれを子が当てるだけのゲームだが、単純であればあるほど奥が深いというギャンブルの真理通り、世界最高の種目といっていい。6つの数字の中から親がどの数字を選ぶのか、子は親の心理を必死に読み、親は子の真理を懸命に読んで、その裏をかこうとする。息詰まるような密室の心理戦が行われることになる。その迫力と興奮は他に類を見ない。ギャンブル小説を心理小説に転換した大傑作。
佐藤多佳子『しゃべれども しゃべれども』 新潮文庫 620円
★対人恐怖症のために仕事をしくじりかけている青年、口下手なために失恋した娘、生意気なためにクラスでいじめにあっている小学生、あがり症のためにマイクの前に座ると途端に無口になる野球解説者、要するに自分を表現することが苦手なために、周囲とぶつかっている人間たち、世の中と折り合いがつけられずに苦しんでいる人間たちがいる。そんな4人が若い落語家のもとに集まっている。それが何の解決になるのか、誰にもわからないが、とにかくそういう展開になる。幼児虐待も出てこないし、派手な殺人事件も起こらない。ところがこれが実に読ませて飽きさせない。胸キュンの恋愛小説である、克己の物語であり、そしてむくむくと元気の出てくる小説なのである。
高橋克彦 『火怨−北の燿星アテルイ(上・下)』 講談社文庫
★以前にも紹介したが、これはホント、すごい。ぶっ飛びものの傑作である。血湧き肉踊る物語であり、壮大な小説でもある。台は8世紀の東北。主人公は蝦夷のリーダー、アテルイ。蝦夷の平和な暮らしと風土を守るために朝廷軍と戦った東北の英雄である。何度も目頭が熱くなる。その連続で、息苦しくなる。血が脈打つ小説とはこのこと。10まさ年に一度の傑作。本を読む喜びのすべてがここにある。作者の高橋氏自身、東北の出身。作者の思いが込められた陸奥3部作『天を衝く』『火怨』『炎立つ』(いずれも講談社)は必読。 |
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大島一洋 『芸術とスキャンダルの間』 講談社現代新書 798円 |
2006年09月07日 |
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今日の担当は、書評家の岡崎武志さんです。
大島一洋 『芸術とスキャンダルの間』 講談社現代新書 798円
★ハンカチ王子はじめ、最近あんまり話題が多すぎてかすんでしまいましたが、今年5月、日本の画家の盗作疑惑事件がありました。芸術選奨を受賞した和田義彦という画家の作品が、イタリアの画家スーギ氏の作品とそっくりだった、という事件ですね。二つ並べたら子どもでもわかりますが、そっくりというよりほとんど同じ。盗作というより模写に近い。事件発覚後、和田氏はピカソの名まで挙げて弁明していましたが、苦しかったですねえ。大阪弁では、こういうのを「どつぼを踏む」と言います。
★戦後の日本美術界で新聞ネタになった事件を紹介するこの『芸術とスキャンダルの間』でも最初にやっぱりこの和田氏の盗作事件を取り上げてるんですが、和田氏の名前もスーギ氏の名前も、この事件が起こるまで、一般人は知らなかったという点がおもしろいと言います。スキャンダルで有名になった。著者の大島さんは、今後、二人の作品の値段は上がるだろうと言うのです。つまり、スキャンダルで有名になり、その話題性に客が集まるというわけです。皮肉なものですが、この『芸術とスキャンダル』を読むと、このような事件が戦後の美術界にひんぱんにあった。そして、われわれ一般人はふだん芸術とは縁遠く、芸術選奨を受賞した絵より、ハンカチ王子の使ったハンカチの方が関心がある。何か事件があったときに初めて芸術が身近になる。情けないけど、たしかにそういうところがありますね。
★この本は、第一部が贋作編、つまりニセモノの話、第二部が盗難・裁判編と分れています。全部で十四章ありますが、正直言って、めちゃくちゃ。これほど美術の世界が金で動く魑魅魍魎たちの暗躍する世界とは知りませんでした。超一級の美術作品となれば億単位の値がつきますから、当然といえば当然ですが。「天才詐欺師・滝川太郎」、「謎の佐伯祐三現わる」、「北王子魯山人の怪」、「棟方志功にはなぜニセモノが多いのか」、「名画盗難と三億円強奪事件」と、目次を追うだけでワクワクしてきます。
★たとえば「北王子魯山人の怪」。魯山人という名は聞いたことがあると思いますが、陶芸から書や絵もものにして、それに食通でもあった「美の巨人」です。彼は昭和34年に死んでいますが、死後人気が高まります。昭和34年には
東京日本橋の白木屋デパートで陶器と書画の遺作即売展が開かれ、大いに話題を呼びます。ところが、ここに出品された作品はニセモノが多いと新聞にすっぱ抜かれ、ついに警視庁まで捜査に乗り出す騒ぎとなる。そこで魯山人の弟子三人による鑑定会が開かれ、疑いのある34点のうち、8点を真っ赤なニセモノと判定する。ところが、この即売展の仕掛人である古美術商の秦秀雄が反論する。秦はニセモノとされた骨董の箱書きまでしているから、信用にかかわる。さらに納入した古美術商の「米政」主人も徹底して鑑定会の三人を攻撃する。で、困ったことに鑑定会の代表は謝ってしまうんですね。「迷惑をかけたことは恐縮しています」と。しかし週刊紙によれば、魯山人の作品には大がかりな偽 造ルートがある。結局なにがなんだかわからない。
★著者はこの事件で「すくなくとも、素人は簡単に美術品に手を出すな、という教訓は残したと言える」と結論づけています。一流デパートで売られて、しかも古美術商のお墨つきで、ニセモノだったとすると、ほとんど素人はお手上げですよね。
★版画家の棟方志功もまた、ニセモノが多い作家のようです。昭和33年に発売された限定300部の版画は、刊行した会社がお金ほしさに、印章やサインを偽造して全部で7000枚刷ったといいます。警視庁がのちに5000数百枚を回収したが、1600枚余りが市場に流れた。棟方志功はその後も何度もニセモノ事件が起きている。なかには作品そのものはホンモノなのに、箔をつけるためにニセモノの鑑定証を作って逮捕された事件もある。ほとんどマンガですね。版画はもともと原版のプリントですから偽造しやすいという事情もある。
★盗難編でおもしろかったのは、フランスの美術館からモネやルノワールの名画を盗み出し、昭和61年に日本の銀行から3億円を盗み出した事件が同一の犯人グループの仕業で、そのなかに藤曲(ふじくま)信一という日本人が混ざっていたという話です。藤曲はおよそ30年前にフランスでヘロインの持ち込みで逮捕され、パリ郊外の刑務所に入りますが、そこでフランスマフィアのボスと知り合い、しかもフランス語を修得する。一挙両得です。恩赦で出獄したあと、帰国してフランスマフィアの手先になり、来日したアラン・ドロンの世話役をつとめたりする。そしてさっき申しました名画の盗難と三億円強奪にかかわる。日本の警察がもたもたするうち、フランスから美女のミレイユ警視が乗り込んでくる。まるで「ルパン三世」の世界。
★著者も書いていますが、この手の事件は犯罪は犯罪なのですが、殺人が絡むことはなく、陰惨というより、どこか滑稽がつきまとう。どうせ億のつく単位の美術品とはわれわれ縁がないですから、不謹慎ですが読んでいて楽しい。美術品は展覧会で見るだけで、飾るのは複製でいいんじゃないのかな、というのがぼくの意見です。小林秀雄はゴッホの複製からゴッホ論を書きました。本物をその後見たけど複製ほどの感動はなかったと言います。お金、しかも莫大な額がからむと、どうしても犯罪が絡んだり、生臭くなる。そこに人間の本質が見えるとも言えます。そんな人間模様がうかがえる本でした。 |
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