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戸松淳矩(とまつ・あつのり)『剣と薔薇の夏』
東京創元社 2940円
2004年08月05日
ブックナビ推薦本
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(文芸評論家の北上次郎さん)です。

★戸松淳矩(とまつ・あつのり)『剣と薔薇の夏』
東京創元社 2940円

★歴史ミステリの傑作が登場。『名探偵は千秋楽に謎を解く』など青春ユーモアミステリで知られる著者が、10年以上かけて書き上げた畢生の大作。東京創元社創立50周年記念出版というだけあって、二段組みで500ページ近い堂々たるスケールの作品。

★舞台は1860年(万延元年)、徳川幕府が派遣した遣米使節団の訪問に沸き立つニューヨーク。そこで殺人事件が起きる。殺人現場には遣米使節の歓迎委員会のメンバーにのみ配られたバッチが。そして、さらに次々に怪事件が。

★というと、幕末のサムライが初めて見るアメリカの地でカルチャーショックを受けながら、、、といったストーリーを予想するが、さにあらず。意外にも主人公はアメリカ人、新聞社アトランンティック・レビューの敏腕記者ウィリアム・ダロウ、相棒は挿絵画家のフレーリ。2人は元漂流民の日本人ジューゾ・ハザームの助けを借りながら、サムライ使節団の取材と平行して、事件の謎を追っていく。

★あくまでも視点はアメリカ人。登場する日本人は舞台装置でしかない。「日本人が書いた翻訳小説」の趣がある。 本作の装丁を担当したアメリカ在住の画家もゲラを読んで、「アメリカ人が書いたと思った」と。

★魅力は何と言っても、歴史小説としての面白さ。19世紀半ばのアメリカの状況が非常によく調べられていて、南北戦争前夜のアメリカの大状況、すなわち、奴隷制をめぐる南北の対立、南部と北部の経済構造の違い、そして細かい風俗まで緻密に描かれている。これが実に読ませる。

★1860年当時、日本の使節団がなぜ全米各地であれほどの大歓迎を受けたのか?歓迎したアメリカ人の心情が丁寧に、当時のアメリカ人にとっては、日本は遠い未開の地。それがアメリカ指導によって文明の優等生になった。だから、教育者としてのアメリカにとっては礼儀正しい日本人の存在が嬉しい。今に続く、アメリカ人の気質がよく分かる。

★ミステリーとしては若干強引なところもあるが、歴史小説の部分の魅力でたっぷり読ませる。アメリカ人とは何かということが丹念に描かれており、小説として堪能できる。リンカーン、勝海舟、福沢諭吉、ジョン万次郎など歴史上の有名人が何人も登場し、時代を立体的に浮かび上がらせる。ミステリファンだけでなく、歴史小説好きにもお薦め。

★夏休み、特に予定もなく家でゴロゴロするという方は、ぜひ本書を購入し、冷房の効いた部屋で没頭して欲しい。ちょっぴり値段は張るが、たっぷり2日間楽しめることは保証します。
『大阪ことば学』 尾上圭介 講談社文庫 650円 2004年07月29日
ブックナビ推薦本
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今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。

★『大阪ことば学』尾上圭介 講談社文庫 650円

★最近、電車などに乗っていて気づくことが、大阪弁をよく耳にすることです。学生らしき若者や、サラリーマンがわりと平気で大阪弁を喋ってる。僕は東京に出てきて15年になりますが、15年前は出版社の人と話していて、出身を聞いて初めて大阪とわかったケースが何度もある。大阪の人でも東京へ来れば、仕事で標準語で喋ってた。ぼくもそうでした。大阪の人は、よく他所に行っても言葉を直さないと言いますが、ぼくの印象は違ったんです。それがこの15年で、東京で大阪弁で喋って大丈夫というコンセンサスができたのではないか。

★そこでこの本、『大阪ことば学』は、言語学、社会学のバックボーンを持ちながら、読むと笑える大阪弁の研究書です。だいたい、大阪弁というと、すぐ漫才で使われることばを例にとり、汚い、下品、乱暴、あつかましい、反理性的とつぎつぎに悪口が並ぶ。悪かったな、下品で。しばくぞ、ほんまに(失礼しました)。しかし、この本を読んで、胸がすーっとした。大阪のことばを誇りたくなりました。

★著者は大阪市の十三で生まれ、阪神間で中、高を過ごし、東大入学のため上京、十一年の東京生活を経て神戸へ戻る。いわば関西弁と標準語のバイリンガル。しかもお笑いの好きな国語学の教授とあって、こういう本を書くにはうってつけの人。詩、テレビドラマ、実際の日常会話、ヨシモトなど多彩な実例を挙げて、大阪弁の特質をあぶり出している。

★例えば、一番わかりやすい例が、大阪人は返事をするときことばを二回繰り返す。これ、言われるとやりますねえ。例えば、、、

「おい、あの話、聞いたか?」「聞いた、聞いた」
「今日は暑いなあ」「いやあ暑い、暑い」

返事を繰り返すんです。オプションとして、「聞いた、聞いた。聞き過ぎて、耳から血ぃ出たがな」とか言います。なぜ一回じゃなく二回繰り返すか。
よその地方の人によってはこれがけっこう耳障りであり、大阪を舞台にしたテレビドラマでは返事を繰り返す会話を「失礼」とするクレームの投書が何通も来たという。

★なぜ、大阪人は繰り返すか。著者は、せっかく好意で話しかけているのに、大阪人は返事が「一回だけではあいそがない」と思う。「よう声をかけてくれた、あんたとこうして話をすることがわたしもうれしい」という気持ちを込めて、返事が一回ではあいそがない。二回言うたほうがええ。「暑い、暑い」という。つまりサービスなんですね、二回目は。タダですから、言葉は。

★著者は、これこそ社交におけるきわめて洗練されたかたちの接触の仕方だと言います。それは「都市の文化」だと。よう、言うてくれはりましたなあ。ありがとう、ありがとう。

★平成七年に阪神大震災がありました。被災地でテレビが取材していたときのこと。被災三日目の飲まず食わずのおばさんがこんな話をしたというんです。

ニュースを見て、みんなが心配してくれて、親類が飛んできた。そこで親類が被災者に聞いた。「『今、なにが欲しい』と尋ねるから、『家が欲しい』言うたら、『そら、わしらも欲しい』て……」

未曾有の恐怖の体験をくぐりぬけて、なおも笑いを取ろうとする。そこに「暗い話をただ暗く話しても仕方がない」「自分自身のことを人さまにゆっくり聞いていただく時のたしなみ」があると著者はみる。

★ちかごろ人間関係のトラブルで殺人やら、ぶっそうな話があります。で、この大阪弁の持つ特質、言葉のサービス、自分が不幸でも、まわりの空気をなんとかなごませようという精神。ここには学ぶべきものがあるんじゃないか。人間関係をうまく回転させる油のような力が大阪弁にはある。

★最近の調査では、「大阪弁が好きだ」という東京の若者は75%。その辺の感じを、若い人は早くも察知してるかもしれない。とりあえず、今日から返事は二回繰り返す練習をしましょう。
「わかったか?」「わかった、わかった」

『本屋さんになる!』
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※岡崎さんが新作『本屋さんになる!』メタローグ1680円を発表しました。若い人の間で自己表現と生活の糧を兼ねた職業として注目されている「小さな本屋さん」についてまとめたノンフィクションです。
『朽ちた花びら−病葉流れて II 』白川道(しらかわ・とおる)
小学館 1680円
2004年07月22日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(文芸評論家の北上次郎さん)です。

★『朽ちた花びら−病葉流れて II 』白川道(しらかわ・とおる)
小学館 1680円


★「週刊ポスト」に連載された自伝的な青春ギャンブル小説の傑作。メインで描かれるのは麻雀だが、今どき珍しく牌活字が使用されている。麻雀小説としても阿佐田哲也の『麻雀放浪記』を彷彿とさせる傑作だが、同時に『麻雀放浪記』と同じくギャンブルを通じて成長する若者の姿を描いた青春小説、ビルディングス・ロマンでもある。前作『病葉流れて』(小学館)の続編だが、この作品から読んでも問題ない。

★デビュー作の『流星たちの宴』(新潮文庫)は、バブル期に仕手集団を率いた相場師の姿を描いたハードボイルド小説だったが、『病葉流れて』&『朽ちた花びら』は、その主人公・梨田雅之の大学生時代の青春を描いている。

★時代は昭和30年代末〜40年代初め頃?(作者は昭和20年生まれ)。主人公・梨田は、前作でとある国立大学に入り、学生寮で麻雀を覚えた。今回はその後大学を卒業するまでが描かれるが、相変わらず麻雀漬けの日々。卒業が近づき学友たち就職を決めていくなか、夜の街でクラブのボーイをやりながら、高額レートの麻雀を打っている。

★若い梨田は、いろいろな局面で失敗を繰り返しながらそこから学び、成長していく。梨田が成長していく過程が非常にうまく描かれている。ただ、やたらと女にモテることだけはちょっと気に入らないが(笑)。

★ギャンブルはすぐに結果が出る。人はギャンブルを通じて何度も人生の疑似体験をすることが出来る。1回1回の勝負が人生の縮図。ギャンブルは何度も何度も痛い目に遭いながら人生を学ぶことが出来る。だからギャンブルは教訓に満ちているものなのだ。

★「冷静さを欠いてはいけない」、「人を外見だけで判断してはいけない」こんな人生にとって普遍的な教訓をギャンブルから得ることが出来る。さて、私は毎週競馬場でどれほどの教訓を得ているのだろうか(笑)。

★麻雀がわからない人には面白くない小説かというと、、、さにあらず。阿佐田哲也の『麻雀放浪記』は麻雀をしない人たちからも絶賛された。ギャンブル小説の傑作というものは、その種目を知らない人が読んでも面白いもの。この『朽ちた花びら』も同じく。卓上の戦いを通じて社会を知り、成長していく若者の姿を描いた青春小説として素晴らしい。

★思えば、ディック・フランシスが長い間なかなか広く読まれなかったのは帯に「競馬ミステリ」とあったから。本当は誰が読んでもミステリとして傑作なのだが、、、。『朽ちた花びら』もギャンブル小説ということに囚われず、幅広く読んでもらいたい。
『昆虫おもしろブック』光文社 知恵の森文庫
矢島稔・松本零士 880円
2004年07月15日
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矢島稔・松本零士『昆虫おもしろブック』
光文社 知恵の森文庫 880円


★もうすぐ学校が夏休みに入ります。子どもにとっては楽しい、親にとってはいささか憂鬱な一カ月あまりですね。先日、小学三年の娘が突然、虫捕り網が欲しいと言い出した。困った。虫捕り網っていったいどこに売ってるんだろう。にわかには、それがどこで手に入るか分からない。結局、の駅前にある古い雑貨屋で竹の柄がついたのを手に入れた。三六五円だった。安い! 店のおじさんは「虫捕って、いい夏休みにしなよ」と娘に声をかけてくれた。これこそ反マニュアル的商売。帰りに虫捕り網を持って歩いていると、何人かの大人がこっちを見ました。やっぱり懐かしいんでしょうね。

『昆虫おもしろブック』は、少年の日にチョウやトンボを追いかけて野山を駆け巡った二人による、不思議でおもしろいムシ王国への招待状である。文を昆虫博士の矢島稔さん、イラストを『宇宙戦艦ヤマト』の松本零士さんが担当している。読めば読むほど昆虫ってうまくできた生き物だなとわかる。よく人間が死滅したあとでもゴキブリは生き残ると言われるが、四千万年前のコハクの中にとじこめられたアリは、現代のものとほとんど変わっていないという。それに比べて人類はたかが五百万年。人間なんて生物世界の「成り上がりもの」だと矢島さんはいう。それに比べ昆虫は完成された生物。ハチの目玉は自動的に絞りが調整できるEEカメラみたいなもんだし、スズメガのかたちは超音速機のコンコルドそっくり。航空力学にのっとったかたちになっている。チョウの羽の色、きれいな模様は、チョウの身体から出た老廃物、いらないものが成分になってできている。一人リサイクル。

★昆虫たちの生態を紹介したウンチク話をどれもおもしろい。例えばチョウ。「チョウの世界では、オトナになったメスは日ならずして全部交尾済み、売れ残りなしで、三日も四日も生娘のままでいることはまずない」。よって「チョウに処女なし」。あるいは山道で、ひらひら舞うキチョウを捕まえたいとき、どうすればいいか。おしっこをすればいい。キチョウはアンモニアの臭いがお好きらしい。おしっこにチョウが集まってくる。

★ アリには二つの胃袋がある。ひとつは自分で消化し、もうひとつは仲間のための貯蔵庫。道端でアリ同士がキスしてるシーンを見かけるが、あれは、食べ物を分けているのだという。だから「若いもの同士は兄弟の盃をかわした仲」であり、アリ社会は「ひとつひとつの巣が、女王という“母親”に忠義を誓った“家族集団”」だと説明する。アリは仁義を重んじ、義理人情にあつい!

★夏の風物詩といえば、セミしぐれですが、ドイツのセミは日本ほど鳴かないそうです。だからドイツ人が、日本に来て夏の日、木がわんわんと鳴いているので、驚いたとい うような話も紹介されている。「あの木を持って帰りたい」と言った(笑)。そのセミは、五、六年土のなかにじっとしていて、地上に出て、わずか2、3週間で交尾、産卵をしてあわただしくこの世を去って行く。悲しいですねえ。

★ほんとうは昆虫学の難しい話なんでしょうが、擬人化、人間と比べることで親しみやすくわかりやすく書いている。いまの子どもたちは、昔の子どもほど虫捕りをしないので、チョウでもセミでも怖がると言いますが、この本に書かれたような話を、親がしてやれば、ちょっと変わってくるんじゃないでしょうか。「いっさいがっさいが虫けらの中にある」とファーブルが言ったそうですが、この夏休み、子どもと一緒にムシ捕りにでかけてみようと思っています。ただし、チョウを捕まえるからと言って公園でおしっこはダメですよ。
笹生陽子(さそう・ようこ)『ぼくは悪党になりたい』
角川書店 1365円
2004年07月08日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(文芸評論家の北上次郎さん)です。

★笹生陽子『ぼくは悪党になりたい』
角川書店 1365円

★高校生のエイジが語り手となる長編。このエイジの日常生活が少し変わっている。母親のユリコは輸入雑貨のバイヤーで、年に数回世界各地に買い付けにいくので、その間、エイジが掃除に洗濯、炊事に買出し、そして九歳の弟ヒロトの世話、その他もろもろをしなければならない。父親がいないのは、母ユリコが一度も結婚しなかったからで、つまりは未婚の母。弟ヒロトとは父親が違う。だから、母が留守になると、エイジが生活全般の面倒をみなければならない。本書はいつものように母親が海外に出掛けた2ヵ月間の物語。

★ところが修学旅行の直前に、ヒロトが水ぼうそうになり、困ったあげく、母親から渡されている「緊急時用」のアドレス帳をめくることになる。それは「おそらく全員が母親の元恋人か、恋人候補のポジションにいる人たち」の連絡先で、留守番中に玄関ドアの鍵が壊れたときなど、アドレス帳からあてずっぽうに名前を選んで電話すると、見ず知らずの男友達がふたつ返事で助けにきてくれたことがある。大変に便利なアドレス帳なのだ。そこで、家が近くて会社勤めをしてない人を選んで、今度も電話すると、初めて電話したにもかかわらず、杉尾ヒデノリが駆けつけてくれる。杉尾は三十一歳、自宅でパソコン関係の仕事をしているらしい。エイジが修学旅行に行っている間も看病してくれるというから、これで安心。しかし、杉尾は「こんなに早く会えるとは思ってもいなかった」と言うから、穏やかでない。それは、どういう意味?

★『ぼくは悪党になりたい』は、「生きたいように生きているのはぼくの周囲の人たちで、その輪の中で、ぼく一人だけが貧乏くじをひいている。おかげで同期の誰よりも先にストレス貯金が満期になった」と感じているエイジの、そのささやかな青春を描く物語。

★笹生陽子は、1995年『ジャンボジェットの飛ぶ街で』で講談社児童文学新人賞佳作、翌年に『ぼくらのサイテーの夏』で日本児童文学者協会新人賞と、児童文芸新人賞を受賞。2003年『楽園のつくりかた』で産経児童出版文化賞を受賞している作家。

★児童文学といっても、児童だけに読ませるのはもったいないほど、その物語世界のイキがいい。『ぼくは悪党になりたい』はその笹生陽子が初めて書いた大人向けの小説だが、「絶妙な人物造形、巧みなプロット、そしてセンスのよさ」は、本書でも変わらない。たとえば、母親ユリコの秀逸な造形を見られたい。あるいは、何のシーンかは書かないが、「捨てられた子犬が必死に鳴いているようだった」というシーンも絶妙だ。そして、登場人物の一人が「待つのは得意なほうだから、ちっとも苦ではなかった」と言うシーンでは胸が痛くなってくる。うまいよなあ、とひたすら感心するのである。
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