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荻原浩 『母恋旅烏(ははこいたびがらす)』双葉文庫 740円 2005年02月03日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

荻原浩 『母恋旅烏(ははこいたびがらす)』双葉文庫 740円

★新作ではないが、昨年紹介した『明日の記憶』(光文社 1575円 若年性アルツハイマーをテーマにした感動の傑作)の荻原浩の旧作が最近双葉文庫に入ったのでご紹介。ハードボイルドからシリアス、ユーモア小説と幅広い作風を誇る著者の最高傑作。以前、小学館文庫に入っていたが、流通量が少なかった。これを機にもっと読まれるべき作品。

★いろいろな商売のある現代だから、レンタル家族派遣業という商売があっても不思議ではない。元大衆演劇のスターだった花菱清太郎がこの「家族全員でできるベンチャービジネス」を始めたのは、一座が解散して生活に困ったためだが、レンタル家族派遣業を思いつかなくても、この男はおそらくヘンな商売を始めたに違いない。そういう山っ気たっぷりの男なのだ。おかげで家族全員が巻き込まれていく。

★レンタル家族派遣業とは、、、例えば、孫も寄り付かない孤独な老人の依頼を受けて、擬似家族を演じる。恋人役が必要な女性のもとには長男を派遣する。前半はレンタル家族を求める現代人の奇妙な生態が連作風に描かれる。 本書はその珍妙な商売の顛末を軽妙に描いていくが、いささか戯画化しつつ現代を描いていくのかと思っていると、途中から微妙にズレ始める。それが本書のミソ。

★長女の桃代が歌手になり、母の美穂子が派遣先の男性の話に涙を流し、長男の太一は東京に出て、家族がばらばらになっていくのである。つまり、レンタル家族派遣業は、派遣先で偽家族を演じることで料金を貰う商売だが、その仕事が同時に、彼ら全員を家族として結び付けていたことを知るのである。

★後半は、花菱清太郎が巡業一座の座長となって旅芝居の話となり、そこにも珍妙な人物が次々に登場するが、そこに集まる面々との軽妙なやりとりを読んでいるうちに、それがまるで疑似家族であるかのように見えてくるのも、派遣先で偽家族を演じることと、伝説的な演し物「母恋旅烏」を舞台で演じることが、清太郎とその息子寛二にとっては同じだからだろう。どちらも哀しくて、面白くて、胸がちょっと痛くなるお芝居なのだ。

★これはミステリーでもなければ、ホラーでもなく、恋愛小説でもなければ、青春小説でもない。そういうジャンル小説外のこの手の軽妙な物語はなかなか話題になりにくいものの、絶妙なユーモア小説であり、異色の家族小説であるこういう小説が成立してこそ、現代エンターテインメントの成熟だと言えるような気がする。やはりこの作家の本線はここにあると信じる。
三崎亜記 『となり町戦争』 集英社 1470円 2005年01月27日
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今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。

三崎亜記 『となり町戦争』 集英社 1470円

★いま静かに話題になっている小説でして、1970年生れの著者は、この作品がデビュー作で、小説すばる新人賞を受賞しています。選考委員の井上ひさしさんは「このすばらしさを伝えるのは百万言費やしても不可能」とまで言っています。大絶賛ですね。たしかに読んで、ちょっと驚きました。

★「となり町戦争」とタイトルにあるから、戦争小説なのですが、現代日本を舞台にして銃声が響かない、目の前で血も流れないという異色の戦争小説です。主人公の「僕」は独身、アパート暮しのサラリーマン。ごくふつうの平凡な青年です。舞坂町という町に二年前から住んでいる。毎月、一日と十五日に「広報まいさか」という広報紙が 郵便受けに入っている。ある日、町民税の納期や下水道フェアの知らせといっしょに小さく開戦が伝えられます。
「となり町との戦争のお知らせ 開戦日/九月一日 終戦日/三月三十一日(予定)  開催地/町内各所 内容/拠点防衛、夜間攻撃、敵地偵察、白兵戦 お問合せ/総務課となり町戦争係」などと書かれてある。冗談みたいです。ゴミの日を知らせるように、戦争が始まったことが書かれている。

★これを読んで、主人公が心配したのは通勤のことです。無事、会社に行けるのか、と。ここがリアルですね。たぶんそうなんだと思う。会社員にとって、となり町と戦争が起こったと言われて、まず心配するのは会社までいけるのか、ってことかもしれない。ほかは心配しようがない。だから開戦の九月一日は大事をとって、いつもより三十分 早くアパートを出ます。

★車で通勤しているからラジオをつける。たぶんこのスタンバイを聞いているんでしょう。ところがラジオは何も伝えないし、自分の住む町から出ればいつもと何も変わらない。 職場に着いても、上司や同僚は台風のことを心配していて戦争のことなんか誰も喋らない。いったい、本当に自分の住む町で戦争が始まったのか。その日、アパートに帰るとまた広報紙が届いていた。そのなかの「人の動き」の欄を読むと、転出、転入、出生、死亡とあって死亡者23人の横にかっこつきで(うち戦死者12人)と書いてあった。

★ここから主人公は、どんどん「見えない戦争」に引きづり込まれていく。町役場から僕に敵地偵察という名の徴兵が行われ、会社の方は長期休暇を取って、その任務につく。辞令交付のとき役所の担当係長の応対はまさにお役所仕事。偵察業務中はアイドリングストップを心掛けよとか、ガソリンは指定のガソリンスタンドでレギュラーを二十リッター単位で注油し、必ず領収証を「記録表」の裏面にのり付けし、四隅に割り印を、なんてことをくどくど言う。戦争なんですけどねえ。

★つまりこれは「公共事業の一環としての戦争」なんです。知らず知らずのうち、反対するまもなく、住民は戦争に加担していく。戦争を絶対悪として否定するのは簡単です。死者も出ます。しかし、死者は見えない。血も流れない。砲撃の音も破壊もない。そんなとき、見えない戦争である以上、反対する根拠も持てないわけです。著者はS Fっぽい仕掛けで無気味なまでに静かにこの小説を書き進めながら、われわれに問うことになる。戦争体験を持たない者が、見えない戦争を反対する根拠はあるのか、と。

★役場の担当者にぼくが、なんのために戦争しているのかわからない、自覚が持てないと言います。すると担当の女性はこう答えます。
「戦争というものを、あなたの持つイメージだけで限定してしまうのは非常に危険なことです。戦争というものは、様々な形で私たちの生活の中に入り込んできます。あなたは確実に今、戦争に手を貸し、戦争に参加しているのです。どうぞその自覚をなくされないようにお願いいたします」
ここに著者が言いたかったことの一つがあると思えました。あれよあれよと、小説の世界に引き込まれながら、何かずしんと重いものが残る小説です。
モーラ・ジョス『夢の破片(かけら)』早川書房 1575円 2005年01月20日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

モーラ・ジョス『夢の破片(かけら)』早川書房 1575円

★長期の留守番係として屋敷の管理を委託された初老の女性ジーン。ジーンは身寄りもなく帰るべき家もない。年齢のため、今回で契約が切られることになっている。マイクルは計画性皆無のケチな泥棒で、社会と向き合うことの出来ない40代の中年男。未婚の母になる日も近いのに、恋人に去られてしまった若い妊婦ステフ。この三人がひょんなことから同居生活を始める。ようするに疑似家族。ご丁寧なことに、途中から登場する赤子までまったくの他人。血のつながっていない家族がこうして完成する。

★たとえば、こういうくだりがある。「マイクルは罰金を払うのに必死だったころを思い出し、何と奇妙なことかと考えた。すべてが以前より意味のあるものになった今、彼ら三人の誰にとっても生きることが容易になっていた。生計をたてるための苦闘が減ったというより、心の底に潜む、何もかも無駄だという思いから逃れる必要がなくなったのだ」

★つまり、生きる張り合いが彼らに生まれたというわけだが、その日常は相変わらずケチなことの繰り返しで、彼らがまともに働くわけではない。万引きをしたり留守宅の物を勝手に売り払って金に替えたり。将来の展望はない。

★彼らの至福は欺瞞の上に成り立っている。やっと手に入れた擬似家族としての幸せは仮初の儚い幻想に過ぎない。だから、その生活がいつ破綻するのかと読者は気を揉むことになる。

★サスペンスが高まっていくのは、読み進むうちに、彼らに惹かれていくからでもある。彼らは親の愛に、家族の愛に恵まれなかった人間たちで、そのそれぞれの過去が随所に挿入されるのだが、このディテールがたっぷりと読ませる。胸が痛くなってくる挿話の連続といっていい。

★だから、この偽りの至福がいつ破綻するのかと気を揉むのである。破綻しないパターンもあるから、これはそっちに進むのかも、と物語の中にぐいぐい惹きこまれていくのである。

★決して明るい愉快な話ではない。しかし、、、「英国女流作家のお家芸ともいえる容赦ない克明な描写は、ときには息苦しささえ感じさせるが、その合間合間に、はっとするような人生の真実や、美しさが見え隠れしている。」と訳者あとがきにあるように、その息苦しさが読書の至福を呼んでいる。読み終えたとき、おもわず自分の足元を見つめてしまう。イギリス女流作家の系譜を継ぐ、重厚な読み応えのある小説。
伊藤洋介『効いた言い訳』ぴあ 1260円 2005年01月13日
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今日の担当は書評家の岡崎武志さんです。
※岡崎さんの新刊が出ました!
『古本生活読本』(ちくま文庫 819円)

いまやブームのネット古書店起業家ルポ、南会津・只見の古本村構想レポート。神田古本まつりへの大胆改革提案、さらにはセーヌ河岸の古本屋めぐりなど、ワールドワイドな大活躍!もちろん、いつもの掘り出し物自慢、著者検印アレコレなど、お楽しみの話題満載。ビギナーの貴方も古本道の魅力に引き込まれること間違いなしです。

『効いた言い訳』
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伊藤洋介『効いた言い訳』ぴあ 1260円

★世の中にはよく、すぐに言い訳する人がいますね。言い訳ばかりしていると信用されませんが、サラリーマン生活をしていると、何かと言い訳が必要な場面も出てくると思います。マイナス要素だけでなく、一種の社交術とも考えられる。この本の著者は、元山一証券のサラリーマンで、現在製菓会社の広告マンですが、同時に東京プリンというバンドで音楽活動もしている。サラリーマンと芸能人の二足のわらじをはいている忙しい人です。独身で女性にもモテるみたいだから、こういう人は言い訳が多くなる。それで、過去に自分でした言い訳、人から言われた言い訳などを50個、エッセイで語ったのがこの本。

★言い訳も「ちょっと効いた」「けっこう効いた」「かなり効いた」「違う意味で効いた言い訳」とランクづけしている。言い訳にも松竹梅とランクがある。出前の寿司みたいですね。

★言い訳でもっとも多いケースは「遅刻」でしょうね。誰もがたいてい一度は言い訳をするのに頭を悩ませた経験があると思います。この伊藤洋介さん……なんか、似た名前の人がこの番組にも出演なさってますが…… 山一証券時代、自分が提案するアサイチの大事な会議に寝坊で遅刻している。「ヤバイ! やっちまった」と着の身着のままでタクシーに飛び乗る。タクシーのなかであれこれ考える。電車が遅れたというのはばればれだし、倒れていた人を助けていたというのも白々しい。十五分遅刻して会議室へ着いたら、出席者全員がこちらを睨んでいる。そこで発したひと言。「向い風が強くて遅刻しました。スミマセン!」会議室は一瞬の静寂の後、爆笑の渦に包まれた。怪我の功名というやつですか。若いから許されたという面もあるでしょう。

★ぼくは過去に最高、取材で二時間待たされたことがあります。有名な評論家の方が二時間、遅刻した。電話があったのが一時間後で、それからまた一時間待った。ちゃんとした理由があって、言い訳ではなく、それを正直に説明されたから納得しましたが。

★こんなケースもある。音楽番組のスタジオ入りが一時間遅れた。自分がマネージャーから聞いて手帳に書いたのは十九時。ところがもう本番になっていて、実際の入りは十八時だった。伊藤さんはマネージャーの女性を怒鳴りつけます。これで殴ったら紳助の二の舞い。ところが、話を聞くと、それは伊藤さんが本番開始の時間を教えてくれ、と言ったからだった。会社の仕事で残業が続き、ギリギリ最悪何時にスタジオへ入るか間に合うかを聞いたのだった。間違ったのは自分のミスだった。これ、ありますよね。見るとマネージャーは泣いている。さて、どう言い訳したか。「あ、勘違いしないでくれ。今のはオレ自身に怒ってたんだ。自分に対する説教」 そう言って、マネージャーに謝った。

★このあたりは「ちょっと効いた言い訳」。じゃあ「かなり効いた言い訳」は?山一証券時代。友人から合コンを誘われ、OKし、予定を書き込もうとしたらお得意さんとの約束が入っていた。完全なダブルブッキング。ふつう、合コンを断りますよね。ところが、どうしてもこの合コンには行きたい。それでお得意さんに日にちの変更を電話で申し出た。それが、翌週の同じ曜日が「大安」であることを利用して「大事な人との会食は大安の日と決めてるもんで」と言って変更し、晴れ晴れと合コンに参加し、きっちりオイシイ思いをさせてもらった。とんでもないやつですね。

★そのほか、つき合ってる女性の名前を間違って呼んで、「女の子が生まれたら、そういう名前にしよう」とごまかしたとか、女性関係の修羅場もけっこう多い。

★サラリーマン生活を送っているとミスや失敗はつきものです。言い訳が通用しない場合もあれば、うまい言い訳で乗り切れるケースもある。言い訳にも人柄やセンスが出る、とこの本を読んで思ったんです。同じ言い訳をしてもあいつは許せるが、あいつは許せないなんてこともあるだろう。この本を読んで、いろんな場面を想定して、言い訳の練習をしておくのもいいかもしれない。

★しかし、この著者。勇気があるというか、これまでの過去の失敗とその言い訳をばらしている。かつての上役、同僚、恋人はこれ読んで「なんだ、伊藤のやつ、あれはウソの言い訳だったのか」って怒らないかな、と。
瀬尾まいこ『幸福な食卓』(講談社 1470円) 2005年01月06日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

瀬尾まいこ『幸福な食卓』(講談社 1470円)

★坊ちゃん文学賞を受賞した『卵の緒』(マガジンハウス)でデビュー、『図書館の神様』(マガジンハウス)、『天国はまだ遠く』(新潮社)と秀作を発表してきた瀬尾まいこの4冊目。 デビュー作から新人離れした実力を発揮してきた作者だが、本書は瀬尾まいこがもっともっと大きな作家であることを証明する一冊といっていい。これまでの諸作でも「うまいよな」と唸っていたのに、今度はもっともっと唸らされる。

★本書は「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」という父親の言葉から始まる一風変わった家族小説。母親は家を出て一人暮らしをしているが、毎日夕食だけは作りに通ってくるというヘンな家族。

★父親は父親廃業宣言ともに中学教師の職も辞めて、大学の薬学部を受験するために勉強を始める。長男の直ちゃんは天才児の評判高く、学業優秀だったが大学進学を拒否して無農薬野菜を作る農業団体で働いている。で、食卓にはいつも四つ割りにしたキャベツが置かれていて、それをみんなが好き勝手に剥がして食べている。本書の舞台となる中原家はそんな家族だ。語り手は娘の中原佐和子。彼女の中学2年の春から高校1年の冬までを、その青春の日々と家族の風景を連作風に描いていく。

★父を辞めると宣言した父親は5年前に自殺未遂を起こしている。母親はそのことがきっかけで別居するようになるが、毎年事件のあった梅雨時には体調を崩しがち。兄に直ちゃんは父親の自殺未遂の影響で人生から「真剣さ」を捨てて生きている。人生を真剣に考えるといずれ自分も自殺することになるのではないかと恐れているから。しかし、そのことが原因で女性と付き合うたびにフラれてばかりいる。さらに、佐和子には過酷な運命が待ち構えている、、、。シリアスな背景があるにもかかわらず、軽妙さと温かさを失わないのも本書の魅力。

★うまいなあと思うのは、たとえば小林ヨシコの造形。直ちゃんが連れてくる新しい恋人だが、「下品なくらいに派手」な化粧と服装で、口調も動作も乱暴で、くらくらするほどきつい香水をつけている女性。手土産に賞味期限すれすれのサラダ油セットを持ってくる無神経さも佐和子にはたまらない。ところが、小林ヨシコが直ちゃんも、そして佐和子をも癒していくという物語の結構が素晴らしい。

★軽妙で、ちょっとシリアスで、そして最後にはこんこんと力が湧いてくるのも、こういう秀逸なキャラクター造形のためにほかならない。これまでの諸作もなかなかによかったが、少女の成長と家族のかけがえのなさを描いた本書が瀬尾まいこの最高傑作。心が尖りがちの日々にあって、読めば優しい気持ちになれる。
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