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H・F・セイント 『透明人間の告白』 新潮文庫(上・下 各700円) 2005年09月01日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

H・F・セイント 『透明人間の告白』
新潮文庫(上・下 各700円)


★『本の雑誌』が選ぶ30年間のベスト30で見事ベスト1に輝いた『透明人間の告白』のがついに増刷。長らく品切れが続いていた92年の傑作が、ようやく書店で手に入るようになった。こんなに愉しい本も珍しい。

★まず、ある日突然透明人間になってしまった主人公の生活のディテールを克明に描くという発想が群を抜いている。透明人間の買い物や食事をどうするのか、そういう生活の現実をひとつずつ描いていくのだ。青信号の通りを横断歩道を横断しようとすると、誰もいないとばかりに車が突っ込んでくるし、混雑した通りを歩けと人はぶつかってくる。透明人間は安心して街を歩くことも出来ない、透明な人生は決して楽ではないのである。

★『透明人間』といえばH・G・ウェルズの古典的名作が有名だが、本作の透明人間は「どうやって会社に行こう?」と悩んだり、「スーパーでどうやって買い物をしよう?」と悩む。100年前にウェルズが書いた透明人間は哲学的に悩むんだけど、現代の透明人間は生活に悩む。その違いが現代的で面白い。

★活気ある都会が、透明人間になったとたんに、不便で危険な街に変貌してしまうというこの発想は素晴らしい。これだけでも十分なのに、作者はこの話を、諜報活動に利用するために追ってくる政府機関と逃げる透明人間の大サスペンス劇としてまとめ上げるのだ。まことにニクイ。つまり、追われる身であるから、ただでさえ危険な街を、透明というハンディ背負いながら創意と工夫をこらして逃げ隠れしなければならない。全編に緊迫感が漂っているのはそのためだ。このあたりは都会を舞台にしたスリル満点の大サバイバル小説という趣がある。車を運転して逃げるにも、透明な運転席ならどうなるか?透明であることは逃げるには有利なようで、逆に目立ってしまう。

★さらにまだある。実は、この作品、そういうアイディアだけの作品ではない。確かに発想は群を抜いているけれど、何よりいいのは、透明人間の比類ない孤独が実にあざやかに描かれていることだ。透明人間になることですべての基盤を失ってしまった主人公が、逃げ続ける途中でなつかしさのあまり知人たちのパーティに顔を出すシーンがある。といっても声をかけることは出来ない。影のように彼らの言動をじっと見聞きするだけだ。このあたりの描写は実にうまい。さらにヒロインと出会うシーンも唸るほどいい。なんと美しい恋愛小説でもあるのだ。

★涙を流したり、感動したりする本は年に数冊あるが、読んでいること自体が愉しくなってくる本はめったにない。そういう意味で『透明人間の告白』は30年に1度の1冊。文句なく断然のおすすめ!
池澤夏樹 『キップをなくして』 角川書店 1575円 2005年08月25日
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今朝の担当は書評家の岡崎武志さんです。

池澤夏樹 『キップをなくして』
角川書店 1575円

★もうすぐ夏休みも終ります。お子さんの宿題は順調に進んでいるでしょうか。なかでも困るのは読書感想文です。課題図書が出ている場合はいいが、自由に選んで書きなさいという場合は、なにを選んでいいか困る。そこで、今日おすすめするのが『キップをなくして』。大人向けの雑誌「野性時代」に連載された小説ですが、小学校高学年くらいから読めると思います。

★物語はある初夏の日曜日の朝、一人の少年(小学校高学年ぐらい)が恵比須駅から電車に乗るところから始まります。彼の名前はあとで遠山至(いたる)くん、だとわかる。切手のコレクターで、自分が生まれた昭和51年に発行された切手を集めている。それが、今日、銀座の切手屋さんへ行くことで全部揃う。うきうきしています。電車は有楽町へ着いて、彼はそこで降りる。銀座までは歩くらしい。そして改札を出ようとキップを探したところ、キップがない。ポケットの中身を全部だしたけどやっぱりない。ここでキップをなくしたことに気づくわけです。

★もう少し大きくなって分別がつけば、いろんな解決策が思いつくんでしょうが、なにしろ小学生ですから、なにかとんでもない目にあったような気になる。この気持ち、誰でも経験があるんじゃないでしょうか。ぼくはけっこう泣き虫だったので、おそらく同じ目にあったら、もう泣いてるでしょうね。わんわん、と。そのうち大人が助けてくれるだろうという打算もある。

★この至くんは泣きません。でも困っていると、後ろから「キップ、なくしたんでしょ」と女の子が声をかけてきます。振り返ると、中学生ぐらいの女の子です。そして「おいで」と言って歩き出す。ついていくと電車に乗って次の駅まで行って降りる。東京駅です。構内をどんどん歩いていく。やがて細い通路からドアを押して、地下へ行く。どうなるんだろう? どきどきしますね。

★至くんが連れていかれた場所は大きな半地下の部屋で、そこに子供ばかりがいる。挨拶をして、女の子が「フタバコ」さんという名前だとわかる。キミタケさんという一番年上の男の子に東京駅を案内され、彼はめちゃくちゃ東京駅についてくわしい、部屋に戻ってみると人数が増えていて弁当が配られる。至くんはここまでおとなしく従って、弁当も食べるけど、「ぼく、もう外へ出たい」といいます。当然ですね。しかし、フタバコさんは意外なことを言います。「キップをなくしたら駅から出られない」「キミはこれからわたしたちと一緒に駅で暮らすのよ、ずっと」

★さあ、思わぬ方へ物語は展開していく。「詰所」と呼ばれるその部屋は、至くんと同じように、キップをなくした子供たちが集まって生活する場所だった。彼等は改札口からはぜったい出られない。そのかわり、電車はみんな乗り放題。自由に移動できる。駅構内の施設……レストラン、キオスク、散髪、本屋もみんなタダ。駅員はみんな彼等のことを知っていて「ステーション・キッズ」または「駅の子」と呼んで、優しく接してくれる。至くんもその一員になったというわけです。

★奇想天外な話で、あれよあれよと物語のなかに引き込まれていきます。たしかに、考えてみたら、JRの駅の構内は、電車で全国通じていて、衣食住がまかなえて、そこで十分暮らすこともできる。じつは子供達にはある任務が課せられているんですが、それは言わないでおきましょう。彼等は仕事が終ったら自由で、例えば至くんは仲間のユータと中央線で甲府駅まで行く。そこで「甲州焼肉弁当」ほか3種類11個の、仲間のための弁当だけ買って、また東京駅へ戻って行く。もちろんタダ。詰所にはテレビがなくて、みんな絵を描いたり、「せっせのよいよいよい」とか、昔の子供の遊びをして楽しんでいる。勉強は年上の子や、駅員が交代で教えにきてくれる。至はやがて、この社会になじんでいく。

★あるとき、子供のなかでミンちゃんという子が、いつも何も食べないことに気づきます。気になった至が、「どうして何も食べないの」と聞くと、ミンちゃんは「わたし、死んだ子なの」と答える。ここから物語はさらに奥深く進んでいきます。いったい、至くんや、そのほかの子供たちはどうなるのか?

★いろんな個性の子供たちが、大人抜きで集まってきて、自分たちの使命を果たすために駅で生きる。著者の池澤さんは、子供達の気持ち、視線に戻ってファンタスティックな小説を書き上げた。話がおもしろいのであっというまに読めると思います。まだ読書感想文を書いてないお子さんのために、今日、お父さん、お母さんが本屋で買ってプレゼントしたらどうでしょうか。読書感想文を書くコツは、もちろんあらすじと、それに対する感想が必要ですが、自分がもし「ステーション・キッズ」になったら、駅のなかをどんなふうにうまく利用するか、アイデアを書くといいですね。これ、私からのアドバイスです。 
アラン・ファースト 『影の王国』 講談社文庫 840円 2005年08月18日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

アラン・ファースト 『影の王国』
講談社文庫 840円


★これまでに8作のスパイ小説を発表しているアメリカ人作家アラン・ファーストの本邦初登場作。2001年のハメット賞受賞作だが、そのときの他の候補作がデニス・ルヘインの『ミスティック・リバー』、T・ジェファーソン・パーカーの『サイレント・ジョー』、ジョージ・P・ペレケーノス『曇りなき正義』というというのだからびっくり。それらの傑作群を押し退けての受賞というのはすごい!こんなことを言われたらもう読むしかない。しかもいまどきスパイ小説だというのだから。

★内容も異彩を放っている。時代は1939年、ナチス・ドイツの足音が間近に迫るパリが舞台。主人公はハンガリー貴族の末裔、モラート。アルゼンチン人の富豪の娘を恋人に持ち、都会生活を満喫する苦みばしったプレイボーイの中年男。しかしそれは表の顔。ハンガリーの外交官である伯父の依頼を受け、民間人スパイとして活躍しているのが裏の顔。かくして、ナチス・ ドイツの勢力が浸透したヨーロッパを舞台にした諜報戦が始まっていく。

★異彩を放っているのは、この『影の王国』が中編小説集であること。「フライ男爵の庭園で」「フォン・シュレーベンの売春婦」「ブタペスト行きの夜行列車」「海に挟まれた国々」という四編の中編が重なっている。つまり、一つの大きなプロジェクトに向かって進んでいく話ではなく、民間人スパイのさまざまな活動の断面を、各挿話を積み重ねてじっくりと描きだしていくのだ。

★だから、モラートがブタペストに帰るくだりで、「煎りの深いコーヒー、炭塵、トルコの煙草、腐った果物、床屋で使うライラック化粧水、排水溝の濡れた石、グリルで焼いた鶏肉」などの匂いが行間から立ちのぼってくる。故郷に帰っていたと実感させてくれるのはそういう匂いだとモラートが思うくだりだが、故郷を離れて諜報活動に従事しているこの男の淋しさと誇りを巧みに象徴する場面といっていい。

★モラートは伯父の指示で動いているので、情勢の全体像が見えているわけではない。全体像が見えないことが不気味なファシズムの影が忍び寄る当時のヨーロッパの状況をうまく表現している。ハードボイルド的なキャラクター設定の主人公だが、その心象風景が語られることはない。安易に主人公の 気持ちが表現されることはなく、グレアム・グリーンにも通じる文学的香気を高めている。また、作者のスパイ小説はすべてこの時期の大戦直前期のヨーロッパが舞台。「歴史小説を書くつもりで書いている」とも。

★モラートの心象風景をきわどく回避していることや、全体像を見せないところにも、この作者の計算がある。ヨーロッパに忍び寄る暗い影を鮮やかに描きだしているのは、そのためにほかならない。スパイ小説としては異色作だろうが、この香気とリアリティには注目しておきたい。派手さはないが、静かで味わい深い作品。読み終えて「ああ、いい小説を読んだなあ」と思える。小説が好きな人にはぜひ読んで欲しい。
伊坂幸太郎、石田衣良ほか 『I LOVE YOU』 祥伝社 1680円 2005年08月11日
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今週は岡崎武志さんは都合によりお休み、書評家の吉田伸子さんにお薦めの本を紹介していただきました。

伊坂幸太郎、石田衣良ほか 『I LOVE YOU』
祥伝社 1680円


★『I LOVE YOU』というタイトルからも分かるように、恋愛小説アンソロジーなんですが、何と言ってもまず執筆者の顔ぶれが凄い! 伊坂幸太郎、石田衣良、市川拓 司、中田永一、中村航、本多孝好、と当代の売れっ子がズラリと勢揃い。

★伊坂さんは『重力ピエロ』で直木賞候補、『アヒルと鴨のコインロッカー』 で、昨年の吉川英治文学新人賞を受賞している、今や若手ナンバーワンの人気と実力を誇っている作家さん。石田衣良さんは、『4TTEN』で一昨年の 直木賞を受賞。市川さんは、映画化もされた『いま、会いにゆきます』が100万部を突破する大ロングセラー。中村さん、本多さんも若手の実力派。中村さんは『夏休み』で芥川賞候補に、『ぐるぐるまわるすべり台』では野間文芸新人賞を受賞されています。本多さんは小説推理新人賞を受賞しデビューされた方で、昨年の『真夜中の五分前』は直木賞候補になっています。中田永一さん、この方は実は匿名なんですが、誰なのかは企業秘密だそうです。

★この6人の小説を一冊にまとめる、というのはとんでもなくすごい事。私は以前、某出版社の編集者だったので、この6人の作品、しかも恋愛小説を編む、ということがどれだけ大変な事か実感できます。譬えるなら、花田家の3人の女性、憲子さん、景子さん、美恵子さん、それに女優の杉田かおるさんの4人に、「夫婦とは」というテーマでエッセイを執筆してもらって、それを1冊にまとめた、というくらい、大変なことです。

★内容も、それぞれの執筆者が「恋愛小説」というお約束の中で、きっちりと自分の個性を出している。例えば伊坂さんの短編のタイトルは「透明ポーラーベア」。動物園にデートに出かけた主人公が、自分の姉のかつての恋人だった男が、新しい恋人を連れている場面に出くわし、再会する、というのが物語の大筋 で、そこには主人公と恋人、主人公の姉とかつての恋人、そのかつての恋人の現在の恋人、というふうに、3組の恋人どうしが登場します。その3組のカップルをつないでいるのは、場面には直接出て来ない、主人公の姉、という存在。恋愛小説なのに、何で「透明」で、何で「ポーラーベア」なのかは、読むとその 理由が分かるようになっています。伊坂さんの他の作品同様、この作品もまた、「人と人の関係の連鎖」を描いた作品でもあります。

★石田さんの「魔法のボタン」は、幼稚園からの幼なじみで、二十年来の友人である男女の関係を描いた作品で、石田さんらしい都会的な小道具がちりばめられたキュートな恋愛小説です。

★市川さんの作品は、誤解から始まった再会が、胸キュン、で終わる物語で、恋愛小説というよりは、恋愛イントロ小説とでもいうべき作品で、中田さんの作品は、高校時代の淡く切ない恋とその後日譚が描かれています。

★中村さんの作品は、恋愛小説であると同時に、不器用な男どうしの友情小説でもあります。主人公の大野と、大野の同級生で、小太りで要領の悪い、黄色いふちのメガネをかけている坂本、坂本の先輩の木戸さん。彼らが木戸さんのアパートに週一で行き、ただただ飲んで鍋を食べるだけだったのが、ある時、酔った 勢いで、坂本が片思いをしている彼女の彼を殴りに行く! となったことから……、というお話なんですが、青春時代のあの馬鹿馬鹿しくも真剣だった日々が、鮮やかに浮かび上がって来ます。

★本多さんの作品『Sidewalk Talk』は、離婚を決めた二人が、離婚届の受け渡しのために、レストランで会う、という物語。どちらが悪いわけでもないのに、いつからかすれ違うよう になってしまった二人の心、が丁寧に描かれています。もう今夜で最後、というそのレストランでのお会計の時、主人公である「僕」が、すれちがいざまに嗅 いだ彼女の香水の匂いに、二十歳当時の自分と彼女を思い出し、彼女から言われたある言葉が甦る、という内容です。読み終わった後、この二人のこれから、 があれこれ想像されます。

★最近でこそ、「セカチュー」や「いま会い」で恋愛小説がちょっとしたブームにもなっていますが、それでもまだ男性が恋愛小説を手に取るのは少ないように 思います。事実、私のまわりの男性も、恋愛小説、というだけで、「じゃ、いいや」と敬遠するようなところがあります。でも、これなら、男性作家のアンソロジーでなので、手に取りやすいのではないでしょうか。

★また、これだけの売れっ子の作家の作品が一冊で読めてしまう、というのも、この本の魅力だと思います。伊坂幸太郎とか石田衣良とか、名前は聞くけど実際にどんな感じの作品なのかなぁ、と思っている読者は迷わずこの本を読むことをお薦めします。この本を入り口にして、個々の作家さん の他の著作を読んでみるのもいいし、他の恋愛小説に手を伸ばしてみるのもいい。そういう意味では、格好のブックガイドの役割を果たしてくれる一冊です。
リリー・フランキー『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』
扶桑社 1575円
2005年08月04日
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今日の担当は本の雑誌社・顧問の目黒考二さん(=文芸評論家の北上次郎さん)です。

リリー・フランキー
『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』
扶桑社 1575円


★リリー・フランキーといっても外国人ではない。福岡県出身でコラムニスト、イラストレーター、デザイナー、写真家、構成・演出家、、、とジャンルを超えた活動で人気を博してきた著者が初めて挑んだ長編小説。この自伝小説を際立たせているのは、タイトルにもなっているように、オカンの造形に他ならない。

★本作は小倉で生まれて筑豊で育った著者の自伝小説。父親の女性問題が原因で母親(オカン)と父親(オトン)が別居し、著者は母親とともに母親の出身地である筑豊に移り住む。前半はその炭鉱の町の少年の日々が伸びやかに描かれる。

★著者はオカンに育てられるのだが、このオカンの造形が素晴らしい。オカンは花札がめっぽう強く、花札のゲームの最中にトイレに行きたくなると息子に代わりに花札をさせる。オカンは帰ってくるなり息子のステ札を」観て、「なんでこんなん捨てたんや?」と息子に説教をする。この説教に説得力があって、「なるほどなあ」と膝を打つことしきり。

★やがて著者は武蔵野の美大に進学するため上京、物語の後半は東京での生活がメインになる。大学入学後、著者は風疹にかかり寂しくなって、故郷に電話をかける。すると「大丈夫よ。明日、朝一番に行ってやるけん。待っときなさい。」とオカンは言う。翌日目覚めると、もう母はベッドの横にいる。で、リンゴをすりおろしている音がする。次の日に目覚めると、パチパチと聞きなれた音がする。オカンが横浜のおばちゃんと花札をしているのである。オカンは花札が大好きでしかも強いから、見舞いに来た著者の友人たちに教え込んで一緒にやったりする。

★そのオカンへの深い愛が、この自伝小説の底にずっと流れている。母がわが子を愛し、子が母を慕うのは当たり前と言ってしまえばそれまでだが、その普遍的な真実を力強く描いたところにこの小説の価値がある。別居している父が別の女と暮らしていることを知った著者が、母に「それやったら、死ぬまで東京におったらええ」と言うシーンで目頭が熱くなってくるのも、そのためだ。

★やがて母親は病に冒され、著者はその最期を看取ることになるのだが、母親の死に際して、自分の知らなかった母親の充実した人生の側面を知ることになる。そのくだりも感動的。母親への思いは誰にでもあるものだ、特に男の場合はある年齢になると距離をおかざるを得ない。しかし、著者の場合、大人になってからもう一度母親と2人で暮らす機会を得て、この小説を書くことが出来た。涙なしには読めない母子小説の傑作。
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