水戸黄門大学

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パナソニックドラマシアター水戸黄門 40周年第40部記念 スペシャルコンテンツ



うずまさ通信

/『水戸黄門』の殺陣(たて)シーンを支える東映剣会の俳優陣をご紹介します
vol.15 矢部 義章(やべよしあき)さん


◎生年月日、出身◎
1941年10月28日、京都府。
◎ニックネーク◎
やべっち
◎好物◎
魚。若い頃は肉ばかり食べてましたけど、最近は健康面を考えてもっぱら魚です。
◎苦手なもの◎
歌は昔から苦手ですね。美空ひばりさんが剣会の者たちを連れてカラオケに行くことが何度かありましたけど、僕は連れて行ってもらっても、いつも自分が歌う番になると逃げてました(笑)。
◎趣味◎
スポーツ全般。以前は野球をよくやっていましたが、特に好きなのはゴルフ。ここ2年くらいは、若い人に負けないようにと週3回ジムに通って、ベンチプレスやランニング、自転車、水泳なんかで体力作りもしています。生き物も好きで、我が家には「ろく」と「ジャム」という2匹の猫がいます!
◎得意技◎
特別に得意というのもないし、苦手もないかな。
◎俳優になったきっかけ◎
19歳の時、姉が「俳優募集」の新聞広告を見つけて、勧めてくれたのがきっかけ。当時の東映は映画制作がものすごく盛んで、応募すればほぼ全員が合格。僕の時も50人くらい一緒に入社しました。でも仕事も生活の面でも厳しいためかどんどん辞めていって、今残っているのは3人くらい。自分が続けてこられたのは、やっぱりこの仕事が好きだからでしょうね。
◎撮影の思い出◎
『水戸黄門』は第1部からやらせてもらってるし、親子三代にわたってご一緒している俳優さんもいますからね、思い出はたくさんあり過ぎてひと言じゃ言えない(笑)。そんな中でも強く印象に残っているのは、やっぱりキツかった撮影かな。入社した時、萬屋錦之介さんの『宮本武蔵』5部作を毎年撮っていて、真冬に滋賀県ロケに行って、凍った田んぼの中で一日中走り回って立ち回りをしたことはよく覚えています。それからテレビや映画以外に歌手の方のステージに呼んでいただくこともよくあります。15〜16年前、ひばりさんの追悼コンサートをニューヨークのカーネギーホールでやりましたが、「黒田節」に合わせて立ち回りをやった時は自分自身すごく感激したし、感動しました。
◎殺陣への思い◎
殺陣の基本はよく「米」の字と言われます。つまり斬り方(刀の動かし方)は「米」の字の一画一画を書くように、大きく6種類が基本。それを組み合わせることで立ち回りになる。でも僕ら何万回も斬られてますけど、まったく同じというケースは一度もないんです。相手や設定が変われば必ず何かが微妙に変わるから、だからこそやっていて面白い。時には1時間のドラマの中で2回も3回も斬られることがあるけど、そういう時は顔をカメラに見せないのはもちろん、別人としての芝居が必要になりますからね。
新人の頃は、スターさんに斬られる役なんてもちろんやらせてもらえませんでした。誤ってスターさんにケガをさせてしまったらまずいからね。斬りかかれるのはベテランの先輩で、新人はその後の死骸の役。監督から「あそこで寝とき」と言われて、斬られた先輩の代わりに死んでいるだけの役でした。僕が最初に斬りかかれたスターさんは市川右太衛門さん。こちらが一手打っただけですぐに逆に斬られましたけど、あの時はすごくうれしかったね。立ち回り中にケガをしたことも何度もあります。でも、ケガをするのは自分が未熟なせいと思っているから、怖いと思うことはないな。相手との距離感やタイミングは今もすごく気を使います。



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