水戸黄門大学

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パナソニックドラマシアター水戸黄門 40周年第40部記念 スペシャルコンテンツ



うずまさ通信

/『水戸黄門』の殺陣(たて)シーンを支える東映剣会の俳優陣をご紹介します
vol.3 福本 清三(ふくもとせいぞう)さん


◎生年月日、出身◎
1943年2月3日、兵庫県。
◎ニックネーム◎
昔は「ケイボー」。若い頃ロカビリー歌手の山下啓二郎さんに似てると言われてね。その後は「フク」とか「フクちゃん」。
◎好物◎
なんでもいただきます。特にこれが好きというのはないな。
◎苦手なもの◎
カエルとかヘビとか。爬虫類は気持ち悪くて嫌ですわ。
◎趣味◎
今はボーッとしてるのが一番。強いて言えば兄からもろおた盆栽を時々やりますけど、すぐ枯らしてもうて女房に「水やれ」言うて怒られてますわ(笑)。
◎得意技◎
得意技なんかありまっかいな!そないなもん、ありまへん。わしゃできる思うたら終わり。見てくれた人がどう思うか、それだけですわ。
◎俳優になったきっかけ◎
田舎もんやったから町で背広を着て働きたかったんです。その頃は町の人はみんな背広着て働くと思い込んでたからね。それで京都の親戚のお米屋さんとこに行ったんやけど、やることは田舎とそんなに変わらへんし、背広も着ない。なんじゃこりゃ思うて、どうしよう思うてたら「東映行くか」ちゅう話があってね。なんのこっちゃと思ったら映画の撮影所やった。でも映画なんて中学の時に学校で一度連れてってもろうただけ。それもグレゴリー・ペックの『白鯨』や。もう恐おて恐おて。最後は鯨につかまってガーッて。「映画ってなんちゅう恐いもんや」と思いましたわ。話はそれましたけど、そんなんで映像の世界はまったく縁がなかったんやけど、東映に来てから映画や時代劇を見るようになりました。20円とか30円で3本立ての映画ね。
最初はもちろんその他大勢の役です。殺陣ができるわけやなし、先輩かていっぱいおる。自分なりに画面に映るにはどうしたらええかと考えて、スターさん(主演俳優)とこに近寄れば映ると思ったんやけど、なかなかそうは簡単にいかない。そんな毎日やったけど、やっぱり侍の扮装する時はうれしゅうてしょうがなかったね。もちろん、たかが16歳のとっちゃん坊っちゃんに役なんかなくて、侍の行列の一人とかそんな感じ。でも侍は刀持たしてもらえるから、休憩時間も刀いじれますやん。それがうれしゅうてね。そうすると先輩が刀の振り方とか教えてくれる。最初はそうやって覚えました。
◎撮影の思い出◎
『水戸黄門』には第1部から出さしてもろうてます。歴代の黄門様も助さんも格さんも、その人その人の特徴があってええですね。時代劇がどんどん減ってる今、僕らにとったら『水戸黄門』は最後の砦(とりで)ですわ。
映画で印象的なんは『宮本武蔵』の田んぼの立ち回りかな。一乗寺のシーンは泥田んぼの中で1カ月くらいかけて撮影しました。監督がこだわって、朝日が昇るわずかな時間しか撮らない。だから夜中にリハーサルして、ほんで夜明けを待って本番撮って、旅館に戻って朝飯食べての繰り返し。あの決闘シーンだけで1カ月間やりましたがな。昔は1シーン撮るために、田んぼから一本松から全部作ったんです。いい思い出です。
◎殺陣への思い◎
昔は時代劇がいっぱいあったから、先輩という教材が大勢いて、殺陣はそれをお手本に試行錯誤してました。それとチャップリンの映画を見た影響も大きい。チャップリンがバタンってものすごい倒れ方をしたのがおかしくて、僕思わずガーッて笑ったんです。その時、世界のチャップリンがあんなん倒れてるのに、自分が「あ痛ー」と思う倒れ方をしなければ、人を感動させることは絶対できんと思って。それから常にそれくらいの気持ちを持ってやってきました。
それといつも思うのは、立ち回りにしてもほかの芝居にしても、正解というものはないわけ。僕らは斬られてないのに斬られたフリをして、言ってみれば嘘ばっかやってるちゅうかね。でも、少しでも変えていこうと一生懸命やってるんです。



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