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歌舞伎コラム

『ぴんとこな』をより楽しむための「ことば」「演目」「約束事(しきたり)」を“歌舞伎コラム”として紹介します。

鏡獅子 後編

「唐獅子牡丹」というと、やくざ映画みたいですが、「鏡獅子」でも、獅子には牡丹がつきものなんです。
獅子は「百獣の王」、牡丹も「花の王」といわれていますからね。

この「鏡獅子」をさかのぼっていくと、能にもなった「石橋(しゃっきょう)」伝説に行き着きます。
もともと石橋は、中国の天台山にある橋で、千丈以上もある深い谷に岩で自然に出来た橋です
ここに日本から寂昭法師が訪ね、石橋を渡ろうとすると、文殊菩薩の化身の童子が、深山幽谷で人間には容易に渡れないととめます。このあと文殊菩薩の使いの獅子が出現して、牡丹の花の間を勇ましく舞う、という筋です。

「鏡獅子」の踊りでも、牡丹が重要な役割を果たします。
弥生が踊る「時しも今は牡丹の花の 咲くや乱れて 散るは散るは」では、この牡丹の「高さ」を、踊り手が心に描かなければなりません。
同じ牡丹でも、鉢植えのと相当の枝ぶりのものは違うでしょう?眼のつけどころを間違えるて、余り見上げると桜の大木のようになってしまいますね。
このあとの「花には憂さをも打ち忘れ」と、腰を落として静止したままじっと牡丹に見とれるくだりは、実は「鏡獅子」で一番疲れるんです。
激しい動きより、じっとためてイキをつめて静止しているほうが、身体にかかる負荷は大きいんです。

後シテの獅子の狂いですが、毛の振り方は、
白頭の毛を右のみにまわす「右巴」
同じく左のみにまわす「左巴」 いずれも毛のまわる形が「巴」に見えます。
女性が髪を前に垂らすようにして、右と左に振り、一足ずつ後退する「髪洗い」
右と左へ叩きつけるように振る「菖蒲叩き」
の四種類があります。

ここは「腰をきめて、腰で振る」のです。
何回もまわすのは難しいことではなく、ゆったり振るより速く振るほうが、惰力を応用しているからむしろ楽なのだといいます。それでも、九代目團十郎は胡蝶を舞っている娘たちに、「勢いのついている毛に触れたら、叩き倒されてしまうよ」と注意したそうです。

よくぞここまで難所を作った、と思うくらい、「鏡獅子」は歌舞伎役者の卒業論文なんです。
ドラマでは、世左衛門が恭之助にこの役を託しますが、まさに託すに足る大役と言えるでしょう。

犬丸 治(いぬまる おさむ)

演劇評論家
著書「市川海老蔵」
(岩波現代文庫)など

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