banner_AD

歌舞伎コラム

『ぴんとこな』をより楽しむための「ことば」「演目」「約束事(しきたり)」を“歌舞伎コラム”として紹介します。

三人吉三巴白浪

「かぶき」は、「傾く=かぶく」という言葉から転じたものです。時代の最先端を行き、常に目新しいことをする、という意味です。実際、歌舞伎はその時代の世相風俗を敏感に取り入れてきました。
例えば、幕末になると名作者・河竹新七(黙阿弥)が出て、悪党・盗賊を主人公にした「白浪(しらなみ)物」と呼ばれる名作を数多く世に送り出しました。「三人吉三」はその代表的な狂言です。
小坊主上がりの兄貴格の和尚吉三、女形くずれの女装のお嬢吉三、浪人だが元は育ちのいいお坊吉三。この同じ「吉三」という名を持つ三人の若者が、奇しくも江戸・大川(隅田川)端の庚申塚で出逢い、兄弟の誓いを交わします。実はこの三人、見えざる運命の糸で幾重にも繋がっていて、その複雑な謎が、百両の金が登場人物の間を行きかううちに、次第次第にほぐれていくのです。
「月も朧(おぼろ)に白魚の、篝(かがり)も霞む春の空、冷てえ風も微酔(ほろよい)に心持よくうかうかと」というのは、大川端でのお嬢吉三の台詞ですが、このような美文を謳うような台詞を「七五調」といす。「つきもおぼろに」(七)「しらうおの」(五)と、和歌・俳句のように七・五の組み合わせになっているでしょう?読み上げても、聴いていても、快いセリフ回しです。
黙阿弥が描いた盗賊たちは、皆、社会から弾き飛ばされた、異端のアンチヒーローたちでした。彼らを主人公にした芝居が大当りをとったことでも、幕末という時代の変わり目での、庶民の息遣いを感じます。黙阿弥の描いた「三人吉三」がいつまでも色あせないのは、幕末と同じく、どこか先への不安を抱える現代の観客たちが、その思いを歌舞伎に投影しているのかも知れません。

犬丸 治(いぬまる おさむ)

演劇評論家
著書「市川海老蔵」
(岩波現代文庫)など

スペシャルトップへ

!-- /187334744/general_PC_RT -->