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歌舞伎コラム

『ぴんとこな』をより楽しむための「ことば」「演目」「約束事(しきたり)」を“歌舞伎コラム”として紹介します。

小芝居

最近良く「小芝居する」という言い回しを聴きます。本人もうすうす「芝居」だとわかるだろう、と思って演じている見え透いた態度、ということでしょうか。私の頃は余り使いませんでした。
「小芝居」というのは、元々歌舞伎から来た言葉で、「大(おお)芝居」と対になっています。 「大芝居」というのは、幕府が町奉行管轄で興行を許可した劇場で、その象徴が芝居小屋の前に座の紋を染め抜いて掲げられた「櫓」と呼ばれる目印です。芝居というのは、もともと芝生に座って、神に捧げる芸能を見るところから始まっていますから、この櫓も、神が降りてくる神聖な存在とされました。四月再開場した東京・歌舞伎座でも、「櫓を上げる」ことが、大切な儀式として扱われていました。
江戸時代、江戸で歌舞伎の櫓を許されていたのが中村・市村・森田(守田)・山村の四座。のちに山村座が取り潰されて「江戸三座」と言われます。
一方、「小芝居」は寺社奉行管轄で神社や寺の境内で許された「宮地芝居」がはじまりといわれます。こちらは、「大芝居」と違って花道も、三色の幕も許されず、上下に開閉する「緞帳(どんちょう)」を使ったために「緞帳芝居」と呼ばれ、はっきりと区別しました。地位の低い役者が、安く、サービス精神に富んだ芝居を見せるので、大衆には大いに受け、戦前まで浅草・深川などにはかなりの数の「小芝居」が軒を並べていたのですが、「緞帳くさい」「小芝居くさい」と、いわばクドイ、くさい芝居として軽蔑されました。
しかし一方、小芝居で腕を磨いた役者が大芝居に移ってきたり、大芝居では絶えてしまった珍しい演目や演出が残っていたりと、近年歌舞伎における「小芝居」の位置は、次第に見直されつつあるのです。

犬丸 治(いぬまる おさむ)

演劇評論家
著書「市川海老蔵」
(岩波現代文庫)など

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