鏡獅子 前編
「ぴんとこな」第一回のファースト・シーンを覚えていますか?
恭之助演じる「鏡獅子」の獅子の精が、幕切れ直前、ひとこと「腹へった〜」。
さすがに実際はそんなことはありませんが、この「鏡獅子」、踊る方には本当にこたえる踊りのようです。幕が閉まったら、楽屋に駆け込んで、衣装や獅子の白頭のかつらを脱ぎ捨て、風呂に飛び込みたいぐらいな。
この踊りを、明治二十六年(1893)歌舞伎座で初演したのが九代目市川團十郎。
明治の「劇聖」といわれたとてつもない名優でした。
愛らしい御小姓弥生と獅子。柔と剛を自在に踊り分けられるのはこの人だけだと思われました。
ところが初演のとき同座し、自分の出番ではないときに、黒衣姿で幕溜りからこの九代目の「鏡獅子」をじっと凝視していたのが、当時七歳の二代目尾上丑之助、のちの六代目尾上菊五郎です。
その後六代目は、九代目團十郎の二人の娘から「鏡獅子」の振りを習い、工夫して得意芸としました。
六代目の映像はほとんど残っていませんが、昭和のはじめに撮影された「鏡獅子」の記録映画は見事なものです。監督は、あの小津安二郎です。
六代目の孫が、この前亡くなった勘三郎、そしてその子の勘九郎・七之助兄弟も、この「鏡獅子」を得意としました。
六代目の稽古は、まず踊り手を真っ裸にします。無論パンツやふんどしを着けていますよ。
可愛い弥生をやるにせよ、裸にすれば身体の線がくっきり出ます。
また、踊りは自然な動きと違いますから、どうしても身体が痛くなる。
痛くなければ駄目なんです。いや、痛いと感じているぐらいならまだまだなんです。
踊りこんでへとへとになったあと、レモンを口に含ませて、酸っぱかったらまだまだ。「甘い」と感じたら本物、という教え方です。