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歌舞伎コラム

『ぴんとこな』をより楽しむための「ことば」「演目」「約束事(しきたり)」を“歌舞伎コラム”として紹介します。

黒衣

歌舞伎を観ていると、芝居が進行している間、黒い衣装でスッポリ身を包んだ人が腰を屈めて始終出入りしたり、道具を片付けたりしていますね。
あれを「黒衣」と書いて「くろご」と読みます。良く「くろこ」と言う人がいますが、濁るのが本当です。
黒衣は原則主役の役者の弟子がつとめ、要らなくなった小道具や、財布やキセルなど持道具や、木戸口など大道具を目立たず片付けていきます。また、初日が開いてまもなくはセリフが入っていない役者がいるので、舞台進行係の狂言方がプロンプターの黒衣をつとめる時があります。
歌舞伎では「黒」というのは「暗黒の闇」という以上に、転じて「無」「目に見えない」という意味があります。つまり、あの黒衣は本来「観客には見えない、という約束になっている」存在なんです。
昔の役者の笑い話に、借金取りが取り立てに来た時に、黒い衣を頭から被って「オレはいないよ」と居留守を使ったというのもそうした背景があります。
黒衣はまさに縁の下の力持ちですから、主役の邪魔をしてはいけません。たとえば、本舞台での芝居が終わって主役が花道へ行き、客の視線がそちらに移った時を見計らって、サッと出てきて片付けます。また、踊りなどでは主役の衣装が一瞬にして変る「引き抜き」という技法がありますが、それを手伝うには、曲の間(ま)や、主役の呼吸を知ってぴたりと合わせなくてはなりません。
この応用として、雪の場面では白い衣装の「雪衣」、水中の「水衣」「浪衣」などもあります。
また、かつては御曹司ら修業中の役者が、黒衣姿で幕溜りに座って先輩の芝居を観る「定後見(じょうごうけん)」というしきたりがありましたが、今はすたれてしまいました。

犬丸 治(いぬまる おさむ)

演劇評論家
著書「市川海老蔵」
(岩波現代文庫)など

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