2015年4月期連続ドラマ毎週日曜よる9時

日曜九時の時代番

番組の時代考証を担当されている山田順子先生に、各話のちょっと気になるシーンのアレコレをお話していただくコーナーです。

第六回

『3種類のお正月』

第一話は正月のシーンから始まったでしょ?このドラマで、何かが切り替わるとき、お正月が必ずでてくるのよね。そのたびに、街に正月飾りを飾って、室内にも飾って… 今までに何度しめ縄を飾ったことか (笑)!
バンザイ軒でも福井の秋山家でも正月のシーンでは鏡餅を飾っています。地方性をだそうと思って、秋山家の鏡餅には、串柿という干し柿が串に刺さっているのを飾っているの。これは関西地方で見られる飾り方ね。関東のバンザイ軒はシンプルに裏白と橙だけ。さらに吉原の鏡餅は、伊勢海老が乗った立派な鏡餅。今でも東京あたりの大きな商店で見るわよ。今はプラスチックですけど、当時は豪華に本物の伊勢海老を飾っていたわ。バンザイ軒のように、正月はお休みのところは、誰が見るというわけでもないし、地味な鏡餅。だから今回のドラマには3通りの鏡餅が登場しているのよ。
秋山家の玄関の上に飾ってあるしめ縄は、福井から取り寄せたもの。福井の色があるものを使いたいという監督の意向もあって、取り寄せたの。微妙にデザインが違うのよね。今後も登場するので、それは見てのお楽しみね。バンザイ軒は、大きいものではなくてシンプルなものにしています。

お次は門松ね。門松も、竹が3本セットになっているものと、1本どーんと葉っぱが付いている竹に根つきの松が添えてある門松の2パターンがドラマで登場しています。
場所によって使い分けているの。都会の雰囲気や大きな家の雰囲気をだしたかったら3本の門松を使います。通りの風景でお正月の雰囲気を出したいときは、それでは目立たないから、大きい竹が出ている門松にするように使い分けているわ。 地方性だけじゃなくて、門松を作るのは、植木屋さんや鳶のお仕事なので、職人さんそれぞれの流儀に合わせている、という設定もあるわ。東京で3本の門松もあれば1本のもあるし、地方でもそれは同じよね。意外と誰も気が付いてくれないけれど、鏡餅と門松… 見比べてみてください!

お正月といえば、子どもたちはまだ当時は凧揚げしたりコマ回しをしたり… 素朴な遊びをしている姿もいれたいなと思っていました。年末のシーンでも、しめ縄を売るお店や正月のお飾り、鏡餅を乗せる三方を売っているお店もでていたのよ。先週の篤蔵さんが俊子さんに会いに福井に戻ったときの松前屋さんの年末のシーンで、暮れの大売出しやっていたのに気づいたかしら?豆や昆布とか、正月のお料理につかう材料を大売出ししていたの。お向かいの呉服屋さんも、年末の大売りだしをやっている設定だったわ。時代の移り変わりも描いているけれど、一年の季節感を出すときはそれぞれの風物詩を描いた方がわかりやすいし、楽しいわよね。

衣裳も季節で変わるけど、風景も季節で変わるので、見比べてもらうと面白いですよ。
美術スタッフも毎回頑張っています!

『郵便屋さんが来た!』

この作品の中には手紙がよく出てきます。現代のように携帯電話はないけれど、固定電話はすでにあったのよ。でも設置されているのは役所や大都会の大きな会社や商店。普通の家庭にはまだまだ普及していませんでした。そこで、頻繁に使われていたのが手紙だったの。
福井の周蔵さんと東京の周太郎さんの間でもやりとりされていたし、周蔵さんから篤蔵へは俊子さんの流産のことを知らせた手紙がたくさん出てきたわね。切手は書状で 15g まで3銭。真ん中に菊の御紋 (天皇の印) が入った赤い切手を覚えているかしら。
では、どのくらいの時間で届いたかというと、福井の武生と東京では中一日間くらいで届いたらしいの。現在とあまり変わらないわね。郵便配達が来る時間って地区ごとに決まっていて、「あ!郵便屋さんが来たから、今何時」 って分かったというのよ。これってすごいことよね。

『ゆうちょ』

お母さんが篤蔵くんのもとへ郵便局の貯金通帳を持ってきたでしょ?現代は郵貯銀行になったけど、この時代は郵便局で貯金が出来たり、為替でお金を送ったり出来たのよ。
もちろんこの時代には銀行もあったわ。地方にいくつも支店がある大きな銀行もあるし、地方ごとの小さな銀行もある。システムとしては、今の銀行と同じシステムだったわ。今回は、全国どこでも出入のできる郵貯にしました。
周蔵さんが周太郎さんに頼まれて、彼が相続するはずだった土地を売って、そのお金を地元の郵便局で貯金していれたのでしょうね。明治の初めから現金を持ち歩かなくても、通帳があれば全国どこでもおろせるというシステムがあったのよね。ちなみに、海外にいて 「お金が足りない」 と電報を打てば、海外に為替でお金を送れる時代になっていたの。

今回、篤蔵くんはハンコを作りました。前回の入夫離縁届は、ハンコを押すシーンはなかったんですけど、今回の預金通帳の袋のなかにはハンコが入っていたのよ。
このハンコはこのドラマだけのオリジナル。当時のものは今の三文判より一回り大きいから、特別に作ったわ。さらに秋山篤蔵とフルネームで彫ってもらったの。
今もそうですけど、偽造されにくいように文字数を増やすという意味でフルネームにしました。昔はもちろんハンコは手掘りで、町のハンコ屋さんはたくさんあったのよ。それこそ銀行と同じ数くらい。ひとつひとつ職人さんが手で掘ってくれるの。
ハンコの偽造には、割り印といって、2枚の紙にハンコを押して、これが同じ内容の書類ですよというのをやるんだけど、片方が偽造だとすると、合わせ目が合わないのよね。微妙にずれてバレてしまうの。だから書類や通帳には、割り印が偽造の鑑定に使われていたわ。
当時は人間の目で見ているし、今のように機械ではないから見落としもあったし、偽造も多かったでしょうね。

実はハンコは江戸時代から庶民にも普及していくんだけど、ハンコを作るということはお金がかかるでしょ?一生のうちにハンコを押す機会は一回か二回だけの人もいるわよね。江戸時代には、土地を持っている農民は、売り買いにハンコが必要になるけど、そんな機会がなければ一生押すことなんてなかったわ。明治時代になって、銀行にお金を預けたり、物を売り買いしたり… 農村にも金融経済が入ってくると、領収書にハンコが必要だったり、証明書に必要だったりしてみんな持ち始めたわ。結婚するときにもね。だから女性も持ち始めるの。
江戸時代までは、ハンコを持っている人は地位のある人か財産がある人しか持たなかった。あるいは武士。明治になると個人に関わる書類が多くなって、農民も一人ひとりが一人の人間として認められ、ハンコが普及してきたわ。


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