2015年4月期連続ドラマ毎週日曜よる9時

日曜九時の時代番

番組の時代考証を担当されている山田順子先生に、各話のちょっと気になるシーンのアレコレをお話していただくコーナーです。

第三回

『着物から洋服へ〜女性編〜』

現代では、女性の方が流行に敏感だけど、当時の女性は2〜3歩男性より遅れていたの。
江戸時代と明治では、何が決定的に違うかというと、江戸時代の女性は羽織を着ないけど、明治になるとやたらと羽織を着るようになるの。特に黒い羽織。それまで男性だけが着ていた紋の付いた黒羽織をちょっと改まったときに女性も着るようになったの。庶民まで黒紋付を着ていたのよ。特に顕著だったのは学校の先生だったわ。今まで女性が学校の先生になることなんてなかったから、教壇にあがったり、卒業式や入学式などの儀式で、改まったイメージをつけるために黒紋付を着るというのが急に広まったの。つまり、黒紋付の羽織は女性の社会進出の象徴だったのよ。

これは後々の話だけれど、宮中でも明治には、「正式な行事のときには洋服を着る」 と、皇室の法律で決めるようになっていくの。皇后陛下も各宮さまのご婦人方も正式な行事のときには、ロングドレスかつ、ティアラを着けるという、西洋と同じ服装で西洋に対応しようというのが始まっていったわ。それがだんだん庶民にも広がっていって、ロング丈のドレスを着るようになる、するとロング丈だと足元が汚れるし邪魔でしょ?今度はだんだんと丈が上がってヒザ丈になって、第二次世界大戦後になると、ぐっと短くなっていくの。そうなると足元も見えるから、靴も変わっていく。最初は、編み上げの靴だったけれど、ドレスになるとそれに見合うパンプスになっていく。
すべてのものが洋風化に移行するけれど、一度には変わらないのよ。

今度、昭和に入ると制服が登場してくるわ。
ドラマでも、少しずつ出ると思うけど、女性の制服で言うとセーラー服ね。男性は明治の頃から、詰め襟が出てくるようになるわ。着物と袴姿の書生さんがだんだん詰襟姿になっていくの。
この時代は、シーンごとに洋服が増えてくる過渡期。配分が大事なのよ。何割程度洋服を混ぜるかというのが時代を表すバロメーターになるので、衣裳さんと相談しながら工夫しています。

『個性が出る髪形』

女性のヘアスタイルも、日本髪からだんだんと洋髪になっていくの。いろんな髪型があるけど、みんな同じだとつまらないから、個性を出すようになってくる。日本髪だって個性がいろいろあるわよ。独身のあいだは島田髷。俊子さんがしていたわよね。現在も結婚式のときにお嫁さんがする文金高島田も島田髷の一種よ。結婚すると、ふきさんやハル江さんのような丸髷 (まるまげ) に変わるわ。髪型によって、未婚か既婚かが分かるのよね。明治になってくると、男性と同じように西洋風になる。西洋風のひとつの特徴は、日本髪のように油でべたべたに固めて、髷を結ったり、ふくらませたりするのではなく、自然に逆毛をたてて、膨らませたりするようになる。最初はいきなり日本髪から今のような髪型には変われないから、日本髪風な洋風… それからだんだんと本格的な洋風になっていくの。

洋風の髪型での代表的な形は、おでこの上が張り出している “庇まげ”。家の庇 (ひさし) みたいな形だからね。それから、ドラマでもでてくる花月巻。うしろの巻き方が特徴。明治38年、日露戦争の後半になってくると、二百三高地という髪型が流行ってくるの。それはうしろから前へ、日露戦争で乃木大将が攻めあぐねた二百三高地の山の形に似てるから… と言われているけど、本当に髪を結っている人が山を見たかというと… どうなんでしょうね (笑)

ドラマが進むにつれて、髪形はさらにコンパクトになっていくわ。というのもね、今まででてきた髪型は全部大きいのよね。洋風になってきているとは言っても、日本髪と同じように膨らますのには、やっぱり手間がかかるのよ。それから女性もどんどん活動的になってきて、女学生なんかは、曲げを結わずに三つ編みにするとかね。コンパクトでかつ、手間がかからないヘアスタイルに変わっていくわ。
その時代に沿った、いろいろなネーミングのヘアスタイルがでてくるのよね。そういうところは現代とも似たり寄ったりかしら。
髪型ひとつをとっても、よく見ると床山さんやヘアメイクさんたちが工夫をして、ドラマの中ではいろんな髪型を見ることが出来るわよ。
どんどん時代が変わっていくので、衣装・メイク・持ち道具などのスタッフたちは、みんなその都度工夫しているの。そういったところを見比べてもらうと、またおもしろいと思いますよ。

『遊女の運命』

江戸と明治以降の吉原は基本的にシステムは一緒なんだけれど、江戸の吉原は幕府公認ということで政府が認めた遊郭。けど、明治になるとそれが自由化されるの。遊郭があちこちに出来てくると、それに反比例して吉原は衰退していってしまうの。昔のような華やかさはないけど、それでも本家の “吉原” というブランドは強い。だって、他の新しく出来た地区には 「花魁」 と呼ばれる人は存在しないのよ。遊女はいるけど、花魁とは呼ばない。それは吉原だけ。ドラマでいえば、茅野さんは吉原の遊女でもトップランクと呼ばれる花魁だから、あんなに広いお部屋をもらえているのよ。
新太郎くんは、吉原の生まれということで、茅野さんとは幼な友だちで遊びに来ているようだけど、たぶんお金を払っていないでしょうね (笑)。裏から入って店の人とも顔なじみなんでしょう。「今日は客がいないから、あがって遊んでいいよ」 なんて言われているのでしょうね。

遊女も格が上になっていくと十分な収入があるけど、店が儲けているから自分の収入にはならないの。花魁の茅野さんは稼ぎ頭でしょうし、新太郎をタダで入れてくれるなんていうワガママも聞いてくれたのかしらね。

吉原にも実は定年があって、それが… 27歳なの!
今の人には怒られるかもしれないけど、27歳以上は女じゃないって言うのよ (苦笑)!そういう線引きのもと、27歳まで勤めたら商品価値がなくなるということで、店を出られるの。それか、借金を全部返せば出られる。でもね、はっきり言って借金を返せるほど稼げないのよ。理屈はお客から入ったお金は、ほとんどお店が持っていっちゃうの。それからお客さんにたくさん来てもらうために、キレイな着物を買ったり自分にお金をかけるから、借金をしてまた着物を買う… その繰り返しで借金がさらに膨らんじゃうのよね。
基本的には借金を返して出るなんて、ほぼ無理。だけど、最後の手段で “身請け” という制度があるの。お金をたくさん持っている旦那が、遊女をお店から買うのよね。お店を出て、その旦那と正式な結婚というケースもあるし、妾というケースもある。その遊女の借金を代わってすべて払って、お店から出してくれるけど、その人の妾になる… 考え方によっては玉の輿だけど、それが幸せなのかどうかというのはわからないわ。

ドラマを見ていただけたらわかると思うけど、吉原の入り口の大門を入ると、そこから吉原になるの。そこからずーっと店が並んでいたわよね。大門は江戸時代には屋根が付いた門だったんだけど、明治になると青銅の柱になってしまったの。でも明治になっても相変わらず、通りにはたくさん人がいて、お店の格子の中には遊女たちが座っている。そこで、男性陣は品定めをするのね。このドラマでは、ほとんどの場合、営業が終わりかけている時間帯のシーンというともあり、あまり遊女はいない設定だったので、ちょっと残念ね。

『縁を切られる篤蔵』

このドラマの時代は、江戸時代と同じで結婚相手は親が決めていたの。
親が決める基準は家格。武士で言うところの石高 (こくだか) ね。それが一番バランスがいい。両家のお付き合いも同等に出来るから。
両家が商家ということでも、大店は大店とお付き合いしたほうがご都合がいいし、相手が農家になったら “豪農” と呼ばれている家柄同士がいい。
こうして、その地域で似たような家格同士が結婚していくと親せきが濃くなっていくのよね。すると、噂が広まっていくわけ。篤蔵のような “のく蔵くん” は評判がすこぶる悪いから、武生という街の同格の家では結婚も出来ない状態だったの。だから、ちょっと離れた隣の鯖江だったら噂が広まっていないんじゃないかなというところで縁談がきたの。ドラマの中のセリフでも出てきていたけど、ここで仲人さんが登場するわ。仲人さんは専門の人ではないけど… 世話好きな人っているじゃない。今も昔も (笑)、そういう人たちが間に入って 「○○さんのお嬢さんと○○さんの息子さんはちょうど釣り合うからいかがですか?」 と話を持ってくるの。話を持ってくるとき、お互いの相手を褒めるわよね?欠点は言わないわよ。仲人口は。だからと言って、それをみんな信用はしないの (笑)。ある程度、身上調査的なことはしていたわ。その上で、自分の家にとってメリットがあるかないかを判断する。松前屋さんの高浜家にしてみたら、婿の出来うんぬんよりも、秋山家の “男腹”。それを頼りにもらってくれたんだと思うわ。

俊子さんの家は商家で、篤蔵さんは豪農なんだけど、家格は地域のなかでは一緒。金之助さんがドラマの中で “持参金” と言っていたと思うんだけど、ちょっと問題があったりする場合は微妙にお金を付ける… そういうケースもあったわ。それから、お嬢様が嫁いだ先で贅沢をするために、向こうのお家のお金を使うと怒られちゃうから、実家から持って言ってお小遣いにする意味の持参金や、同格だけど、片方の家がお金がないというときは、持参金つきの婿や嫁をもらうことで挽回する… そういうケースもあるわね。家のご都合が結婚のご都合だったのよ。

下々の庶民には、自由恋愛がなかったわけではないわ。結局、亭主に毎日食うだけの稼ぎがありゃそれでいいよという人たちは、恋愛結婚は OK。でも、そういう場合でも親が反対したらやっぱり出来ない。いくら庶民でも。親の許しがないと。戸籍に戸主の了承がないと、戸籍が動かせないから、“正式な結婚” は出来ないわね。

明治になると戸籍が出来るから、今と同じように婚姻届はあったのよ。
今回、篤蔵くんと俊子さんが離縁するしないという話のときに書類がでてきたでしょ?あれは当時の町役場や村役場に戸籍変更のお願いをする書類なの。そのとき、特にリアルにしたところなんだけれど 「入り婿離縁状」 となっているのに気付いたかしら?
篤蔵くんは単純に俊子さんと結婚したのではなくて、結婚することで高浜家の養子にもなっているのよ。養子ということと結婚ということが二重に重なって入り婿なの。
普通の結婚だったら先に亭主の名前があって、あとに奥さんの名前だけど、入り婿ということは、家付き娘の俊子さんがリード役なの。俊子さんのほうが書類をつくって、それに従うように篤蔵さんが承認する。だから名前も妻のほうが先。ドラマを見ていた方の中には妻・夫となっていて違和感があったかもしれませんが、それは 「入り婿離縁状」 だから。高浜家が篤蔵くんを離縁する。リードは妻の側にあるからなのです。


↑このページの一番上へ