ドリマ署橋本班 “ハシ”チョウ日記 シリーズ5

vol.16

2012年6月8日(金)

橋本です。
第9話もご覧いただき、ありがとうございました。
ちょっと重いテーマのお話でしたが、
皆さんから寄せられたメッセージを読むと、
とても真剣に見ていただいたみたいで、
ああ、この話を作った甲斐があったな、
としみじみ思っています。

ドラマを見ることで、
ふだん考えていなかった「何か」を、
少しでも考えるきっかけになることができれば……。

おこがましいかも知れませんが、
私はそんな想いで、いつもドラマを作っています。
なかなか上手くいかないことの方が多いのですが、
これからもあきらめずに挑戦していきたいと思っています。

第9話のお話を作るベースになったのは、
たまたま目にした、マザー・テレサの言葉でした。

「この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。
人から見放され、
『自分は誰からも必要とされていない』
と感じる事なのです」

この言葉に興味をひかれ、
知ってるようで実はあまり知らなかった、
マザー・テレサという人をもっと知りたいと思い、
初めて伝記を読んでみたのです。

漠然と、「貧しい人々を救った聖母」というイメージは持っていたのですが、
伝記を読んでみて驚いたのが、その「救い方」でした。
飢えた子どもに食べ物を与えたり、病気の人を治療したり、
という「救い方」しか思い浮かべていなかった私の先入観は、
見事に裏切られました。

もちろん、そういう行為は当たり前のようにしています。
そのための施設を作ったり、制度を作ったりと、
とても献身的に活動しています。
しかし、マザー・テレサが一番力を入れていたのは、
当時のインドにあふれていた、
「生まれた時から、誰からの愛情も受けられず、
ゴミのように扱われて生き、ゴミのように死んでいく人々」
を何とかして救うこと、でした。

彼女は言います。
「行き倒れている人は、
皆さん生まれてから愛情を掛けられた経験も無く、
ゴミの様に扱われて生きて来られました。
最後は道端のゴミとして終わろうとしています。
せめて最後の瞬間ぐらいは沢山の愛情を受けて、
自分がゴミでは無く人間なんだと思いながら旅立って欲しい」

道端で行き倒れ、
その生涯を誰に看取られることもなく終えようとしている人を、
マザー・テレサは抱えるようにして、家に連れてきました。
そして、何人かのシスターたちが付きっきりで、
その手を握りしめ、からだをさすりつづけてあげるのです。
「あなたは、こんなに愛されているのよ。
あなたは私たちにとって、本当に必要な人間なの。
あなたがこの世に生まれてきたことは、
けっして意味のないことじゃなかったのよ」

ゴミのように生きてきたその人は、
最期は愛に包まれ、人間として旅立っていくのです。

こんな「救い方」があったのか……。
ただ単に生存日数を増やすことが、
「命を救う」ことだと思い込んでいた私は、
はげしい衝撃を受けました。

それから、いろいろなことを考え、
脚本のいとうさんともいろいろなことを話し合って、
結実したのが第9話の安積さんのセリフです。

『人の命に重さの違いなんてない……。
ただ、その輝きを増すものがあるとしたら、
その命を愛おしく想ってくれる人の想いなのかもしれない……』

安積さんの言葉によって、
「何か」を考える人が少しでもいたとしたら、
ドラマ制作者として、こんなにうれしいことはありません。

最後に、マザー・テレサの言葉をもうひとつ。
「あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。
蹴り返されるかもしれません。
気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。」

さて、来週の月曜日からは、
「ハンチョウ5」も、いよいよ最終章に突入します。
「木曜日の子供」とは!?
「容疑者M」とは!?
そして、「特捜一係」が新設された理由とは!?

さまざまな「謎」が明らかになっていきます。
「ハンチョウ5」ラスト・ステージ3部作!
まずは、来週月曜日よる8時、第10話をお見逃しなく!
よろしくお願いいたします。