ドリマ署橋本班 “ハシ”チョウ日記 シリーズ5

vol.10

2012年4月25日(水)

橋本です。

第3話もご覧いただき、ありがとうございました。
思った以上にいろいろな方から、
「3話、面白かったよ!」
と言われました。
私たちは、その一言を聞くためだけにドラマを創っている、
と言っても過言ではないので、
しみじみとうれしかったです。
ありがとうございました。

今回のシリーズ5を立ち上げるとき、
私は自分の中で、一つのテーマを決めていました。
新しいドラマが始まる前に、
あまり理屈っぽいことを言ってもなあ・・・・・・、
と思い、今まで誰にも言ってなかったのですが、
もう第3話までオンエアーしたし、
少しぐらい堅苦しいこと言っても許されるのではないか、
ということで書かせていただきます。

それは、「人間と組織」というテーマです。

ちょうど「ハンチョウ・シリーズ1」が始まる頃、
2009年の2月に村上春樹さんがエルサレムでスピーチをしました。

「高くて、固い壁があり、
それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、
私は常に卵側に立つ」
という、有名なスピーチです。
そのスピーチは、こう続きます。

「私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。
私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った、
個性的でかけがえのない心を持っているのです。
わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。
そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、
高く、堅固な壁に直面しています。
その壁の名前は『システム』です。
『システム』は私たちを守る存在と思われていますが、
時に自己増殖し、私たちを殺し、
さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです」

村上さんの言う「システム」は、「組織」と置き換えてもいいと思います。
「組織」というのは、「国家」とか「会社」とか「学校」とか「町内会」とかのことですね。
日本語に訳されたスピーチを新聞で読んで、
私は鳥肌が立つような戦慄を覚えました。
日頃、漠然と思っていたことを、あまりに的確に村上さんが表現してくれたからです。
本来は私たち一人一人の人生を豊かにするために構築されたはずの「組織」が、
なぜ私たちの自由な意思を踏みにじり、時には理不尽な選択をせざるを得ないような状況に追い込むのか・・・・・・。

そして、「ハンチョウ」シリーズ1が終わる2009年7月に出版された、
「安積班読本」今野敏 著・監修 (ハルキ文庫刊)
に掲載された今野先生のインタビューを読んで、
再び戦慄を覚えることになります。

今野先生は、「安積班シリーズ」を書き始めた理由を聞かれ、
次のように答えています。

「僕は安積班シリーズを書くとき、
いわゆる推理小説ではなく、
人間を描く、組織を描く、
ということをいつも念頭に置いています。
組織の中でなにかやるということは、
どんな組織であれあまり違わないと思います。
警察官というと特殊な立場にあるみたいですが、
警察という組織の中で動いている時は、
普通の会社の人間関係とそれほど変わらない。
同僚がいて、上司がいて、部下がいて、
守るべき決まりがあって。
ただ、その決まりが一般の企業より警察のほうが、
少しだけ縛りが厳しい。
ともすれば、上の言うことだけを聞いていればいい、
ということになりがちな組織なんです。
そんなところで、ちょっとかっこいい正義感を持った警察官とは、
どういう人間かと考えてみる。
つまりは、部下をかわいがり、上司からの防波堤となる、
理想的な中間管理職。
そういう警察官を描ければ面白いと思いました」

そうか、「安積班シリーズ」は、「人間と組織」の物語だったのか。
だとすれば、「ハンチョウ」シリーズは、「人間と組織」のドラマではないか・・・。

この時、私の中で、
「いつか、そのテーマを真正面から描いてやろう」
という思いが芽生えました。

そして、舞台を警視庁に移した今シリーズを立ち上げるとき、
これは「人間と組織」を描く絶好のチャンスだと思ったのです。
尾崎という刑事を、組織に素直に従わない、
一匹狼的なキャラクターに造形したのも、
このテーマのためです。

村上さんのスピーチは、こう締めくくられます。

「今日、皆さんにお話ししたいことは一つだけです。
私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。
『システム』と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです。
どこからみても、勝ち目はみえてきません。
壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。
もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、
私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、
さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを、
強く信じることから生じるものでなければならないでしょう。
 
 このことを考えてみてください。
私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。
『システム』はそういったものではありません。
『システム』がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。
『システム』に自己増殖を許してはなりません。
『システム』が私たちをつくったのではなく、私たちが『システム』をつくったのです」

堅苦しい話を、長々としてしまいました。
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。

第4話は、小池刑事が大活躍する「潜入捜査」編です。
青春ドラマのような、ほろ苦さと爽やかさが印象に残る物語です。
ゴールデン・ウィーク真っ最中ですが、
ぜひご覧ください。
よろしくお願いします。