第7回長崎同学年トリオを前半に起用したMHPSが4区・井上でトップに立つか?
34歳・今井は新境地で“花の4区”に参戦
内容
例年より1日早く12月30日に、ニューイヤー駅伝の区間エントリーが発表された。
Hondaの設楽悠太(27)が発熱のため欠場になったが、旭化成、トヨタ自動車、富士通の3強は、判明していた故障者・体調不良者以外はほぼ、予想されたメンバーが出場する。
3強を追うチームではMHPSが1区(12.3km)に的野遼大(26)、3区(13.6km)に目良隼人(26)を起用してきた。今季の成長が著しい2人で好位置を確保し、4区(22.4km)のアジア大会マラソン金メダリストの井上大仁(25)でトップ進出を狙う布陣だ。この3人は全員が長崎県出身で、同学年でもある。
前回4位のトヨタ自動車九州は、元祖“山の神”今井正人(34)が7回目の4区に出場する。半年間チームとは別行動でリフレッシュした今井が、新たな境地で4区へ、そして3月にはマラソンでMGC(*)出場権獲得に挑戦する。
*マラソングランドチャンピオンシップ。東京五輪代表が最低でも2人決定する選考レース。9月15日に東京五輪に準じるコースで開催される
トップが見える範囲で井上に
大会2日前に前橋市内のホテルで、前回上位8チームの監督が出席して会見が行われた。
席上MHPSの黒木純監督は「トップが見える位置で4区の井上にタスキを渡したい。そして井上でトップに立つことが初優勝のための条件」と力強くコメントした。
MHPSの1区は的野、2区はエノック・オムワンバ(25)、3区は目良という布陣。
「1区が重要だと考えて、この1年で力を付けた的野に任せました。できればトップで2区に渡してほしい。エノックはきっちりつなぐ役割です。旭化成や富士通の外国人選手と比べると少し力が落ちるのですが、日本語が話せる部分はアドバンテージだと思うので、そこを生かせるか。1秒でもいいので、離されずに来てほしい。3区の目良もトップに立つというより、どうしのぐか」
黒木監督のコメントにあるように、今回のMHPSは初優勝に強い意欲を見せている。
3強に比べれば選手層の厚さ(チーム10番目選手の比較など)は劣るが、近年は各選手がしっかりとニューイヤー駅伝に合わせて上位に進出している。
一時期は九州予選を通過できなかったMHPSだが、2014年アジア大会マラソン銀メダリストに成長する松村康平(32)と、現キャプテンの木滑良(27)が2009年に入社。2人の活躍で20位台のアベレージまでチーム力が上昇した。そして井上が加入して4区を走るようになると16年大会11位、17年4位、18年8位と入賞常連チームに成長した。
「4位になったときに次は優勝を狙っていかないと、3位以上も難しいと感じました。17年度もキャプテン、副キャプテンを交えて話をして、できれば優勝したいと思っていました。今年度は特に、選手たちも優勝を口にするようになり、その意識がチームに定着している」
監督たちの会見に続いて、選手7人の会見が行われ、井上は冷静な口調で次のように話した。
「初優勝のために自分の区間で区間賞を取り、良い流れにチームを乗せたい。どのチームも強いと思いますが、(MHPSが)3連覇を狙っていた九州予選で見事に打ち負かされた旭化成が最大のライバルと思っています。
個人では同学年の旭化成・市田孝(26)君や、富士通・中村(匠吾・26)君もすごく強いので、そういった選手たちに負けずに自分も区間で1番、チームも1番を取れるように頑張ります」
的野、目良の井上へのライバル意識
黒木監督が初優勝を狙うと考え始めたのは井上だけでなく、目良と的野の成長が期待できた頃からだ。3人の中では的野が最初に結果を出した。中学時代に全日本中学の800 mと1500mで優勝。高校時代は5000mでも長崎県ではナンバーワンの存在だった。井上が県内3番手、目良が4番手だったという。
その的野が今季は、長距離種目や駅伝でも実績を残し始めた。
9月には5000mで13分49秒11、10月には10000mで28分38秒55と実業団でも通用する記録を出したのだ。ラストスパートの強さは今後、代表争いをするレベルに成長した時にも大きな武器になりそうだ。
的野が自身の成長について、12月中旬の取材時に次のように話していた。
「年度初めの監督との面談で、井上に負けないように頑張りたいと伝えたのですが、『口だけで行動に出ていない』と厳しく指摘されました。それからは練習にも試合にも、昨年以上の真剣さで取り組みました。長い距離に適応できるようになったのは、やはり井上の存在が大きいと思います。井上が基準になっていますから、井上に負けない練習をしていたら知らない間に、距離への不安がなくなってきた」
MHPSの1区は前回こそ目良が腹痛を起こして区間25位と出遅れたが、2年前の目良は区間5位、3年前の定方俊樹(26)は区間8位。的野も「スパートならその2人に勝てます。1区は駆け引きも魅力だと感じていますし、区間賞争いをしたい」と自信を持っている。
もう1人の目良は、的野に5000m・10000mの自己記録を1秒ずつ超されたが、駅伝では的野より実績がある。
高校では全国的な活躍はできなかったが(井上も同様だが)、MHPSで成長できたのは、やはり井上の存在が大きかったという。
「井上は日常生活中でさえ、外国選手に勝ちたい、世界と勝負したいということを普通に言える選手なんです。意識の高いトップ選手が身近にいてくれるので、その選手に勝てば自分も日本のトップレベルになることができます。
今は抜き出た存在ですが、いつかは勝ちたい相手です。あいつは別格だと決めつけず、あきらめず、少しずつでも自分も上がっていきたい」
2人のライバル意識が上州路で走りに現れれば、井上にもいつも以上の力が出る。MHPSが4区でトップに立つシーンが見られる可能性が出てきた。
4区のラスト3.5kmをどう走るか
選手たちの会見では4区の高林交差点を左折してから、残り3.5kmの向かい風部分をどう走るか、という質問が出た。4区を走る4人は次のように答えている。
◇旭化成・市田孝「2年前はそこで失速してしまって、まとめるレースができませんでした。先に中継所を出た井上選手に追いついたのですが、最後で引き離されたので、区間賞は取っているのに自分が負けたと思っている人もいる。今回は最後までペースを維持して、5区の村山謙太(25)にタスキを渡したい」
◇トヨタ自動車九州・今井正人「自分にとって一番の見せ場です。高林交差点までしっかり走り、さらにプラスアルファの力をしっかり出したい。ひとかぶせ、ふたかぶせするところですね」
◇富士通・中村匠吾「前半からある程度のスピードでしっかり走りますが、最後で仮に競り合っていたら、自分の持ち味である粘りを発揮して、少しでも前に出てタスキを渡したい」
◇MHPS・井上大仁「残り3km気持ちを切らさず、精一杯の走りをします」
井上も過去3回連続で4区を走り、市田が指摘したように最後まで粘り強い走りをしているが、経験では6回4区を走ってきた今井が勝る。区間賞1回、区間2位5回と、ハイレベルで安定した戦績を4区で残している。今井は4区で抜かれたこと自体がないが、最後の3.5kmに限定しても、抜かれたり引き離されたりしたシーンは本人も記憶がないという。
会見後のカコミ取材時に今井が、「ひとかぶせ、ふたかぶせ」の意味を詳しく話してくれた。
「一番キツイところでペースは落ちるのですが、そのキツイところにかぶせていく、さらに突っ込んでいくイメージで走ります。なんとかしのぐ、のではなく、一段、二段と上げて行く。そういった気持ちでは絶対に負けません。(箱根駅伝5区と)その意味では一緒で、自分をアピールできる場であり、自分もチームも盛り上がることができる。駅伝はやっぱりワクワクできる。そう思えるところだと思います」
トヨタ自動車九州は、4区の今井で先頭争いに加わる展開も予想できる。森下広一監督は「5区までを一括りと考えています。例年よりも6・7区はしっかりした選手を置くことができた」と優勝にも希望を持っている。
今井の持ち味が生きる駅伝、駅伝が生きるマラソン
その今井がマラソンでは、2015年に2時間07分39秒を出した後、髄膜炎を発症して代表に決まっていた北京世界陸上を欠場。その後は2時間10分切りができていない。18年3月のびわ湖は9位、日本人2位の2時間11分38秒で、MGC出場資格も惜しいところで逃した。
それを機に森下監督から提案され、チームの練習から半年間離れた。
「ここ2年間くらいもやもやしていましたが、気持ちを切り換える期間があってもいいと判断しました。色んな人に会って、教えてもらって、家族との時間も持って。一番は自分を見つめ直すことが目的でしたが、半年後に変わった自分を見せられたらいいかな、と。充実した良い期間になったと思います」
半年後に合流した今井の練習ぶりを、森下監督は「力が抜けている」と感じている。
「ここ3〜4年は無理に体調を作っていたようなところも感じられました。今は体と相談して、余力を残しながら体調を上げている。それをレースにつなげられるかどうかが、明後日の4区で見えてきます」
その練習法で結果を出すことができれば、マラソンにもつながると森下監督はいう。
元から駅伝の走りは、今井自身もマラソンにつながると感じている。
「MGC資格はまだ獲得できていませんが、この駅伝の走りはマラソンの35kmからの走りと思って臨んでいます。自分の持ち味を生かせるのが駅伝で、駅伝の走りを生かせるのがマラソンです。目的を持って4区を走ります」
マラソンは3月の東京かびわ湖への出場を考えている。新境地に至った今井が、ニューイヤー駅伝でどんな走りを見せ、マラソンにどうつなげるか。本番2日前にまた1つ、2019年初レースの見どころが増えた。