コラム

2019年1月1日更新 text by 寺田辰朗

第9回兄弟選手たちの上州路のドラマを見逃すな!
市田兄弟と村山兄弟が旭化成3連覇に挑戦
村山兄弟と服部兄弟は兄同士が5区で、弟同士が1区で対決

内容

兄弟選手が多数、上州路に登場する。3連勝を目指す旭化成には市田孝(26)・宏(26)兄弟と、村山謙太(25)・紘太(25)兄弟、2組の双子がエントリーされた。
年子の服部兄弟は、兄の勇馬(25)がトヨタ自動車の5区、弟の弾馬(23)がトーエネックの1区を走る。3学年違いの田村兄弟は、実業団2年目の弟・友佑が黒崎播磨の1区、箱根駅伝の青学大4連覇をすべて走った兄の和希は住友電工の3区を任された。
1人しか出場しない双子兄弟が2組出てしまった。設楽兄弟は弟のマラソン前日本記録保持者の悠太(Honda・27)が発熱で欠場するため、兄の啓太(27)だけが日立物流3区にエントリーされている。松村兄弟は前回Hondaの3区を任された兄の優樹(25)がメンバー入りできず、弟の和樹(25)が愛知製鋼の3区を走る。
そして兄弟で唯一、同じ区間を走るのが双子の松宮兄弟だ。愛知製鋼の6区が兄で5000m前日本記録保持者の隆行(38)、セキノ興産が弟の祐行(38)。
兄弟たちの上州路のドラマは、かなり濃い内容になると予想される。

3年連続兄弟区間賞よりも“花の4区”へのこだわり

長距離の双子選手といえば、旭化成の宗茂・猛兄弟が草分け的な存在。
兄の茂が1976年モントリオール、80年モスクワ(日本はボイコット)、84年ロスと五輪3大会に出場し、78年には2時間09分05秒6(当時は10分の1秒単位で計測)と当時の世界歴代2位で走って世界に衝撃を与えた。弟の猛はモスクワ、ロスと五輪2大会の代表。ロス五輪は4位に入賞した。
旭化成は駅伝でも20世紀に21回優勝した日本一の名門チームである。21世紀に入ると優勝から遠ざかったが、2年前の17年大会で18年ぶりのV。1区の村山紘太は区間13位だったが、トップとは11秒差と1区の役割を果たした。そして4区・市田孝、5区・村山謙太、6区・市田宏が圧巻の3連続区間賞。最長区間の市田孝が6人抜きで5位に上がると、村山謙太がトップに浮上。市田宏が2位のトヨタ自動車に58秒差として優勝を確実にした。
前回は村山紘太こそメンバーから外れたが、3区の市田孝が区間賞で2区からのリードを広げた。4区でHondaにタイム差なしまで追い上げられたが、5区の村山謙太が2年連続区間賞で2位のHondaに14秒差とすると、6区の市田宏も2年連続区間賞で1分03秒まで差を広げて優勝を確定的にした。3人が2年連続区間賞を取る活躍で、旭化成が2年連続23回目の優勝を達成したのである。

市田兄弟は今回、3年連続の兄弟区間賞がかかる。2人は「連勝を守る意識ではなく、ゼロから優勝に挑戦した結果が3連覇になれば」(宏)と異口同音に話した。そこは何も話し合わなかったが、以心伝心でシンクロした。だが、兄弟での3年連続区間賞については「そこは宏と約束して臨みたい」と孝は12月中旬の取材で話していた。
だが兄弟区間賞を優先しているわけではなかった。孝は前回、4区を外れたことをしきりに悔しがり、この1年間ももう一度4区を走ることを希望して頑張ってきた。他の区間の方が区間賞を取る確率は高いが、それよりもエース区間にこだわった。
「2年前は区間2位の今井(正人・トヨタ自動車九州・34)さんと1秒差で、たまたま取れた区間賞でした。中身のある区間賞を取りたいとずっと思っていて、できれば(発熱で欠場する設楽)悠太(Honda・27)さんとも一緒に走りたかった」
兄弟区間賞は駅伝の勝利には大きく貢献するが、自身の成長のためにはもっと大切なことがある。宗兄弟の時代から、いや、それ以前から、旭化成は日本長距離界の中核として世界を目指してきた。双子兄弟が活躍する伝統は旭化成の本質ではなく、表面的な彩り(カラー)とでも言うべき部分だろう。

仲の良さも村山兄弟の強さの秘密

市田兄弟もそうだが、村山兄弟は周りが羨むほど仲が良い。学生時代は謙太が駒大、紘太が城西大と別のチームだったにもかかわらず、試合前にはレース運びなどをアドバイスし合っていた。
スタミナ的な強さも持つスピードランナーの謙太と、ハーフマラソンも走れるがスピード的な強さが色濃い紘太。タイプは少し違うが、自身と同程度の能力を持つ選手が、客観的に、そして親身にアドバイスをしてくれる。それが村山兄弟の強さの1つになってきた。
コラム第1回で紹介したように、紘太が1年前の11〜12月頃、試合に出ることに怖さも感じてしまっていた。謙太は「(10000m)日本記録保持者の肩書き意識しすぎることが怖さにつながっていると感じたので、そこは忘れるようにして、挑戦者になりきるように」とアドバイスした。

紘太はまだ、トラックでは完全に立ち直ってはいないが、ニューイヤー駅伝に近づくにつれて日に日に状態は良くなっている。
「入社してから4年間で、今が一番状態が良いですよ。(1区で優勝メンバーとなった)2年前と比べても心の余裕がある。先頭から離れず、感情をコントロールしながら走ります。集団の中でペースの変化があっても過敏に反応しないで、自分をコントロールしたい。その結果として区間賞が取れると思います」
紘太が区間賞を取れば、トラックでの完全復活も期待できる。しばらく見ていない紘太のラストスパートが、高崎中継所近くで見られそうだ。
謙太は2年連続区間賞で、5区に対してすっかり自信をつけている。紘太は「(向かい風も上りも)得意じゃないと言いながら、強気に走っているのがわかります。負けない自信があるのだと思う」と兄のことを見ている。
前回は山中秀仁(Honda・24)とほぼ同時にタスキを受けたが、最初の400 mを、多少の誤差はあるかもしれないが60秒ちょっとのスピードで入って山中を引き離した。後ろに付かれたり並走になったりすると、風の受け方に違いが生じる。謙太は「平等に風を受けるようにすれば、力の差が現れる」と考えたのだ。
「風も真正面から吹き付けてくるわけではありません。その辺を考えて、先頭だからできることも加えて対処しています」

謙太もすでに、3月の東京マラソンに向けてのマラソン練習に入っている。
11月の八王子ロングディスタンス10000mと翌週の甲佐10マイル(約16km)も、間に40km走を入れながら出場した。市田孝と同様、区間賞だけにこだわらず、マラソンとの両立を目指してのニューイヤー駅伝出場になる。
「その中でも状態は上がっているので、前回と同じように駅伝も良い走りができると思います。例年5区をトップで終えたチームが優勝していますから、チームには5区でトップに立つ走りが期待されている。3回連続区間賞は(無理に飛ばしたりするのでなく)堅実に走って取りたいですね」
周囲からは強気な走りに見えても、謙太自身にとっては堅実な走りをしている。それは謙太の底力が上がっていることの裏返しだろう。

村山兄vs.服部兄。5区の対決が優勝を左右する可能性

服部兄弟も村山兄弟と同様、タイプが異なる。福岡国際マラソンで日本人14年ぶりの優勝をやってのけた兄の勇馬は、スタミナ型の選手。2018年日本選手権5000mで優勝した弾馬はトラックを得意とするスピード型だ。優勝を狙うトヨタ自動車は勇馬を勝負どころの5区に起用し、前半で前に出たいトーエネックは弾馬を1区に起用した。
村山兄弟と服部兄弟は兄同士が5区で、弟同士が1区で対戦することになった。
弟2人はともに、日本屈指のラストのスピードの持ち主。ニューイヤー駅伝の1区は、その年の日本陸上界最初の大勝負である。平成最後のファーストバトルは、歴史に残るスパート合戦になるかもしれない。
優勝争いという点で重要になるのは村山謙太と服部勇馬、兄同士の5区での対決だろう。2人とも宮城県の高校出身で、高校・大学を通じて同じ区間で何度も対決してきた。勝率では服部勇馬が上だったことは、村山謙太も認めている。
対決についての2人のコメントを紹介する。

村山謙太「ついに(対決が)来たか、と思いました。勇馬は強さも弱点もわかっていますが、知りすぎているので一番嫌な相手です。5区は勇馬の得意な向かい風と上りです。切り換えのスピードでは僕が上ですが、その分、彼は冷静に走ってくる。どのタイミングで切り換えるか、ですね」
服部勇馬「力でいったらまだまだ謙太さんが上ですが、負けないようにしたい。急激な切り換えには対応できないと思いますが、(箱根駅伝の2区でもそうして勝ったように)、焦らず冷静に対応したい。苦手意識はないですね」
チームの勝敗に果たす役割の重要性を考えても、5区の2人の対決が俄然、注目度が大きくなった。
話を一度、服部兄弟の区間配置に戻したい。
選手のタイプと両チームの状況を考えれば弾馬の1区、勇馬の5区は予想できたことだが、勇馬が「自分も1区になった」とLineで弾馬に送ったら、弾馬がかなり慌てていたという。負けると思ったわけではなく、兄弟対決の覚悟ができていなかったのだろう。
いずれは服部兄弟の直接対決も見てみたいが、今大会では旭化成の兄弟2組と同様に服部兄弟にも、兄弟区間賞の可能性がある。村山兄弟と服部兄弟で、区間賞を1つずつ分け合うケースもあるかもしれない。

いずれ実現しそうな田村兄弟対決

田村兄弟は兄の和希の名前が全国区だ。
和希は1年前まで青学大で箱根駅伝4連覇に全て出場した。出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝も含めた学生駅伝3大会に4年間で9回出場し、区間賞は計6回。かなりの高率で区間賞を獲得してきた。

住友電工に入社1年目の18年シーズンは、10000mで自身初の27分台(27分58秒35)をマークし、関西実業団駅伝でも3区区間賞と幸先の良い実業団競技生活をスタートさせている。ニューイヤー駅伝3区はレベルが学生駅伝とは違うが、“駅伝男”と言われた勝負強さが発揮されれば、区間賞の可能性もゼロではない。
弟の友佑は高校から、大学を経ないで黒崎播磨に入社した。
「陸上を始めたのは兄に憧れて、ですが、箱根駅伝で活躍しなくても実業団で地道に力をつければ世界陸上やオリンピックにも行ける」
入社した17年の10000mは29分37秒97がシーズンベストで、ニューイヤー駅伝は6区で区間21位。それが18年は10000mで28分31秒06と1分以上タイムを縮め、ニューイヤー駅伝は1区に抜擢された。
18年3月に取材をする機会があったが、自身の18年シーズンの目標を次のように話していた。
「10000mは28分台を出して、ニューイヤー駅伝は1区か3区を走り、上位でタスキを渡し、チームに貢献できる選手になりたいです。兄との対決があるとすればたぶん3区でしょうけど、仮に自分が3区を走れたとして、1年後では勝負にならないと思います。ちゃんと力をつけて、勝負ができる選手になりたい」
高卒1年目で、ここまで正確に見通していたのは慧眼と言っていい。友佑の成長ぶりから、兄弟対決がいずれ実現するのは間違いないだろう。
絶対に実現しない兄弟対決もある。

カネボウ1区の大西一輝(31)の双子の弟、大西智也はすでに現役を引退し、今は旭化成コーチとなっている。智也は五輪&世界陸上の代表歴こそないが、10000mで27分台(27分50秒72・2010年)を出し、ニューイヤー駅伝1区でも11年と14年に区間賞を獲得したトップランナーだった。
それに対して一輝は、10000mで28分台後半のレベルが続いていた。それが18年の日本選手権で2位と快走し、弟を上回る順位に食い込んだ。タイムも11月に、28分15秒27の自己新を31歳にしてマークした。カネボウの高岡寿成監督によれば「ケガなく継続して練習ができるようになったこと」が好調の要因だ。
東日本予選の1区でも2秒差の区間2位。村山紘太や服部弾馬ほどラストに強い印象はない。だが弟の智也がそうしたように、どこかのタイミングで思い切り前に出ることができれば、弟に続く1区区間賞の可能性もゼロではない。
実現すれば、かなり感動的な兄弟区間賞になるのではないか。

松宮兄弟は競技生活26年目で初対決

ここまで見てきてわかるように、駅伝の兄弟対決は簡単には実現しない。それが今大会では唯一、松宮兄弟の対決が6区で実現する。
松宮隆行は2007年に5000mの日本記録を出し、翌年の北京五輪に5000m・10000mで出場した。ニューイヤー駅伝2区(当時の最長区間)で3回区間賞を取り、コニカミノルタの優勝にはエース区間で必ず区間上位の走りで貢献した選手だ。02年には弟の祐行と兄弟そろって区間賞を取ったし、優勝メンバーに兄弟で入ったことも何度もあった。

その松宮兄弟も19年2月で39歳になる。隆行も祐行も全盛時の力はないが、チームは別々になったが兄弟そろってコーチ兼任の肩書きで走り続けている。
祐行の方は前回5区で区間37位だが、隆行は愛知製鋼に移籍後も16年大会・5区区間6位、17年・5区区間9位、6区区間6位と区間ヒト桁順位を続け、チームの3年連続13位を支えている。
祐行がいつまで続けられるかわからないが、隆行は40歳のシーズンとなる19年シーズンも走り続ける意向だ。秋田・花輪高から実業団入りし、入社3年目から一度もニューイヤー駅伝出場は途切れていない。
「今回で19回目なんです。1年後にも出られたら20回連続なので目標にしたいですね」
高卒間もない頃と変わらない、ぼくとつとした口調で隆行が話していた。
2人の現状からガチンコ対決にはならないが、兄弟対決についても抱負を聞いた。
「中学1年の13歳のときに2人で陸上を始めましたが、26年目で初めて駅伝の同じ区間を走るんです。まさか38歳で実現するとは思いませんでした。(2人の今の立場を考えたら)兄弟の勝ち負けではなく、兄弟でそれぞれのチームのために少しでもプラスとなる走りをしたい。愛知製鋼はチームの目標が10位以内。最後の8kmの練習も去年より全体的に良かったので、可能性はあります。自分もそのために6区の役割を果たしたい。準備は万全です」
どの兄弟もそれぞれに立場があり、思いがある。それは選手全員にいえることだが、兄弟という関係が加わると、人生の機微が映し出されやすい。
ニューイヤー駅伝出場選手の競技人生は長い。だからこそ興味深く、味わい深い。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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