コラム

2018年12月24日更新 text by 寺田辰朗

第3回MGC出場権獲得の中村と5000m代表を目指す松枝を中心に
強い個性がまとまった富士通が3強の一角に

内容

東日本実業団駅伝優勝の富士通が、旭化成、トヨタ自動車とともに3強に数えられている。
今季の富士通は前半区間が充実している。
インターナショナル区間の2区で区間賞候補のベナード・キメリ(23)、5000mで19年のドーハ世界陸上代表を目指す松枝博輝(25)、3000m障害で17年ロンドン世界陸上代表だった潰滝大記(25)らで、トップ争いの展開に持ち込むことが期待できる。

そしてマラソンでMGC(マラソングランドチャンピオンシップ。
東京五輪代表が最低でも2人決定する選考レース)出場権を獲得した中村匠吾(26)が、最長区間の4区(22.4km)に登場するだろう。中村がびわ湖マラソン終盤で見せた粘りを発揮すれば、ライバルチームのエースたちに勝負を挑むことができる。
20世紀最後(2000年)のニューイヤー駅伝に優勝した富士通が、平成最後のニューイヤー駅伝も優勝で締めくくろうと意欲を見せている。

中村に期待できる“ロードの粘り”

中村はこの1年で走ったマラソンの2レースとも、最後の2.195kmを6分46秒で走破した。
タイム自体はそれほどでもないが、レースの流れを見るとかなり高く評価できる。

初マラソンだった3月のびわ湖は2時間10分51秒で日本人トップ。暑さもあって終盤のペースが落ち込んでいるなか、40kmで一気に切り換えた。それができなければ、2時間11分00秒のMGC出場資格ラインを破れなかっただろう。
9月のベルリンは2時間08分16秒で4位。ペースメーカーが設定よりも前の集団で走ってしまい、5km付近から単独走が続いてしまった。びわ湖よりも速いペースで進んでいたが、その分、最後で切り換える難しさもあったはずだ。
びわ湖では40kmまでの5kmは16分23秒。1kmあたり3分17秒ペースだったが、それを3分4秒ペースに切り換えた。40kmを走ってきた後に、1kmあたり13秒もペースを上げられる。これはMGCを戦う上でも、ニューイヤー駅伝の4区で勝負をするにも武器となるだろう。
中村は学生時代、全日本大学駅伝や箱根駅伝の1区で区間賞を何度も取っている。
富士通入社1年目(16年)のニューイヤー駅伝も1区(12.3km)を任され区間6位、トップから5秒差と好走した。2年目は故障の影響でメンバー入りできず、前回は5区(15.8km)で区間4位。

チームは1学年下に松枝、潰滝、横手健(25)の強力トリオが加わり、16年の12位から17年6位、18年5位と順位を上げている。
横手が2年連続4区を区間ヒト桁順位で走ってきたが、今季はここまで状態が上がってこない。中村が4年目で、満を持してエース区間に挑戦する。
前回は5区区間賞の村山謙太(旭化成)に、1分以上の差をつけられた。村山とは駒大で同期だった間柄。「ダラダラ上りが続くコースで向かい風も強いのですが、彼は積極的に走った。強かったですね」と完敗を認めた。
今回は同じ区間を走る可能性は低いが、自身の状態が前回とはまったく違うと中村は強調する。
「前回は初マラソンのびわ湖に向けて夏場から準備を始めていましたが、40km走をやるのも初めてで、40kmを走った後は反動が大きくなかなか回復できませんでした。ニューイヤー駅伝も(体調的に)きつい状態で走っていました。それに対して今年は、びわ湖とベルリンを経験して体力がかなり上がっています。今回も来年3月の東京マラソンに向けて練習していますが、40km走をやっても去年ほど大きな疲労は来ません。スピードの質も上がっているので、22km(4区)を上手く走ることができそうです」

ここ4年間で3回区間賞の設楽悠太(Honda)や、11・12年連続区間賞を取った頃の佐藤悠基(日清食品グループ)ほど、スタートからハイペースで飛ばす展開はできないかもしれない。
しかし終盤までトップ集団にいれば、中村がマラソンや学生時代の箱根駅伝で見せた“ロードの粘り”を発揮できるのではないか。

5000mのスピードを駅伝で発揮する松枝

松枝が3区でのリベンジに意欲を見せている。
入社1年目の17年大会は5区で区間7位。松枝が1人を抜き、チームも6位と前年の12位からアップしたが、「(向かい風と上りで)自分のスピードを発揮しにくい区間だった」と、不完全燃焼で終わった。
入社2年目は日本選手権5000mに優勝。自信を持って臨んだ前回の3区(13.6km)は区間3位。6人抜きでチームを2位に浮上させたが、松枝本人はやはり納得できなかった。
「トップを行く旭化成(市田孝)を視界に入れながら走れましたし、一時は5秒差まで迫ることができたのですが、8km付近から中だるみして、10km以降は差を広げられてしまいました。今回は速く入ろうが、遅く入ろうが、富士通が優勝するために差を広げる走りをします」
18年のトラックシーズンは、アジア大会代表入りを逃すなど不本意な結果に終わった。
多くの時間を米国(オレゴンを拠点とするバウワーマンTC)でのトレーニングに充てているが、結果に結びついていない。

「長めの距離走はやらないのですが、ジョッグの量も補強の種類・回数も増えています。その間にハードワーク(スピード設定の高いメニュー)を入れます。まだ5000mの試合に上手く結びつけられていませんが、距離に関係なく“走力”は上がっている。それは東日本予選(15.3kmの2区で区間1位)で確かめられました。5000mの10割の力を、分割して15kmで出せるようになりました。ニューイヤー駅伝の3区も何分とか考えず、自分の力を信じて、自分の感覚で行けるペースを刻み、13.6km全体で力を出します」
前回のようにライバルチームの位置を気にして走ることはしないが、結果として、かなり速いペースになりそうだ。
5000mで世界を目指す男のスピードが、上州路でも威力を発揮する。

トレーニング法を変えている佐藤と潰滝

1区候補が佐藤佑輔(28)と潰滝の2人。
潰滝は17年の世界陸上3000m障害代表だった。東日本予選は1区区間7位だったが、そこから状態はかなり上がっている。
佐藤は前回ニューイヤー駅伝1区で、トップから5秒差の区間5位と健闘。東日本予選は5区区間賞で、区間2位に23秒の大差をつけた。2人ともプレッシャーが大きいと言われる1区に耐えられる経験がある。

潰滝の入社1年目(17年)のニューイヤー駅伝は3区で区間8位。
猛烈に飛ばす大石港与(トヨタ自動車)につき、「5kmを13分40秒で通過しました。当時の力からすると速すぎた」と、後半でペースダウンした。入社時にヒザを痛めていて、シーズン前半が練習不足だった影響もあった。
2年目の前回は世界陸上前から左大腿裏を痛めていたため、駅伝は出場を見送る予定だった。ところが風邪で走れなくなった選手が出たため、急きょ6区に出場。順位は5位をキープしたが、区間24位と低調な走りに終わった。
今回も「まだ自信はない」と控えめだが、調整法に手応えを感じている様子だった。
「直前の練習で出し切らないことを意識しています。調整で貯めるイメージです」
練習で全力を出さなくても、メンバー入りは間違いない状態なのだろう。練習よりも本番をイメージできる選手が多いとき、駅伝では好結果が出る。

佐藤は松枝・潰滝らが入社する前年(16年大会)、3区を任されたが区間20位に終わった。
「最初の1kmをみんな、2分40秒前後の速いペースで入って押して行く区間でした。自分はすぐにペースを維持できなくなりました。そのレースで、このままでは頭打ちだと感じて、走りを変えるきっかけになった」
ふくらはぎを使って走っていたため、短い距離ではスピードを出せるが、負担も大きく痛みが頻繁に出た。
「今も継続中ですが、お尻やハムストリングス(大腿裏)など大きな筋肉を使えるように、少しずつフォームを変えています。同じ練習をしても疲れにくくなって、そうなると練習の量も質も上げられます。今年5月に5000mで13分39秒59の自己記録を出したときも、まだまだ伸びる感覚がありました」

17年シーズンから長距離キャプテンを任されている。
他の選手のことをよく観察し、話も聞くようになった。選手によって価値観が違い、同じメニューでも位置づけが違う。「先入観がなくなって、自分の引き出しも増えている」と、自身の競技にもプラスになった。
佐藤は「単独走でも集団走でも、追い風でも向かい風でも走れます。ラスト勝負も苦手意識はありません」と頼もしい。前回同様1区の可能性もあるが、後半区間に切り札的にも起用できる。富士通にとって貴重な戦力になりそうだ。

09年優勝時との共通点と相違点

今季の富士通は中村が4区を任せられる選手に成長したことで、芯がしっかりとできた。
横手や新人の鈴木健吾(23)が期待通りに上がって来なかったが、選手の適性を考えた区間配置がしやすくなった。
高橋健一駅伝監督は、展開的には「3〜5区の3区間で前に出たい」と、主要3区間で旭化成やトヨタ自動車と勝負することを一番の目標に挙げた。
「4区は良くてトントン(互角)だと思うので、できれば2・3区でトップに立ってほしい。4区で追いつかれても、5・6・7区でもう1回勝負に出られるメンバーです。4区はMGC出場権を持っている選手たちとの戦いになるので、最後は中村に、1秒でもいいから前に出てほしいですね」

富士通は10年前の2009年大会に2度目の優勝を果たした。
そのときのチームと比較して、エースだったマラソン元日本記録保持者の藤田敦史(現駒大コーチ)と遜色ない力を、今の中村なら持っていると高橋駅伝監督は期待する。
だが違いもあるという。
「あの頃は藤田だけがマラソンをやって、別の練習に取り組んでいましたが、他の選手は同じ練習の流れでやっていました。今は東京五輪もあるので、選手個々の目標が違っている」
中村はマラソン練習を、松枝はバウワーマンTCを参考に独自の練習を行っている。その他の選手は駅伝が近くなれば、同じ流れのメニューになるが、潰滝であれば3000m障害や調整法の変更を意識して行う。

それでもこのメニューだけは一緒にやってほしい、とチームが位置づけている練習もある。松枝もそのメニューは一緒に行い、駅伝に向けてのトレーニングが順調に進んでいることをアピールした。
「練習全体としてみれば同じことはしていませんが、ニューイヤー駅伝に向けて気持ちは1つになっています」と松枝。
他の選手も松枝が順調だとわかれば、「イケる」という気持ちになる。
中村は練習も母校の駒大で行うことが多いが、駅伝が会社に貢献できるチャンスだと感じている。
「富士通に入社して初めて優勝が狙える状態になり、私自身もやり甲斐を感じています。今回もマラソン練習をやりながらの駅伝となることを、会社が理解してくれました。だからこそ駅伝も頑張らないと、という気持ちになっています。出勤したときは、会社の方たちの応援も感じられます。駅伝に優勝したら職場も盛り上がりますし、自分も喜ぶことができる」
各選手の個性が強くなりながらも、ニューイヤー駅伝に向けてまとまっている。
チームとしてステップアップした戦いが、今季の富士通には期待できる。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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