コラム

2018年12月27日更新 text by 寺田辰朗

第4回2019年長距離界最大イベントへの序章
MGCファイナリストが“花の4区”で競演
その1 設楽vs.井上、マラソン2時間6分台2選手が激突

内容

ニューイヤー駅伝最長区間の4区(22.4km)には、MGC(*)出場資格獲得者(MGCファイナリスト)が多数出場し、激しい戦いを繰り広げる。
前回の区間1・2位選手が、この1年間でマラソンの結果を残して上州路に戻ってくる。
区間賞の設楽悠太(Honda・27)は2月の東京マラソンで2時間06分11秒と、日本記録を16年ぶりに更新した。区間2位だった井上大仁(MHPS・25)は東京で2時間06分54秒をマークし、8月のアジア大会では日本人32年ぶりの金メダルを獲得した。
3強といわれる旭化成、トヨタ自動車、富士通では、富士通の中村匠吾(26)も4区出場が確定的。
トヨタ自動車は2時間7分台コンビの藤本拓(29)か服部勇馬(25)のどちらか。旭化成はMGCファイナリストではないが、日本選手権10000m優勝の大六野秀畝(26)が有力だ(正式に出場区間が決まるのは12月30日)。
元旦の上州路の戦いが、2019年長距離最大イベントへの序章となり、そして2020年東京五輪へとつながっていく。

*マラソングランドチャンピオンシップ。東京五輪代表が最低でも2人決定する選考レース。9月15日に東京五輪に準じるコースで開催される

コースが変更された前回4区の設楽と井上

前回の4区区間賞(1時間04分19秒)は設楽、区間2位(1時間04分53秒)が井上だった。
設楽は12位でタスキを受けて10人抜き。1分32秒先に中継所を出た旭化成との差を一気に詰めた。同タイムの2位で5区に中継し、チームの2位に貢献した。
井上は20位でタスキを受けて13人抜き。
「あれだけ抜くことができたのは初めてです。気持ち良かったですけど、できれば1号車を見たかった」
17年大会では3位まで上がり、先頭を中継する1号車も視界にとらえることができた。チームも4位と過去最高順位を実現した。18年大会は井上の4区で7位まで上がったが、チームは8位と前年から順位を下げている。

前回から4区のコースが一部変更になり、前半に小さな起伏が続くことになった。その点に対する2人のコメントは対照的だ。
設楽は「しんどかったですね。前半からこぶ(起伏)が何カ所かできて、その分きついコースになりました」と話した。
それに対して井上は「あまり変わらないですね。きつくなる後半ではありませんし、だらだら上り続けるわけでもない。下りでリズムに乗せることもできます」と話す。
それでも、最初の5kmの入りは設楽が13分47秒(途中計時のタイムは非公式。以下同)と速く、井上は14分06秒だった。
設楽は「ペースは考えず、全力で行きました」と1年前を振り返る。
「追い風なので、それに乗る感覚に任せて走りました。前との差が開いていたので、タイムよりも早く差を縮めることを考えていましたね。徐々に前の集団が大きくなってきたので、休まずに行きました。休むと走りが崩れてしまう気がしています」
井上の走り方も、設楽に近い。
「20kmくらいの距離なら最初からアクセルを踏み続けるくらいでないと、マラソンにつながりません。かといって力みすぎたらダメなのですが。前回もあまり後(あと)のことは考えずに入ったつもりでしたが、あれが当時のスピードの限界でしたね」

トラックの10000mの記録は設楽が27分41秒97で、15年北京世界陸上と16年リオ五輪の代表にもなっている。井上は当時10000mが28分08秒04。17年の日本10位のタイムで遅くはないが、設楽とは30秒近い開きがあった。
ニューイヤー駅伝4区の22.4km(17年大会までは22.0km)は、トラック代表の佐藤悠基(日清食品グループ・32)が2年連続区間賞を取ったこともあれば、マラソン代表になる今井正人(トヨタ自動車九州・34)が取ったこともあった。市田孝(旭化成・26)や宮脇千博(トヨタ自動車・27)も区間賞獲得者に名を連ね、強いて言えばトラックのスピードのある選手が多いが、スピード型の選手とスタミナ型の選手のどちらも活躍できるところが面白い区間だ。

史上初めての同一レース2時間6分台を経て

4区は各チームのエースが集結する区間で、そこで3回区間賞の設楽は“キング・オブ・エース”と言える存在だ。
前回まで入社以来4年連続4区を走り、15年と16年は連続で区間記録を更新した。区間賞を逃した17年は、リオ五輪から帰国後、故障の影響で練習が中断したためだった。18年からの新コースでも、設楽が区間記録保持者ということになる。
前回区間2位の井上も入社以来3年連続4区を走り、区間3位・3位・2位と、高いレベルで安定した成績を続けている。
その2人が18年は、ニューイヤー駅伝2カ月後の東京マラソンにそろって出場した。設楽が2時間06分11秒と日本記録を16年ぶりに更新し、井上も2時間06分54秒をマークした。日本選手2人が同じレースで2時間7分を切ったのは、史上初めての快挙である。

設楽が歴史的なレースを次のように振り返った。
「17年の東京マラソンも井上選手と一緒でしたが、初マラソンだったので、後半潰れてもいいや、くらいに考えて前半から飛ばしました(中間点を1時間01分55秒の驚異的な速さで通過したが、終盤でペースダウンして日本人3位。井上が2時間08分22秒で日本人1位)。18年の東京は前年の経験を踏まえて、前半は我慢しました。ペースは後半、自然に上がりますから、井上選手や周りを見ながら走りました。井上選手には前の年に負けていたので、負けたくない気持ちが強かったですね。(実業団連合からのマラソン日本記録報奨金の)1億円や沿道の応援が力になりましたが、井上選手がいなかったら日本記録更新はできなかったと思います」

東京マラソン後にも2人はマラソンを走っている。井上が8月のジャカルタ・アジア大会で日本人32年ぶりの金メダルを取ったのに対し、設楽は12月2日の福岡国際マラソンで2時間10分25秒(4位・日本人2位)に終わった。
井上のアジア大会出場は東京五輪に向けて、夏場の勝負重視の国際大会を経験することを目的にした。終盤、4年前の10000m金メダリストのエル・アッバシ(バーレーン)との一騎打ちになり、お互いに少しスパートして相手の様子を見る消耗戦が続いた。「泥仕合」(井上)の様相を呈していたが、最後は井上の気力が勝った。
「これまでも勝つチャンスは何度も目の前にあったのに、ずっと取り損ねてきました。今回はどうしても勝たなきゃいけない。アジア大会で金メダルを狙うと言って実現できなければ、この後もないと自分に言い続けてきました。そういうのもあって、最後に力を振り絞ることができたのだと思います」
エル・アッバシはアジア大会後、12月に2時間04分43秒のアジア記録で走っている。井上は「ジャカルタで勝った相手ですから、自分もそのくらいでは走れる」と、さらに意を強くしている。

一方の設楽は、東京マラソンで疲労骨折をしたためブランクが生じてしまった。
マラソンに向けて試合に出場して調整していくのが“設楽流”である。
「レースで良ければ、もう少し練習を上げられますが、レースがダメなら練習を落とした方が良い。全力でレースを走ることで、練習が組み立てやすくなります」
それが福岡前は上手くできなかった。9月の5000m(13分51秒79)と10月の10000m(28分11秒55)はあくまでも復帰プロセス。マラソンに向けての“設楽流連戦”は11月の東日本実業団駅伝(7区区間1位)と上尾シティマラソン(ハーフマラソンで1時間01分59秒)の2本だけ。東京マラソン前の連戦に質量とも及ばなかった。
「夏の状態を考えたら、福岡であそこまで走れると思っていませんでした。自分ではよく頑張ったと思います」
福岡は来年3月の東京マラソンに向け、設楽流の連戦の1つに位置づけられるかもしれない。

お互いに意識しすぎず「勝ちたい」と意識する戦い

19年大会の2人の対決はどうなるだろうか。
HondaもMHPSも、ニューイヤー駅伝初優勝を目標に掲げている。トップとの差があればできる限り縮め、先頭に立てばできるかぎり後続を引き離す。駅伝の大原則の中で走るが、2人とも“最初から速いペースで入る”走りは変わらないだろう。
井上が前回の5km14分07秒の通過を「あれが当時のスピードの限界でしたね」と言ったのは、今季はスピードも上がっている自信の裏返しだろう。11月の八王子ロングディスタンス10000mで27分56秒27と、自己記録を10秒以上更新した。今回は14分前後のスピードで入れるのではないか。
それに対して設楽は、福岡国際マラソンのダメージがそれなりにあり、12月24日の取材時点では、「(レベルの高い)スピード練習はやっていません」と話していた。
「ここからの1週間がすごく大事になると思います。今週、距離の短いメニューで刺激を入れて、どうなるか。今回は(どういう走りができるか)わからないですね。我慢のレースになるかもしれません」
現状を比べると井上が前回よりも速く入り、設楽は前回よりも遅く入る展開が予想できるが、この手の予想通りに進むとは限らないのが駅伝だ。蓋を開けてみてのお楽しみと思った方が良い。

2人とも相手のことを意識しているのは間違いない。
井上は「もちろん勝ちたいですが、そこに固執したくはない」と言う。
「この人に勝たなければと、そこだけを考えると、周りの状況や自分の力を見誤って、自分の力を出し切れないことになります」
設楽を意識しすぎないようにすることが、結果的に設楽に勝つ方法という認識だ。「区間賞を取ってチームの優勝に貢献する」ことが一番の目標である。
それは設楽も同じで「区間賞は欲しくありません。優勝だけですね」と明言している。それでも井上のことを質問すると、強く意識したコメントが返ってきた。
「井上選手は前半からハイペースで押していけるし、後半疲れているなかでも押していける選手です。アジア大会で彼が金メダルを取ったときもすごくモチベーションが上がりました。区間賞争いをするのはたぶん、井上選手だと思います。負けたくないですね」

もちろん、他チームのエースたちも先頭争いや区間賞争いに加わってくる。2人だけが突出した力を持っているわけではない。
だが、この2人をセットで注目することで、19年のニューイヤー駅伝をより面白く見ることができるのは間違いない。前回の4区の走り、この1年間でのマラソンの実績、そしてニューイヤー駅伝を経てMGCへ向かう。2人のライバルストーリーの1つの節目が、元旦の駅伝ドラマを熱くする。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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