監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”|日曜劇場『ブラックペアン』

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監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”
本作の医療監修を担当している山岸先生に、
「ブラックペアン」にまつわるさまざまなギモン
お答えしていただくコーナーです

vol.61話の医学的解説③

山岸先生による1話の医学的解説の完結編です。

準備の大切さ(脾動脈瘤切迫破裂)

1話の前半はさることながら後半ではますます医学的に教育的で示唆に富んでいて我々が肝に命じておくべき格言を渡海はバンバン言い放ちます。
スナイプで手術を推し進めようとする高階に「未来の話をしているんじゃない。今の話をしているんだよ」。
目の前の患者さんを救うために我々医師は存在していて、目の前の患者さんを救いたいという純粋な思いでみんな医師を目指して医師になったはず。そんな当たり前のことを地位や名誉や人間関係や面子やなんやかんやで忘れてしまう。
渡海はそんな高階に警笛を鳴らします。佐伯教授がスナイプによって手術を継続しろと言った後の渡海の表情でいかに渡海が目の前の患者さんの命に対して真摯かを物語っています。
その後皆川さんのCTを見せながら、キョトンとしている世良に「素人のお前にはわからないかもしれないが、高階、あいつは準備を怠った」。
渡海の言う準備とは何か。それは術前の患者さんの術前検査を全部洗いざらい見て手術の方針を決めるという当然のこと以上に、その手術に臨むに当たり、医者になってから、いや生まれてからどれだけ努力してきたかまで含んでいる深い準備であると考えられます。少なくとも僕が見る限り、渡海はそこまでの準備をしてきた。でなかったら手術場でのあの自信は出てこない。
「どうして出血なんて。手術は完璧だったはずだ」という高階に渡海は「心臓はな。お前それ以外見てなかっただろ」。
「このばあさん殺したらお前死ね」。とどんどんと高階を追い込んでいきます。
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高階はおそらくそこそこ優秀で海外まで行って最新のスナイプを引っさげて日本に帰ってきた。その医者人生をすべて否定するかのように渡海はどんどん高階を攻め立てます。どんなに優秀そうな経歴を引っさげて最新と言われる器具を扱えるようになっても、目の前の患者を死に至らしめるようであれば全くもってその経歴、最新技術は意味がないというどころか、凶器でしかありません。海外にまで行って最新のスナイプを引っさげて日本に帰ってきたことが皆川さんを死に至らしめていると言っても過言ではない。証拠に脾動脈瘤を見落としていたどころか、手術では手が震えてなす術なくなっている。海外に行って最新技術を手にしても、失われそうな命を目の前にしたら手が震えて何もできないのです。こんなことあるの?と思われる方いるかもしれませんが…事実として、経歴を見ると一流大学を卒業して一流大学に留学して論文も何個も書いて輝かしくて眩しいくらいなのに、実際手術を見てみたら手がプルプル震えてしまって目も当てられない外科医。結構いるかもしれません。
脾動脈瘤とはお腹の動脈で脾臓に行く動脈に瘤ができてしまう病気です。そこまで多い病気ではなく、僕が経験したのは10年で5例程度です。消化器外科、放射線科の先生方はもう少し経験があるのかもしれません。「最新の弁を入れると一気に血の巡りが良くなって他のところに支障が出ることぐらい分かるだろ」とは僧帽弁閉鎖不全症に最新の弁が入ることで僧帽弁の逆流が制御されて、全身に回る血液量(フォアードフロー、アウトプット)が増加して脾動脈瘤にかかる血圧が上昇して破裂したということです。こんなことあるのかの裏付けに渡海はさらに「あの症例に(スナイプ論文に)今回と近い死亡例があった」と言い準備不足をどんどん攻め立てます。
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実際あの大きさの脾動脈瘤と重症僧帽弁閉鎖不全症を合併した症例ではどちらを先に手術するかは、腎機能にもよりますが、結構迷うところだと思います。
脾動脈瘤の治療には手術による切除(+バイパス術)、カテーテルによるコイル塞栓などいろいろありますが、破裂か、破裂しかかっている状態では開腹(お腹を開ける)が妥当な選択かもしれません。これは病院のパワーバランスというか、開腹か(放射線科等による)カテーテル治療どちらが早く処置できるかにもかかってきます。皆川さんはショック状態で、どんどん血圧が落ちるので、麻酔科医もかなり慌てて麻酔導入したのか、チューブホルダーが逆になっています。
CTからすると結構深いところにあるので、破裂しているとかなり難しい手術です。状況によっては脾臓を摘出するという判断になるのですが、脾動脈の根元に瘤があるので脾摘だけでは対応できなそうです。脾動脈の流入血管と流出血管を見つけて止血するのですが、高階は出血部位を同定できずに焦り、死にそうな患者さんを前にして手が震え、持針器(針を持つ道具)を持つことすらできません。そこに渡海が登場します。
「じゃあやれよ自分で!」
で世良の患者さんに対する情熱。
「おっきい針もってこい!」「先生出血部位がわかりません!」
脾臓を周囲組織からメッツェン(ハサミ)で剥がし、手を突っ込んで持ち上げる渡海、脾臓を持つ世良の表情、素早く縫合止血する渡海、すばやい器械出しの猫田。まさにリアルな手術シーンでした。

実際の心臓手術以上の現場

現場では最初はガウンを着るところ、手袋をつけるところ、手術の器械を渡すところ、受け取るところ、組織を縫っているところの所作、姿勢、糸結び、手水のかけ方、助手の動き方、サクション(吸引)の位置、ここは清潔、ここは不潔、すべて1から始めて、1話の仕上がりは本当に1流の心臓外科チームになっていました。正直心臓の手術は2時間から長くても5,6時間で終わります。演者さんたちは長いときは朝から晩まで手術着を着て、1日中立ち続けて汗まみれになって一つの手術シーンを作って、周りのスタッフさんたちも絶えず準備を続けて…本当に頭が下がります。自分は手術をするときに、命をかけて手術をしています。目の前の患者さんが死んだら、自分も死ぬと思って手術をしています。その一つの命を救うための情熱を描く現場の情熱は、想像以上の熱量を持っていて、想像以上に刺激的で、自分もかなり影響を受け、この仕事をしてからの日々の診療、日々の手術は以前よりもクオリティーの高いものになっています。
1話はかなりマニアックで、本当に第一線の心臓外科医にしかわからないような内容がかなり多くなっていました。2話以降、もっとマニアックで出てくる医療は現在考えうる最先端の医療ばかりです。できる限りわかりやすく、解説できればと考えています。

PROFILE

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イムス東京葛飾総合病院 
心臓血管外科
医長 山岸俊介
日本外科学会外科専門医
日本心臓血管外科学会専門医
2006年慶應義塾大学医学部卒業。
仙台厚生病院、埼玉医大国際医療センター、イムス葛飾ハートセンターを経て、現在イムス東京葛飾総合病院心臓血管外科医長。
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