監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”|日曜劇場『ブラックペアン』

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監修ドクターが解説 “片っ端から、教えてやるよ。”
本作の医療監修を担当している山岸先生に、
「ブラックペアン」にまつわるさまざまなギモン
お答えしていただくコーナーです

vol.278話医学的解説①

最終章に突入し渡海先生と佐伯先生の天才対決の様相がより色濃くなって、物語の謎が一つずつ解かれ始めようとしています。8話では渡海先生の手術はありませんでしたので、佐伯教授の手術を振り返っていきたいと思います。

佐伯教授のミス

いつものように佐伯教授の手術が行われ、モニターで世良先生はじめ外科医たちがその様子を見ています。佐伯教授は藤原師長からメスをもらい、左房を切開しようとしたところ、体の変調を訴え、メスを術野に落としてしまいました。
よく昔から「メスさばき」のような言葉を使用し、手術のシーンでは「メス」という言葉で手術が始まり、手術ではメスが多用されるような印象をお持ちの方も多いかもしれません。しかし、自分も学生の時の手術見学で一番印象に残ったのは、メスって手術では全然使わないんだ、ということでした。最初に皮膚を切るときだけ使用して、他は今回の左房にメスを入れるとか、大動脈にメスを入れるとか、切開のきっかけを作る時だけ使用されます。というのも、メスは非常に切れ味が鋭く、もし今回のように術野にメスを落としてしまうような事があると、最悪の場合メスがどんどんどんどん組織を切っていってしまい、切ってはいけないものまで切り割いていって大惨事になりますので、なるべく組織を切るときはメッツェンなどの医療用のハサミを使用します。メスを使用するときは、助手も手術看護師も皆少し身構え、無意識に防御体制に入ります。メスが執刀医の手に渡り、組織を切開し、オペ看護師に返す時は、このドラマでも見ていただけるように、ノウボン(膿盆)という金属製のお皿に置くのです。もし誰かの手などがその間にあり、メスが刺さってしまうと大変ですので、術者を含め、皆メスを使用する時は最大限の注意を払います。そのような中、佐伯教授はメスを落としてしまった。モニターではわかりませんでしたが、肺動脈に刺さってしまい、そこを修復しました。すぐに修復できたので事なきを得ましたが、非常にヒヤヒヤした瞬間でした。

手術室の再現度

今回、原作者の海堂先生もご出演され、私も海堂先生にお会いする事ができました。「オペ室の再現度が極めて高いです。今までも色々な医療ドラマがありましたが、ここまでのものはなく、これがオペ室の実態である、と言ってもいいのではないか」という大変嬉しいお言葉をいただきました。これもスタッフの方々がいろいろな病院に行き、その手術室に行き、徹底的な取材のもと、細部にこだわり、リアリティを追求した結果であると思います。初めて手術室のセットを見た時、本当に手術ができるのではないか、というくらいの設備だと感じましたし、モニターの配置、何気なく置いてあるゴミ箱や、ガーゼをカウントするためのトレイ、棚に置いてある手袋、ガウン、ガーゼ、ドレープ、壁に貼ってある手袋のサイズ表、その表の下に小さく書いてある東城大学病院手術室の文字、本当に細部へのこだわりがあらゆるところに散りばめられていて、非常に驚きました。リアルな手術室は確かに整然としていているのですが、実際の手術室では雑然も当然あって、整然以上に、その雑然とした様子がすごく良く表現されているなと感じました。
それは手術室の廊下もそうです。大きな棚にある様々な物品、隅に置いてある麻酔器や人工心肺、エコーも本物で、撮影でそれらの機材をそこから持って行って使用している。実際使っている物のリアリティって画面を通じても滲み出てくるんだな、とも思いました。
渡海先生の部屋もそうですが、外科医の住む部屋の雰囲気をセット内にあそこまで作りこめることに非常に驚きました。私は現場にお邪魔した時は、内緒で渡海先生の部屋に入りこみ、あのソファで本当に仕事をすることがあるのですが、この前、よく渡海先生の携帯が置いてあるソファの前の机をふと見ると、散らばる書類の下の下に60色のどこかで見たことがある色鉛筆が隠されていたのです。それはまさに自分が日頃手術記事を描く時に使用している色鉛筆でした。絶対に私の職場の私の机の上にある色鉛筆を見学に来たスタッフさんの誰かが覚えていてか、または写真に撮って、文房具屋かどこかで買ってきたんだろうな、ということを想像すると、あのセットの裏に隠されている多大な労力を感じます。決して画面には写らないけど、そこまでこだわっているのかと美術さんを初めとするスタッフの方々の執念を見ました。
またあの医局に置いてある書類も本物の病院関係の書類で、本もすべて本物の医学書で、論文も本物で、ちらっと見たら自分が書いた論文も置いてあってなんだか嬉しくなりました。画面では絶対わかりませんけどね。医局を片付けしている美術のスタッフさんに「お疲れ様です」と話しかけたら、「先生この本あげますよ。これ俺自分で買って、もうだいたい読んだんで。どうぞ。」って我々も良く読む医学情報雑誌の最新号をもらったんです。「自分で買ったの?」って言ったら「結構色々買いに行きましたよ」と。それ、もうスタッフまで医療関係者になっているじゃないか。普通どこかの病院の図書館とか書庫とかから古い医学書を借りてきて、並べるんじゃないの?自分で買ってきて、さらにだいたい読んだって、どれだけ本気なんだ。そんな自分で最新の医学雑誌を買いに行って、だいたい読んであの医局に置くという、裏の設定までリアルっていうことに、またまた美術さんを初めとするスタッフの方々の執念を感じたのでした。
話は戻りますが、手術室の再現度と手術の再現性。手術のリアリティを出すためには、みなさんとリハーサルの段階から色々話し合いました。手術台の配置、手術器具の配置、自分の病院のオペ看護師さんにも来てもらい話し合って細かなところまで決めました。今までの医療ドラマと「ブラックペアン」の手術シーンでの最大の違いは、「ブラックペアン」では現在世界で行なわれている考えうるすべてのアプローチで心臓手術をしているということ。今までのドラマでは、はほとんど正中切開という胸の真ん中を切開する手術のみで手術は表現されていたのですが、「ブラックペアン」では左開胸、右開胸、カテーテル治療、ロボット手術とすべてのアプローチで様々な手術を行っています。それぞれにはそれぞれの手術台の配置があり、それぞれの手術器具があり、用意する機材(例えばレントゲン機器とか人工心肺とか)、その配置も異なります。この病院ではこういう配置でセッティングしていました、とか細かい情報を医療担当のスタッフさんは取材していて、私の病院のセッティングなども合わせて色々考え、演者さんたちが演技しやすいように、より良い画像が撮れるように、様々なパターンを挙げて、最適なセッティングをしました。このシーンのこの時間なら、佐伯教授の手術なら血が出ないからガウンにほんの少量の血が付いていて、渡海先生ならこれくらいの血が付いているだろう、助手のガウン、手袋にはどれくらいの血が付いていて、拡大鏡(あのスコープみたいな眼鏡)は上がっているのか下がっているのか、猫田さんはゴーグルをつけているとかつけてないとか、ガーゼがどこにどれくらい出ていて、どれくらい血で汚れていて、手術機材はどれくらい乱れていて、針は4-0なのか、3-0なのか、どんな種類の糸か、人工心肺は回っているのか回っていないのか、準備しているのかしてないのか、温度は何度なのか、心臓は止まっているのか、動いているならどれくらいの脈拍か、等々、それぞれの場面で細かくセッティングしました。
また照明の当たり具合もすごく工夫されていて、小説「ブラックペアン1988」に渡海先生と高階先生が手術するところを世良先生が見ている場面で「それはさながら神父と修道女のようで、一幅の宗教画のようだった。世良は一瞬その静謐な世界に見とれた。」という表現があるのですが、まさにこの描写を実現させたのではないかと思わせるような光と影のバランスというか、フェルメールの絵画のような手術室の映像には毎回驚かされます。
と、様々なところを細部まで緻密に作っていて、それらがリアリティある手術場面を可能にしているように思うのです。
もうあと2話になってしまいました。9話、最終回の手術は今まで一度も見たことがない手術ばかりで、新たな渡海先生、世良先生、花房さん、高階先生、猫田さんが見られます。渡海先生の実力ももちろん発揮されるのですが、それ以上に東城大の誇る“オペンジャーズ”のチームワークがより高いレベルで実現されます。
渡海先生の天才的な技術はどうして生まれたのか、父親への思い、ブラックペアンの謎、佐伯教授は正義か悪か、すべての謎がひも解かれる。皆さんの迫真の鬼気迫る演技に、現場で目頭を熱くしたのは自分だけではありません。人の手か最新医療かというテーマ以上に、よりもっと深いところでこの物語は動いていたんだ、ということがわかります。
次回は佐伯教授の「ミックス佐伯式」の解説をします。

PROFILE

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イムス東京葛飾総合病院 
心臓血管外科
医長 山岸俊介
日本外科学会外科専門医
日本心臓血管外科学会専門医
2006年慶應義塾大学医学部卒業。
仙台厚生病院、埼玉医大国際医療センター、イムス葛飾ハートセンターを経て、現在イムス東京葛飾総合病院心臓血管外科医長。
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